生きる理由
「ああ、良かった。坊ちゃん、おかえりなさい」
「本当に真っ先に艦隊長へ伝えたのか?かなりギリギリだったぞ。」
ヘルメットを小脇に抱え戦闘機から出てきたガランに、タイラーは抱きついた。
走ってきたタイラーを片腕で軽く抱き留める。
「無線機が壊れてて、広い艦内を自力で伝えに行ったんですよ…!」
「にしても、だ。走り込みが足りとらんのだよ」
口ではそう言うものの、ガランは微笑んでタイラーの頭に手をやる。
「ひと山は越えた。さあ、朝食にしよう」
「ぼっふぁんは」
「飲み込んでから喋れ」
一仕事を終えた後の食堂は、いつもより混んでいた。
しかし、ガランが来ると席を譲る者も多数いた。
結果、ガラン達二人はサイレンが鳴る前の平穏な食事時に帰っていくのだった。
「坊ちゃんは戦争が終わったら何をしたいですか?」
「戦局を知らんのか?まだまだ終わるのは先だ。」
「だーかーらー、終わったらの話をしてるんですよ!」
ガランが箸を人に向けるなと注意をする。
早くも朝定食を食べ終えたガランは、手を合わせると。
「この戦争は、最後の戦争にならなければならないんだ。だが、国が1つになった後も父さん…ケネス総裁は内乱対策に軍を配備するだろう。」
だから。
「私は、まだ国を守りたい。」
タイラーもラーメンの最後の一口を啜り終え、箸を置く。
「…坊ちゃんって、自殺願望でもあるんですか?」
「は?」
タイラーは心底心配そうに言う。
「坊ちゃんの戦い方も、言動も、全く死を恐れてないように見えます。怖くはないんですか?」
それを聞くと、ガランは口元をティッシュで拭って近くのごみ箱へポイと投げ捨てた。
「死ぬのが怖くない、ってのは当たっているな。」
ガランの独特な死生観。
「私が死ぬのは、生きる理由がなくなった時だ。理由がないなら、怖くないだろう?」
ガランの生きる理由、それは。
「生きる理由があるうちは、私は殺されても死なないのさ。」
ケネスやタイラーといった大切な人々なのであった。
「私が今死ねば、地球は本格的に終わる…な。」
2677年、2月5日。
ケネスやタイラーは、もういない。
ガランはベッドの上で、目を覚ました。
よりにもよって、アイツの夢を見るとは。
覚醒直後は、夢と現実がごちゃ混ぜになったような妙な感覚に陥る。
その夢の部分が、意識レベルの上昇に伴ってサラサラと崩れ、消えていく。
ガランの胸には、喪失感だけが残っていた。
ここ数日、まともに人とも話していない。
でも。
一つ強いて挙げるとするなら、彼女かも知れない。
ガランは端末の未だに見慣れないアイコンをタップする。
私は何ゆえ父の仇とお茶会をしようとしているのだ。
己の行動に疑問がぷかぷかと浮かび上がってくる。
でも、彼女は。
私が現状腹を割って話せる、唯一の人である気がしてならない。
敵国の、トップ。
父の、仇。
でも、それでも。
もうどこに行っても席について話し合えるような人間は現れないと思っていた。
おまけに、彼女を何とか言いくるめれば停戦にまで持っていけるかもしれないのだ。
自分自身に言い聞かせる。
これは、外交だと。
自分の寂しさを癒すための自己満足な行動ではないのだと。
アプリが開かれる。
辺りは、あの草原へと姿を変えた。




