史上初
暗い。
暗い闇の中に、ただ在る。
仲間はどこへ行った?
分からない。
…。
長い、夢を見ていた。
痛む身体を鞭打ち、ただ一人を待つ。
…坊ちゃん、どこに居ますか。
「起きろ、タイラー。日朝点呼の時間だ」
「はいぃ…」
ガランに腕を掴まれ、ベッドから引きずり出されるタイラー。
2666年12月。
同年1月に始まった統一戦争は、戦線が停滞し始めていた。
「朝に弱いのはどうにかならんのか?」
「違います、朝が強いんです。」
ガランら宇宙軍は比較的戦闘が少なく、平穏な日々を過ごしていた。
と言うのも、宇宙での戦闘はまだ人間にとってオーバースペック。
戦艦一隻が、戦争全体の『抑止力』となるレベルである。
今日まで宇宙を舞台とした戦闘は未だなく、艦隊も戦艦が三隻。
第一、第二と言った複数艦隊は無く、この国が保有する宇宙戦艦は三隻のみであった。
「我が軍の主な役割は地球圏全域のパトロールになりつつある。」
「戦闘が無いことは喜ばしい事では?」
「本来なら、な。」
地上戦線の停滞により、想定よりも地上軍の物資消耗が激しい。
少しでも敵軍の人材や物資を削り取りたい戦況になってきているのだ。
「地球重力圏B1区域に、敵艦隊が居るという情報が入ってきている。」
地球の重力圏を、月の公転軌道を水平として縦軸を1~9、横軸をA~Iでマトリクス状に示した地図。
統一戦争以前は主にこの地図を利用していた。
だが、この地図の短所として地球の公転による座標のずれが挙げられる。
公転に合わせて逐一座標をリセットしなければならないのだ。
しかしそれはまた別の話。
今回敵艦隊の情報が入ったB1区域は、現在ガラン達が居る地区とそう離れてはいなかった。
「これはもしかすると、史上初めての宇宙戦が起こるかもしれないぞ。」
「そうなりますね…」
タイラーは心底嫌そうに項垂れた。
「だから聞いただろう?本当に死ぬ覚悟があるのか?と」
「別に死ぬのが嫌なわけではないんですよ。」
艦内の廊下を歩き、食堂へ向かう二人。
「どちらかというと殺す方が嫌です。」
「言わんとしてることは分からんでもないな。」
食券をカウンターに渡し、料理の到着を待つ。
ここは宇宙、本来なら無重力空間であるはずだ。
光速飛行を可能にする上で、反物質による『負の質量』を利用していると説明したことがある。
質量保存の法則、というものがある。
物体の状況が変化しても、その総質量は変わらないという法則であるが…。
『負の質量』が生まれたということは、その法則に則りそれだけ『正の質量』も生まれるはずである。
それを逆手に取って宇宙戦艦は通常飛行時、艦下部に質量を集中させて仮想の重力を生み出しているのだ。
「今日は何にしたんだ?」
「ラーメンです」
「朝から?」
「はい」
配膳された料理を取り、席につく。
こうして歩くことも座ることもできれば、ラーメンのスープが宙に浮くこともない。
重力は、大切なものである。
その実感は、あまり彼らにはないかも知れない。
宇宙空間でも充分に重力の恩恵を受けているのだから。
その非『非日常』感は、彼らに戦時中という認識を緩めさせた。
タイラーがガランの対面に座り、箸を手に取ったその時。
けたたましいサイレンが、艦内に響き渡った。
「くッ、今着いたばっかりだってのに…」
ガランはすぐに立ち上がり、出撃に備える。
「おいタイラー!!!『一口だけ食べていこう』なんて貧乏くさい事を考えるな!!!」
丼を離そうとしないタイラーを立たせると、艦内放送の指示が聞こえてきた。
『本艦より距離980キロ、正面に敵艦隊を捕捉。』
やはりか。
史上初の宇宙戦は、避けられないだろう。
『本艦は主砲での攻撃は行わないこととする。が、本艦内蔵の小型戦闘機による戦闘を、これより開始する。』
主砲での戦闘はまだ、リスクがありすぎる。
そう判断した当時の艦隊長は、こう締めくくった。
『ガラン・グアナフォージャー部隊長は、戦闘機部隊を率いて戦闘を開始せよ。』




