暗闇
「お前は、ここに私を呼びたかったのか?」
ガランは脳内に収まりきらなくなった情報を処理しつつ、マレニアに問う。
なぜ私に?
なぜこんな空間で?
そもそもこれはどういう技術なのだ?
疑問はとめどなく溢れる。
『そう…ですね。はい、そうです。』
なんだか煮え切らないマレニアの返事に、ガランは少々肩すかしを食らう。
『貴方はなんだか、今まで話してきた誰よりも『人間』らしかったんです。』
分からない。
父を殺され、我を失いかけていたあの時のガランが『人間らしかった』と?
『そして、私は貴方ともう一度、きちんと話してみたいと思ったんです。』
困惑を通り越して呆れる。
分かっているのか?
「お前は私からすれば、父の仇なのだぞ?」
『もちろんそれは理解しております。』
マレニアは数歩歩くと、空中に手をかざす。
すると、一対の椅子とテーブルがどこからともなく出現した。
『恐縮ですが、お掛けになってはいただけませんか?』
ガランはマレニアの言う通りに、椅子に腰掛けた。
なぜだか分からないが、彼女と話している限り攻撃的な感情が生まれてこない。
親の仇であることは間違いないはずなのに、だ。
『ありがとうございます。では、私も失礼します。』
マレニアも対面の椅子に着席する。
格好としてはもはや、カフェのテラス席で談笑する友人同士である。
それこそ夢ではないかと思い違うような、不思議な空間だ。
『まず初めに、貴方の父上を撃ったのは私で間違いございません。』
「そんなことは分かっている。今更責める気にもなれん」
あえて、そう宣言したようにも思える。
罪滅ぼし…とまではいかないが、何か言い訳になり得る事情がありながら、あえて。
「私の父は…聡明な人だった。国のトップとして相応しい、優しい父さんだった…。…クソッ、ちょっと待ってくれ…。」
ガランは顔を背け、目元を袖で拭う。
久方ぶりに人前で見せる涙であった。
『私の両親も、そうでした。』
「勘弁してくれ、なぜ今お前の話を聞かなければいけないんだ…」
ガランを真っすぐ見つめたまま、マレニアは言う。
『私の両親も、殺されたのです。』
「…なに…?」
『それにはまず…この仮面の話をしなければなりませんね。』
マレニアは顔の上半分を覆っていた仮面に手を伸ばし、外そうとする。
それには複雑な手順が必要なようで、頭のあちこちを触っていた。
最後に仮面の側面に触れると、機械音と共にそれは外れていく。
「…ッ!」
『ご覧の通りです。この仮面が無くては目も見えません』
マレニアの両眼は閉じられたまま。
顔の上半分は、火傷痕で爛れていた。
『私の両親は、二人であの星を統治していました。』
15年前、惑星アテナ・地下都市部。
中心部、オーグメント家にて火災発生。
アテナはその『地下集合都市』という特性上、基本的には火の使用が禁止されていた。
燃え広がってしまえば、一地区が全滅することも容易にあるからである。
そして、アテナの人々が火を見る機会。
その少ない機会の1つが、放火であった。
代々アテナを統治してきたオーグメント家に、何者かが火を放ったのである。
アテナにおいて最も件数の少ない犯罪である放火は確実に足が付く。
そのため、ほとんど実行に移すものはいない。
だが、この事件の犯人は今現在においても特定されていないのだ。
事件後すぐにオーグメント家直属の部下が救助に向かった。
しかし、三人家族の内二人が死亡。
生き残った子供も、一時意識不明の重体となった。
『そして、その時私を助けてくれたのがヴァレルなのです。その結果、彼も右目を失いました。』
ヴァレル・ケムカランは指導者の一家断絶を回避したとして、大々的に表彰された。
そして、生き残った子供…マレニアの父代わりとして彼女を育てていくことになる。
「…それが、お前が私にしたかった話か…?」
『…はい。』
「…だったら…だったら何故!私の父を殺した…!!!」
親を失うことの悲痛さは、誰よりも分かっているはずだろう。
だったら…なぜ…。
『…ヴァレルの指示だったのです。』
「…ッ!」
命の恩人からの、無情な指示。
実際問題、マレニアはまだ未熟な歳である。
経験のあるヴァレルの指示を聞かなければならないというのはその通りであろう。
だが、よりにもよってこの手で人を殺すことになろうとは。
『引き金を引いたのは間違いなく私なのです。でも…いえ。私です。』
マレニアの発言にも葛藤が見え隠れし始めている。
本当なら撃ちたくはなかったであろうことは、ガランにも伝わった。
「…私は現実世界に戻る。」
ガランは立ち上がると、端末に触れる。
EXITの文字をタップしようとする直前、彼の視界には席に座ったままのマレニアが映った。
机に置かれた仮面を拾い上げ、マレニアの手に触れさせる。
「暗闇よりも、恐ろしいものはない。」




