毅然
『思ったよりも、骨のある連中でしたな。』
『そう…ですね。』
2月3日、地球標準時午前1時30分。
地球連合軍と戦火を交え、人工惑星まで撤退を余儀なくされたアテナ軍。
とはいえ、撤退したのは両者共通である。
お互いに被害・戦果は0。
宇宙での戦闘はこれが基本だ。
『敵本拠地への攻撃計画を立てましょう。なるべく早急に、でございます。』
ヴァレルは眉一つ動かさず、そう言い放つ。
マレニアとしては、それがなんとも言えず不気味に思えた。
『ですが、惑星自体を壊してはいけません。あの場所は、我々が暮らす場所なのですから。』
そう、アテナ軍の目的はあくまで『地球の奪取』。
地球本体に被害を出すようなことがあってはならない。
だが、裏を返すと。
『人間と、機械には徹底的に攻撃を行いましょう。』
と、なる。
マレニアは思わず身震いをする。
隣を歩くヴァレルの姿が、妙に恐ろしく感じる。
この人は本当に、自分が父と慕ってきたあのヴァレルなのだろうか。
今のヴァレルは、暴走した機械のようにしか見えない。
『マレニア様。次回の戦闘では、貴女にThe Athenaの全権をお渡ししましょう。私は後方部隊の指揮に回らせていただきますので。』
『ですが、私は戦闘経験なんて全く…』
『私の指揮を間近で見ていたでございましょう?』
こちらを向いたヴァレルの隻眼は、光無き無機物のようであった。
まるで、『可能でしょう?』と圧力をかけられたようで。
マレニアは、頷くしかなかった。
【アテナ事変による一連の動乱に関する決議】
・世界連合議会は、ケネス・グアナフォージャーの死去を確認。
・ガラン・グアナフォージャーの証言から、グアナフォージャー総裁を殺害したのは惑星アテナの首長、マレニア・オーグメントであると断定。
・世界連合は同名を事変における戦犯として認識し、断固非難する。
・現状第二艦隊の所在が確認できておらず、経過時間から艦隊員は死亡しているものと判断。
・グアナフォージャー総裁の殺害および第二艦隊の失踪を受けて、地球連合は惑星アテナと戦闘状態に入れり。
・戦時中は軍部への臨時集権を適用、ガラン・グアナフォージャー第一艦隊長を臨時の連合総裁として起用する。
「…ッ…!!!」
悪夢で目が覚める。
大切な人たちの声、それが耳の奥に反響して鳴りやまない。
気がおかしくなりそうな状況が、あの時からずっと続いている。
それだけでも耐えがたいはずなのに、世間の声は決してガランに優しくなかった。
主にケネスの支持者からの声である。
要約すれば、『ケネス総裁が死んだのはお前のせいだ』という言葉に集約されるのであるが…。
本来のガランであれば、そんな言葉は耳にもとまらないだろう。
若くして第一艦隊長に任命された時も、似たような事を言われていたはずだ。
その時は、全く気にすらなっていなかった。
でも、今は状況が違う。
自分でも、『もしあの時ずっと、父さんのそばに付いていたら…』という思考がこびりついてやまない。
「…。」
無言でベッドから起き上がり、階段を降りていく。
リビングにはもちろん誰もいない。
誰かが居てくれれば、それでよかった。
ガランにはもう、誰もいないのである。
顔を洗い、洗面台に置いていた端末を耳に付ける。
何気なくそのまま起動すると、目の前に表示されたホログラムには見慣れないアイコンがあった。
「…?特にアプリを入れた覚えはないんだが…。」
…いや、1つだけ心当たりがある。
確かあの時、マレニアからチップを受け取り、端末に読み込ませた。
…。
この端末には、軍部や国家の重要機密なんかは入っていない。
完全な個人用端末である。
何よりあの状況で、あの格好でハッキングツールなんぞを渡してくるとは思えない。
もしそうだとしたら、彼女は相当な手練れだ。
ガラン自身がどうこうしたところで、確実に勝ち目はないだろう。
そんなことを考えながら、ガランはそのアイコンをタップした。
すると。
「…!?なんだ…!?」
周りの景色が一変する。
見慣れた実家の壁や床が、みるみるうちに青々とした草原へと変わっていく。
丁度、アテナの地表で見たような景色である。
「VR…なのか…?」
端末の画面は表示されたまま。
そこにはEXIT、つまり退出の表示もある。
ここはいつでも出入り可能な場所…ということなのだろうか。
『半分、正解です。』
脳に直接響く声。
それはガランが初めて聞いたときのような弱々しい声ではなく。
「お前は…。」
『ここは精神世界。貴方の身体はそのままに、精神だけがここへトリップしているというわけです。』
国家のトップらしい、毅然とした佇まいのマレニアであった。




