アテナ事変
『フゥ…フゥ…』
『…お待ちしておりました。大分長くかかりましたな?』
息を切らしながら船に乗り込むマレニア。
ヴァレルはそんなマレニアの手を取ると、船の中に引き入れた。
『…デリカシーの無いことを言わないでください。』
『これは失礼。』
わざとらしく自らの口元を押さえるヴァレル。
二人は揃って軍事護衛艦The Athenaに到達。
『我々の任務は、ただの後方支援にございます。相手方の攻撃はまず当たりません。』
『はい。分かっています。』
The Athenaも主力艦の内とはいえ、要人が乗った艦を最前線で戦わせたりはしない。
だが広い宇宙空間での戦闘では、指揮を執る重要人物がある程度前線に出る必要もある。
それはなぜか。
ここでもまた、光速の遅さがキーになってくる。
遠く離れた基地において指揮を執ろうとすると、情報伝達が遅れるのだ。
無線および電波は、光速を超えて進むことはできない。
先日、The Athenaは瞬間移動とも呼べるような超スピードを発揮していた。
しかし無線や電波、その他『質量の無いもの』は、アテナの技術を以てしても光速を超えることは叶っていない。
これはアテナ側の超光速移動、その方式に秘密が隠されているのだが…。
『外殻に穴が開いています!そこから戦艦が多数侵入してきた模様!!!』
『第三惑星の連中も派手にやってくれおる。その殻を造るのに、我々がどれだけ苦労したと思っているのやら。』
戦局多事多端につき、今は解説を差し控えさせていただく。
「絶対に横を見せるな。少しでも弾の当たる面積を減らせ。」
『了解!!!』
暗い外殻内に、弾丸の眩い光が交錯する。
『敵艦から高エネルギー反応!撃ってきます!!!』
「全艦、上部ブースター起動…急速潜航。」
艦隊全艦の上部に配備された簡易エンジンブースターから、青白い炎が噴き出す。
ゆっくりと船が沈降していき、艦隊がもと居た場所には太く鋭い閃光が放たれた。
「あの光の威力が分かるのは、食らってからだというのが恐ろしい。」
だが、この戦いで第一艦隊が攻撃を受けることはなかった。
と、言うよりも。
攻撃が当たってしまえば、戦いはそこで終わってしまう。
先の統一戦争においてもそうなのであるが、宇宙での戦闘は極めて稀なことであった。
攻撃力のインフレーションに、防御力が追い付いていないのである。
確かに、少しのデブリでは全く動じもしない船体ではある。
しかし、光速移動の際は『完全な真空』である航路を選ばなくてはならない。
1ミリメートルのデブリも、許してはいけないのだ。
そんな大きさであったとしても、光速でモノがぶつかるというのは途方もなく大きなエネルギーが生じる事象なのである。
そして、敵味方両艦隊の主砲、ビーム攻撃は光そのもの。
もし当たったとしたら、質量を持った光が船体を貫通していくことになる。
各地の技術者は船体防御の強化が急務となるだろう。
じきに、弾は尽き。
この惑星アテナ外殻内部における戦闘が終結する。
お互いに、攻撃が当たることはなかったのだ。
『敵全艦が後退していきます!追いますか?』
「いや、アテナ内部は敵の領域だ。あそこでは勝てない。弾も尽きた…。」
指令室の真ん中、その椅子にガランはもたれかかる。
張り詰めていた緊張の糸が、プツリと音を立てて切れたのを感じる。
一息ついて、撤退していく敵艦隊の姿を見送る。
「敵の領域…敵の領域、か。」
もし、地球において陸上戦を仕掛ければ、相手に勝てるだろうか。
いや、そんなことはできない。
それこそ億単位の人間が死ぬだろう。
やはり、できるとしたらこれしかない。
「これより本艦隊は、地球に帰還する。」
帰還し、地球を総軍で警備する。
24時間体制で、アリの子一匹通してはならない。
またしばらく、眠れない日々が続きそうだ。
第一艦隊が隊列を崩し、外殻に開いた穴から脱出していく。
後にアテナ事変と呼ばれるこの一大事件は、両者撤退の形で終結することとなった。




