本来の故郷
『私たちの『本来の故郷』は、あなた方が『天の川銀河』と呼ぶこの銀河の中心部にあります。』
マレニアはいたって落ち着いた口調で語る。
だが、その内容は衝撃そのものであった。
『私たちは銀河系全土にわたる文明を、数万年をかけて構築しました。』
直径10万光年に及ぶ銀河系を、全て我が物にしているというのだ。
『当然、人口もすぐに増えていきます。ですので、新たな惑星の開拓が必要なわけですが…』
「そのために、地球の近くにこんなコロニーを作ったと…?」
それが正しければ、地球は『開拓対象』である。
本格的に、全面戦争に発展しかねない状況になってきている。
ケネスはそれを認識すると、この場に自分以外の交渉人を連れてこなかったことを後悔した。
『半分、正解です。』
半分、だと?
『元をたどれば、あなた方も私たちと同じ文明から生まれた者たちなのですよ。』
マレニアがそう呟く。
部屋の中は、ケネス自らの鼓動が耳に入ってくるほど静かだった。
5000年前、私たち…そうですね、ここでは仮に『銀河文明』と呼称しましょう。
銀河文明は増えすぎた人口を分散するため、新たな惑星を探していました。
そこで目を付けたのが、銀河の外れにあるこの恒星系です。
1つの恒星と8つの惑星で構成されたここ。
後に『太陽系』と名付けられるこの恒星系です。
その、第三惑星。
恒星から程よい場所に位置しており、液体の水が存在している。
気温も私たちが暮らすには丁度よかった。
私たちはこの惑星への移住計画を立て始めました。
幸いなことに、この惑星にはまだ知的生命体は居ないようでしたので。
「ちょっと待ってください。我々の常識からすると、5000年前には既に人類は存在したはずなのですが…?」
そうですね。
あなた方の常識では、そうなっているでしょう。
そうなるように仕向けましたので。
話を続けます。
私たちは、この惑星が本当に定住するのに適しているのかを試す必要がありました。
そこで、試験として銀河文明における罪人を第三惑星に送り込むことにしました。
場所は四か所。
メソポタミア、インダス、エジプト、黄河。
後にあなた方が、そう名付ける場所です。
「古代文明が発生した場所…。」
そろそろお気づきになられたでしょうか。
そう。
あなた方は、罪人の末裔なのです。
「…。」
あなた方と私たちは、元は同じ種族でした。
ですから、私もあなた方と同じで100年程度しか生きられません。
5000年前に罪人を送り込み、監視をするために9番目の惑星としてこの場所を作った銀河文明の末裔でしかないのです。
そして、私たちにはこの恒星系の第三惑星が居住に適していると確認が取れました。
あなた方の文明力を見る限り、本当に良い惑星のようです。
…これで、私たちの要求がお分かりになったでしょうか?
「…罪人どもの仕事は終わりだ、と…?」
言葉を選ばずに言えば、そうなってしまいます。
私たちにとっても、あなた方がここまでの文明を築き上げることは想定外でした。
しかし、それも今となっては都合がいいです。
その技術力で他の惑星を探す…あるいはコロニーを作ってそこに移住していただきたいのです。
「地球を、明け渡せと言うのですか。」
あえて言います。
はい。その通りです。
「地球のリーダーとして申し上げますが、それは出来ません。」
ケネスは、はっきりと口にした。
「我々の先祖の出自がどうであれ、私の、私たちの故郷は地球なのです。マレニア殿…あなたが生まれ育った場所が、このコロニーであるように。」
マレニアの表情が、仮面越しにも一瞬揺らいだのが分かる。
「あなた方を、移民として少しずつ受け入れていくことは可能です。そのような形で、外交関係を築いていこうではありませんか。」
ケネスは、至極真っ当な指導者である。
相手に寄り添い、妥協策を探っていく。
この時既に、ケネスの頭の中は『国民にどうやってアテナの住人を受け入れてもらうか』が大半を占めていた。
この妥協案には、それだけ自信があった。
自分の言葉に黙りこくっているマレニア。
しかし。
そのマレニアの横に座るヴァレルが、彼女に耳打ちする。
すると。
「その案は、了承できません。」
目に見えて表情が変わったのが分かる。
ケネスにも、この中で誰が危険なのかが一目で分かる。
ヴァレルだ。
ヴァレルをどうにかしない事には、この会談で勝利を勝ち取ることはできない。
一旦、話題を変えることを選択する。
「ところで、わが軍の第二艦隊については何かご存知ないでしょうか。この領域に近づいてから、消息を絶っているのですが…」
『そのことに関しては、回答を控えさせていただきとうございます』
ケネスの言葉に被せるように、今度はヴァレルが答える。
これは非常に良くない展開である。
『では、第三惑星の所有権については許諾いただけないということでよろしいでしょうか?』
「所有権って、そんな…」
『できないのであれば、交渉は決裂です。』
マレニアは腰のベルトから、何かを引き抜く。
それが何らかの凶器であることは、誰の目にも明らかだった。
「待ってください、今一度話し合いを…」
『私たちは、罪人に対する作法を知りません。よって、これにて宣戦布告とさせていただきたく存じます。』
静かだったその一室に、一発の轟音が響いた。
『これでよかったのですか、ヴァレル。』
『もちろんです。マレニア様。』




