とあるシリアルキラーとの邂逅②
ポツポツ
雨が降ってきた。
当然傘など持っていないので、店の軒先に避難する。
姫野はこの日珍しく昼間から買い物に来ていた。
姫野の家には食料がなかった。
自炊をするタイプには見えないのだが、姫野は料理が得意だ。
久しぶりに凝った料理を作りたくて、材料をたくさん買い込んだ。
調味料なども揃えるのが好きで、この日はスーパーに長居してしまっていた。
「さてとー、帰ったらカレーでも作ろうかな…」
ポツリとつぶやく。
姫野は長いこと一人暮らしだが、誰かに料理を振る舞った経験もある。
しかし食べ終わった相手を殺してしまうので、いつも一回きりになってしまうのだが。
姫野はぼんやりと街並みを眺めていた。
雨の中に光る車のテールランプ。
姫野はこの街を気に入っているので、こうしてたまにぼんやりと街並みを見つめては、1人で陶酔する時間が好きだった。
カレーを作っても、食べさせる相手がいないか
姫野は少し笑った。
その脳裏に、先日出会ったある人物の姿が浮かんだ。
王子田雅哉。
捜査一課の刑事だ。
とある事件で、彼と出会った姫野は1人殺している。
女性を狙う快楽殺人犯との会敵。
そしていともあっさりと、姫野はその相手を殺していた。
王子田はとても焦っていたように覚えている。
まぁ刑事の前で殺しちゃったもんな〜
姫野はふふーんと鼻歌を歌う。
彼とはそれ以来会ってはいない。
しかし何故か気になる存在だった。
姫野は腕時計を眺めた。
時間は15時過ぎだった。
まぁ時間はまだあるか
ゆっくりしよう
姫野はそのまま近くの喫茶店に入ることにした。
「えっ!そんなの聞いてません!」
喫茶店に入り、席に着いた姫野の斜め向かいの席から、女性の声がした。
ばんっ!とテーブルを叩いている。
メガネをかけた小柄な女性だ。
なんとも可愛らしい雰囲気である。
「ねぇ、まってよまるっかちゃん〜」
その女性の目の前に座っていた男性が慌てたように声を上げた。
「今回の案件、どうしても受けられないの〜?」
「当たり前です!」
ぴしゃりと女性は男性に向かって言った。
「聞いていたお話と違いすぎます!志村さんを信じてここまで来たのに!」
女性は怒り出しながら手にスケッチブックなどを持った。
「まるっかちゃん〜」
「知りません!」
なんだか揉めているなぁ、と姫野はコーヒーを頼みながらその様子を眺めていた。
見たところ、仕事の打ち合わせで揉めた感じだった。
男性はとても軽い感じがするし、女性はこの道一筋!といった感じの雰囲気だ。
揉めているのを眺めているうちに、姫野の前にコーヒーがきた。
コーヒーを一口飲む。
女性は怒って出ていってしまった。
残された男性も会計を済ませて出ていってしまう。
ん…?
姫野はなぜかその男に違和感を感じた。
なんか変だな…
男の表情が、女性といた時と明らかに違う。
ヤバいかもな…
姫野はとっさにお金をテーブルに置いて、男を追った。
「おつりはいらないからね!ご馳走様!」
店を出て、姫野は少しキョロキョロした。
先ほどの男が路地裏に入っていくのが見えた。
そして
何やら言い争いする声。
姫野は迷わずに男を追って路地裏に入った。
そこには先ほどの女性もいた。
女性は男に手首を抑えられ、抵抗している。
「ふーん、男が女の子をいじめるのはよくないよー?」
姫野が声をかけると男はハッとして女性の手をはなした。
そして慌てて路地裏を飛び出して行った。
姫野は追わない、とにかく女性のピンチを救えた。
女性は泣いていた、よほど怖かったのだろう。
「大丈夫ー?」
姫野は女性にハンカチを差し出した。
女性が驚いた表情で姫野を見上げる。
「あ、ありがとうございます!お陰で助かりました…!」
ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら女性が言う。
姫野はふぅ、と息をついた。
「なんかヤバげな男だったねー?無事で良かったよ」
女性は受け取ったハンカチで涙をふくと、ゆっくりとカバンから何かを取り出した。
ん?名刺?
それは一枚の名刺だった。
名前が書いてある。
まるっか
それが彼女の活動する時の名前らしい。
「あ、あの、こう言うものです…よ、よかったらお名前教えて頂けませんか…?」
女性、まるっかは顔を赤らめながら姫野を見上げていた。
姫野はフッと笑い
「僕は姫野。姫野Kラングス。日本にはまだ来てから日が浅いんだ。よろしくね、まるっかちゃん。でいいのかな?」
姫野はそういうと、まるっかの手を取って立ち上がらせた。
まるっかは真っ赤になっていた。
「そうだ、さっきの奴が帰ってくるといけないから、おうちまで送ってあげる、いいかな?」
姫野の言葉にまるっかはこくりとうなづいた。
そして2人は連れ立って歩き出した。
まるっかはポツポツと自分のことを話し始めた。
自身はイラストレーターであること。
1人で活動していたが、さっきの男に仕事をもらうことになり、一度会おうということになったが、実際は会うのが目的で仕事などなかったのだ。
まるっかは少し震えていた。
「私も悪かったんです、正直お仕事欲しくて。でもこんな怪しい誘いに乗ったらダメですよね」
まるっかのことばに姫野はニコニコとしていた。
「でも僕が助けられて本当に良かったよ!」
そう言ってから、ふと遠くを見る。
コロコロと表情が変わる姫野を見て、まるっかはなぜか創作意欲を掻き立てられていた。
不思議な人…なんかキャラクターにしたいかも…
そしてふと目があった瞬間、まるっかはふっと笑った。
姫野はびっくりしていた。
その顔がとても純真で可愛いかったから
そうだったなぁ、女の子と話すのも久しぶりだ…
姫野はぽりぽりと頭をかいた。
「姫野さん!」
まるっかは姫野の前に身を乗り出した。
「今回助けてもらったお礼に、姫野さんを描いてもいいですか?」
まるっかの言葉に姫野はまたびっくりした。
「えっ、僕を描くの?すごい、嬉しいよ!」
姫野が顔をくしゃっとさせて笑った。
まるっかはその笑顔になんだかとてつもなく惹かれるのを感じていた。
この人は多分私と住む世界が違う。
まるっかはそう直観でわかっていた。
でもなぜか惹かれていく。
彼を描きたい!
強く思った。
これが姫野とまるっかの出会いだった。
その後、その出会いがおおきな流れを産むことになるとは、姫野もまるっかも知らないことだった。
まるっかを家に送り届け、姫野は帰路についた。
僕を描いてくれるって?
嬉しいな
姫野は正直とても浮かれた気分だった。
可愛らしい女の子だったな。
姫野はもっていたスーパーの袋をぶんっと振った。
しばらくぶりに、嬉しいという感情が浮かんだ。
この後まるっかは姫野をモチーフにした作品を何枚も描き、やがてそれが世間の目に止まることになる。
姫野は家に帰ってきてから、早速カレーを作り出した。
スパイスから作る、本格的なインドカレーだ。
手作りのラッシーも添えて、ナンも焼く。
姫野の料理の腕前は結構なものなのだ。
姫野は食卓にカレーとナン、ラッシーを並べて窓から外を見ながら夕食にすることにした。
我ながら、とても美味しく作れたと感じた。
今日はいい日だったな。
姫野はぼんやりと外を眺めながら思った。
新たな出会いがあって、姫野はとても嬉しかった。
絵を描くのか…
僕も何か芸術的なことができるといいのだけど
姫野はカレーとナンを頬張った。
これが姫野と作者まるっか嬢の出会い、のような物語である。
彼女の描く姫野は世間を魅了した。
これからどんな世界が繰り広げられるのか。
姫野がどんな活躍をしていくのかは、作品を作ってみなければわからない。
しかし貴女だけに優しいシリアルキラーは、今日も毎日を過ごしているのだ。
穏やかにたまに激しく、そして軽やかに。