日野くんと柊さん
昼休憩……それは育ち盛りの高校生にとって何よりも重大な時間である。
「いっぱい食べて、寝る。勉強なんかよりも大事なことだよ日野くん」
「なんか、は言い過ぎだけどね」
「何をいいますか!過去の出来事やら数式やら生きてく上では必要ないよ!」
「そうやって現実から目をそらしても赤点ギリギリなのは変わらないからね?」
「いつまでもギリギリを攻めていきたい」
「やめなさい」
「赤点じゃないなら百点もギリギリも大して変わらないんだよ」
「内申とか変わるからね。あとは将来の選択肢とか」
チャイムが鳴って、すぐに後ろを振り向いて日野くんに話しかけると正論で返された。私は激怒した。……時として正論は、酷く人を傷つけることを教えなければならないかもしれない。
「せっかく休みの日も一緒に勉強したのに……」
少し悲しそうな顔をした日野くんを見て、私は心の中で振り上げた拳を静かに下ろした……これは戦略的撤退であって敗北ではないのだ。
「ところで、日野くんは今日も売店でパン買うの?こんな話してるからほとんど売り切れてると思うけど」
「そうだけど……分かってるなら終わった瞬間に引き留めないで欲しかったなぁ……」
しょぼん、とした日野くんを前に私は大きくガッツポーズを決める。
「よっしゃ、セーフ!」
「どちらかと言うとアウトなんだけど」
普段お弁当を持ってこないから大丈夫とは思いつつも、何かしら気の迷いが起きる可能性もあったのだ。少し緊張しつつも、鞄から包みを二つ取り出して一回り大きな包みを日野くんの机に置く。
「はい、これ」
「これって、もしかして」
「放課後も休みの日も付き合ってもらったから、お礼です」
それじゃ。と自分の包みを持ってその場から離脱しようとした瞬間に、日野くんに呼び止められる。……バカな、人類史上最速の動きだった筈……
「ありがとう、柊さん」
「おーけー。気にしないで、それじゃ」
「せっかくだから一緒に食べようよ」
「いや、その、あれがあれであれだから……」
「まあまあまあ」
「年頃の男女が一緒にご飯はちょっと、ね?」
「まあまあまあ」
「こいつこれで押し切る気だ!」
逃げるタイミングを失った私は、せめてもの抵抗として、不満ですよ〜という顔をしながら席に着く。
「ま、まあ?日野くんがどうしても私と一緒にご飯食べたいっていうなら仕方ないね、うん」
「ありがとう。どうしても柊さんが作ってくれたお弁当を一緒に食べたかったから嬉しいよ」
「完敗だぜ」
見事なカウンターを決められた私は敗者として粛々と勝者に従うことにする。……この恨み、いつか、必ず……!
「わ、すごい。俺の好きなものばっかりだ」
「……」
「!美味しい……この前のお菓子もそうだったけど、柊さんって料理上手だよね」
目の前で自分の作った料理を美味しいと言われると何故か恥ずかしくなってくる。
(お父さん達に作った時はこんな感じじゃなかったのに……!)
思わず机に突っ伏した私は、美味しい、美味しいとお弁当を食べる日野くんを前に、ただ震えてやり過ごすことしか出来ない。
「あれ?柊さん、この玉子焼きってもしかして」
「……この前、日野くんのおうちは甘くないって言ってたから……作ってみたら案外家でも人気だったよ……」
「ありがとう、柊さん……覚えてくれてて嬉しいよ」
日野くんからのさらなる攻撃を受けて、私はもう開き直ることにした。
「そりゃあね!日野くんにはいつもお世話になってますし?……本当に美味しかった?無理してない?」
「無理してまで人の作ったご飯食べないよ。本当に美味しいよ、ありがとう」
「よかった……いっぱい好きなもの入れたけど不安だったから……日野くんに美味しいって言ってもらえて嬉しい……」
本当に不安だったのだ。お菓子を作った時に美味しいと言ってくれたからおそらく大丈夫だろうとは思ったけど、あの後、あまり人の手作りのものを食べない、と噂で聞いたので本当に不安だった。
(その割にはお菓子も全部食べてくれてたから、やっぱり噂はアテにならないなぁ)
「こんなに美味しいお弁当食べちゃうとこれから売店のパンに戻れなくなりそうだなぁ」
「自分で作るのも有りなんじゃない?日野くんってこういうのも得意そうだし」
「作れなくはないけど、柊さんみたいに美味しくは作れないかなぁ……コツとかってあるの?」
「もちろん!こう、クッてやって、シュッとするといいよ」
「擬音だらけなんだよなぁ、これで成功してるのが本当にすごいよ」
お母さんと同じことを言う日野くん。失礼な、これ以上ないくらい分かりやすいのに。
「まぁ、日野くんもいつか出来るようになるよ」
「すごいドヤ顔だ。いや、していいくらいの実力だけど」
ふふん、と良い気分に浸りながら、でも、これで日野くんがパンに我慢出来なくてひもじい思いをしてもなぁ……あ、そうだ。
「じゃあ、日野くんに一番大切なコツを教えてあげるよ」
「お、それは聞きたいな」
「それはね」
「うん」
「ズバリ、愛情、だよ」
「アイジョウ」
目を丸くしながら繰り返す日野くんに、もっと分かりやすく伝える。
「誰かのことを思って作る。それが美味しく作る一番大切なコツなのさ」
「そう、なんだ」
「そうだよ!私だって今回、日野くん喜んでくれるかなぁ、とか色々考えて、つく……った……んだ、よ?」
待て、勢いで思わず口走ったけど、これ……すごく恥ずかしいこと言ってないか私?
……………………よし!
「じゃ!そういうことで!」
「え、あ、柊さん!」
日野くんが呼び止めたけど、流石に恥ずかしすぎる!ごめんよ日野くん、話なら後で聞くから!
「…………………………今のは反則じゃない?」
「ドンマイ、日野」
後から分かったことだけど、私はどうやら知らぬ間に日野くんにクリティカルを決めることが多いらしい……自爆してるから、セーフ?