表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

湯けむり温泉のブラック・サンタクロース

作者: マガミアキ

 今年のクリスマスは、休暇をとって山間の温泉宿で過ごすことにした。


 街場は賑やかな夜なのだろうが、私が浸かっているこの露天風呂では静かに湯の流れる音が響くばかりだ。


 暗闇に沈んだ遠い山肌に、緊急車両の回転灯が明滅しているのが見えた。

 その強い光は、こちらの静謐(せいひつ)な空気をもかき乱すかのようだ。


「あの辺りの崖から、男が川に落ちて死んだそうだ」


 不意に届いた声に、私は驚いて振り返る。

 私しかいないと思っていたが、後ろでひとりの青年が湯に浸かっていた。


「知らなかったよ、事故かね」

「それを今調べているんだろうな」

 私より随分と若く見えるが、物怖じしない喋り方をする。

「よりにもよってクリスマスに……気の毒なことだ」


「クリスマスでも人が死ぬことはあるだろうよ。都市部でも今日、車に轢かれてC社の副社長が死んだらしい。運転手の過失のようだが、C社といえばこの国屈指の大企業だ。さっきニュースになっていた」


 私は、すぐに言葉を返せずにいる。


「どうした?」

「私は……その会社の、役員だ。副社長は私の上役に当たる」

「そうかい、だとしたら大変だ。今頃あんたのスマホは鳴りっぱなしかもな」


「……知らせてくれて助かったよ、君」

 休暇どころではなくなる。私は湯船から立とうとした。


「副社長がいなくなれば、その下のあんたが次期経営トップ候補筆頭だな」

「何……?」


 低い声が湯面(ゆおもて)を這い寄って来る。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 私は眉根を寄せて言った。

「何を言っている? 仕組むも何も、運転手の過失なのだろう」

「ああ。車を運転していたのは年金生活のばあさんだ、何しろ動機が無い。だが――」

 青年は続ける。


「そこの崖から落ちて死んだ男は、数年前にばあさんの孫を暴走運転で死なせている」


 目の端に、回転灯の赤い光が入る。

「……」


「男は懲役くらって今年出所したが、孫は生き返らない。その無念を、あんたが代わりに晴らしてやったんだ。引き換えに、ばあさんに副社長の殺しを託した。お互いが殺した相手にはそれぞれ動機が無い。計画殺人だとは気付かれない……そう踏んだんだろうな」

 気付けば青年の姿は、立ち昇る湯気の向こうに見えなくなっていた。


「……馬鹿な」

 あの老婆がばらす訳がない。

 気付かれるはずがないのだ。


「メリー・クリスマス」

 風で流れた湯けむりの向こうに、黒ずくめの人影が立っていた。

「あんたは人殺しの悪い子だ……ブラック・サンタクロースが、迎えに来たぜ」

少しでも「面白い」と思われましたら

☆評価、ブックマーク登録をしていただけると本当に嬉しいです。

執筆へのモチベーションが格段に高まりますので

なにとぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ