第8話 地竜討伐
無事に依頼を受注したその日の午後、乗合馬車に乗って北フローリオ郡コルティ村へ。村の宿屋で一泊した後、俺は夕方から一人、目的のフラカッシ山を登っていく山道を歩いていた。
ステータスが上がったおかげか、いつもよりも格段に足が軽い。とはいえ着ぐるみ士のような環境遮断のスキルを持っていないから、登っていけば行くほど寒い。
着ぐるみの口部分から入り込んでくる寒風に身を縮こませていると、視線を左右に向けたディーデリックが俺に問いかけた。
「既にフラカッシ山か?」
「ああ。ここに討伐目標の、地竜テラがいるはずだ」
返事を返しながら、俺は再び足を動かし始める。一人旅とはいえ、ディーデリックが事あるごとに声をかけてくれるので、寂しくない点は助かった。
そのままどんどん、岩肌の露出したごつごつした山道を登っていくこと20分。既に道らしい道などなくなった頃、俺の視界に映ったのは7人の冒険者だ。先に到着していた、このクエストに既に参加していた2パーティーである。
俺の姿を認めて、目を見開きながら「蜥蜴」のリーダー、アブラーモ・ダメリーニが声をかけてくる。
「『虎の爪』か?」
「ああ。そちらは『駆ける狐』と『蜥蜴』だな?」
アブラーモの問いかけに俺が返事を返すと、何とも言えない表情になりながら彼も、他の6人もうなずいた。念のために話すが、このクエストはAランクである。普通なら3人以上のパーティーが3組以上、確実に関わってくるレベルの仕事である。そこに飛び込む一人パーティー、無謀と言われても仕方がない。
しかし、俺の頭上の簡易ステータスを見て、全員が色々と察したのだろう。俺を見ながらアブラーモが口を開く。
「ああ。地竜テラの寝床は既につかんでいる。後はどう攻めるかだ」
「テラの鱗の硬さは折り紙付き、おまけに寝床は洞窟の中……だから、どうにかして洞窟の外までおびき出そうと思うのだけれど」
「駆ける狐」のリーダー、ベアタ・フィオレンツィが腕を組みながら言葉を続ける。
なるほど、確かに彼女の言葉にも一理ある。防御力の高い相手に狭い洞窟内で戦うのは効率が悪い。どうにかして広い場所までおびき寄せ、多方向から一気に多人数で叩くのが定石だ。
とはいえ、今この場にいるのは並大抵の冒険者ばかりではない。念のため、アブラーモに問いかける。
「洞窟の広さは?」
「戦士や重装兵が陣取るには十分だが、斥候が動くには狭い。お前の背負う大剣くらいなら振るえるだろうがな」
俺の言葉に、アブラーモは顎をしゃくりながら返した。なるほど、俺が戦うのに充分なスペースはありそうだ。
今この場にいる8人の内訳は、戦士2人、重装兵1人、斥候1人、治癒士1人、魔法使い2人、付与術士1人。となると、引きずり出したところで時間はかかるだろう。
「分かった。となると、そうだな……」
そこで俺は考える。下手にテラを引きずり出して全員で戦うより、俺が一人で対応した|方が、スムーズなのでは《・・・・・・・・・・・》ないかと。
しばらく思案した後に、俺はそっと手を挙げながら言った。
「無茶を言っていることは承知の上だが、ここはまず俺に任せてもらいたい」
「は?」
俺の言葉に、当然のようにアブラーモが口をぽかんと開けて言った。他の面々も同様に、顎が外れたような表情をしている。
まあ、そうなるだろうと思ってはいた。いくら俺のレベルが飛び抜けているのが彼らにも見えていたとして、相手はドラゴン。おまけに俺の職業は戦士だ。分が悪いなんてものではない。
実際、アブラーモも呆れを隠さずにひらひらと手を振った。
「無茶も無茶だ。一人だろう? おまけにお前は、見たところ戦士じゃないか」
「そうよ。それに地竜の鱗の硬さはさっき言ったでしょう? いくらレベルが高いと言ったって、あなたの大剣で傷をつけられるか、論じるまでもないわ」
ベアタもアブラーモ同様に、呆れを隠さない様子で言ってきた。
まあ、言いたくなる気持ちは分かる。俺だって自分が魔法使いだったら、言葉に多少の現実味を持たせられるだろう。
しかし、俺を並の戦士と見てはいけないことを、これほどまでに証明できる機会もなかなかない。胸を叩きながら俺は返した。
「それは自分でも分かっている。だがこの相手を前にしてどれほど戦えるのか、俺の力を試したい」
「だとしても……」
俺の言葉に、アブラーモがなおも首を振る。彼としても、むざむざ俺を殺したくはないのだろう。
と、俺の様子をじっと見ていたベアタが、アブラーモの肩を叩きながら言った。
「アブラーモ、やらせてみましょう。彼、こけおどしで言ってるわけじゃなさそうよ」
その言葉に目を見開いたアブラーモに、ベアタが二言三言耳打ちする。それを静かに聞いていた彼は、俺をまっすぐ見ながらようやくうなずいた。
「……そうか、分かった。だが、治癒師と魔法使いは後方につけさせてもらうぞ」
「助かる。その方が、俺としても有り難い」
アブラーモの念を押すような発言に、俺はすぐさまうなずいた。さすがに俺も、周りに誰もいない状態でテラと相対するのは避けたい。そうなったら俺一人でクエストを受注したのと何も変わらないからだ。
治癒士であるベアタの他、「駆ける狐」からはオルランド・ジョルジ、「蜥蜴」からはクララ・グエールリの二名の魔法使いが俺に同行することになり、俺は後ろで緊張の面持ちをしている三人にうなずく。
「よし……行こう」
そう言って、俺は静かに洞窟の中へと足を進めた。暗い洞窟内、オルランドとクララが魔法の灯りで照らしてくれる中、俺は足音を立てないように進みながら洞窟を見回す。
「静かだな……」
「この奥にテラの寝床があるわ。今は夕方だから、そこで休んでいるはず」
俺のつぶやきに、ベアタが声を潜めながらうなずいた。竜は気温が下がってくる夕方から夜にかけて、こうした洞窟の中で暖を取りながら休む。この時間帯は一番、連中が油断している時だ。
果たして、洞窟の中を進んでいくこと5分。いくらか開けた空間になったそこに、地竜テラは静かに横たわっていた。
「あれか」
「……」
こちらに気付いた様子はない。寝入った直後なのか、呼吸で背の部分がかすかに上下していた。これならいつでも仕掛けられる。
声を潜めて、俺はディーデリックに声をかけた。
「ディーデリック」
「ああ。貴様なら問題なく殺せるだろう」
呼びかけると、彼も静かに返事をしてくる。こいつにお墨付きをもらうのもなんだか複雑だが、しかし出来るのは間違いない。
ちらと後方の三人に視線を送り、俺はそっと言葉をかけた。
「皆、俺が合図するまでは手出しをしないでくれ。まずは、俺一人でやってみる」
「ううん……」
「そこまで言うなら、まあ、いいけれど」
クララとオルランドも、返事をしてくるものの反応は煮え切らない。それはまぁ、そうだろう。彼らは今も、俺が無謀にも竜に挑んで叩き潰されると、心の何処かで思っているに違いない。
なら、見せてやればいいだけだ。オルランドの作った魔法の灯りを俺の頭上に持ってきて、そっと足を進める。
「よし……行くぞ」
「え?」
背中の大剣の柄に、手はかけない。その姿を見て後方でベアタが小さく声を漏らしたのが聞こえた。
そのまま、両手を前に突き出しながら俺は声を上げる。
「冷涼なる嵐よ、ここに来たれ! 全ての命を凍えさせる風を今現す! 吹雪!」
「はっ!?」
水魔法第五位階、吹雪。自分の目の前から猛烈な吹雪を巻き起こし、対象を低温で包み込む中級魔法だ。
俺が魔法を、それも初級魔法ではない魔法を使ってみせたことに、驚きの声を上げたのはオルランドだっただろうか。だが、それだけではない。
今の魔法の一撃で、地竜テラのHPが、二割ほども削られたのだ。弱点である水魔法での攻撃だし、相手はSランク下位とそこまで強力でないにせよ、ドラゴンのHPを、である。
さすがにこの一撃に、テラも安穏と眠ってはいられない。急激に襲ってきた冷気に、カッと目を見開いた。
「う……!?」
「よし、効いている! ここだーっ!」
目を覚ましたものの、冷気の最中、思うように身体が動かせない。その状態のテラに、俺は背に負った大剣を一気に抜き放ち、尻尾めがけて斬り込んだ。
剣がぶつかったところの鱗、だけではない。その下の皮膚までも、俺の攻撃は通った。鱗は砕け、皮膚は裂け、おびただしい量の血が噴き出す。
「ぐわ……!? な、なんだと!?」
「よし、まだまだ!」
この一撃でHPを一割は持っていけた。付与はしていないからこんなものだろう。そのまま俺は大剣でどんどん、テラの身体を斬りつけていく。
その俺の姿に、テラの有り様に、もはや後方の三人も声を潜めるどころではない。棒立ちになりながら唖然としつつ、俺の戦いぶりを見ていた。
「な……」
「何、え、どういうこと!?」
尻尾を斬られ、脚も斬られ、ただの数撃でテラは満身創痍だ。HPは既に一割あるかどうか。ただの数分で、この有り様である。
テラ自身も我が身に起こっていることが信じられないでいるようだ。愕然とした表情で、息も絶え絶えになりながら竜語混じりの人間語で言葉を発する。
「ば、バカ、ナ……たかが戦士一人に、この私ガ……!?」
「ふっ」
一応は人間語を話すだけの知能はあるらしいテラに、ディーデリックが嘲笑をこぼす。そして俺の身体を見せつけるように、自信満々に言ってのけた。
「生憎だな、地竜テラ。この戦士の内には幾人もの……そう、何百人もの冒険者の力があるのだ」
「な……貴様……!?」
その言葉に、テラが血にまみれた目を見開く。その声の主が「黄金魔獣」ディーデリックだと気がついたか。しかし、気付いたところで遅い。
「よし……これでトドメだ!」
俺は剣をぐっと引き、下から逆袈裟に斬り上げる。この状況、スキルを使わずとも充分だ。
果たして俺の剣はテラの喉元を一文字に切り裂いた。どばっと溢れ出した竜の血が、ディーデリックの身体を濡らしていく。
「ガ……ア……」
事切れながらぐらりと傾いだテラの身体が、どうと洞窟内に倒れ伏した。もうピクリとも動かない。
「う……」
「嘘……倒しちゃった……」
そして目の前で起こっていた、たった数分の戦闘を、最初から最後まで見ていた三人の冒険者たちもまた、呆然としていた。
今彼らは、俺が類稀なる力を持っていることの、生き証人となったのだ。
「Sランク下位くらいなら、問題なく一人で相手取ることは出来そうだな」
「何百という冒険者の力が貴様に結集しているのだ、造作もないことだろうよ」
剣についた血を飛ばし、再びそれを背負う俺と、自分の身体についた血を拭うようにするディーデリックは、何でも無いことのように淡々と言葉を交わす。この言葉が、俺の力を証明づけるものにもなるだろう。
そして、俺は血まみれのままに後ろを振り返る。
「オルランド、ベアタ、クララ。今の戦闘は、ちゃんと見えていたよな?」
俺が声をかけると、三人はもう諦めたと言わんばかりに両手を広げた。声をかけた瞬間、クララがびくっと身体をこわばらせた気がしたが、今は血塗れなのでしょうがない。
「見ていた、見ていたよ。君が一人で地竜テラを殺したのは、僕達が証明する」
「ほんと、信じられない話だけれどね。見ちゃったものはしょうがないわ」
「それにしても……第五位階の魔法も使えるなんて聞いていません。どうなっているんですか?」
見てしまったものはしょうがない。その言葉に嘘偽りはないだろう。しかし、見せてしまった以上は俺も、色々と彼らに説明をしないとならない。
「証明には充分か」
「やれやれ、他の冒険者の目の届くところで殺さねばならないとは、つくづく面倒だ」
ほっと息を吐きながら、血塗れの着ぐるみをぽんぽんと叩く俺に、うんざりした様子でディーデリックが言葉を漏らす。
果たしてどうやってこの着ぐるみの体を綺麗にしようか、そこを悩ましく思いながら、俺は素材回収用のナイフを取り出した。