アデリン版(一人称)
私を救ってくれたのは赤毛の魔法使い。
十二歳の時、ドラゴン討伐に出かけた父が亡くなり私は孤児になった。母は物事ついた時には既にいなかった。
父は凄腕の魔法使い。
でも私は落ちこぼれ。
父のように魔法を使えるわけがないのに、父は私に容赦しなかった。
出来ない私を怒鳴りつけ、それでも出来なければ鞭を振るう。
最初は止めようとしてくれたお手伝いのアナも、父が異常に怒るので怖くなったのかやめてしまった。
家事は私がする事になった。朝起きて魔法を使って、水を溜める。それから朝ごはんを作って、父を起こす。
魔物の討伐に出かけてくれる時は、楽だ。家の事をするだけだから。
だけど父が家にいる時は朝から晩まで魔法の訓練だ。
父の言う通りにする。出来ないと怒鳴られ鞭が振るわれる。
そんな日々は突然終わってしまった。
父が帰って来なくなり、亡くなった事を父の知り合いが教えてくれた。
もう戻らないんだよ。
悲しい顔でそう言われたけど、私はただホッとした。
もう怒鳴られないんだ。
鞭で打たれないんだと。
一人で暮らすのは寂しくない。
大丈夫。
そう思ったけど、家は父の知り合いのもので、すぐに追い出された。
でも親戚の人が迎えに来るからと玄関の前で待つように言われた。
待ってるとやって来たのは父のように魔法使いのローブを身につけた赤毛の男の人だった。
「アデリン?」
赤毛の男の人は優しそうな青い瞳をしていた。
頷くと男の人は大きな口を歪め、笑った。
「俺はグリフィン。君のお父さんの従兄弟だ。会った事あるけど覚えてる?」
わからない。
首を横に振る。
「そうか。小さかったもんな。さあ、今日から君は俺と暮らす事になる。腹減ったから、まずは肉を食べに行こう」
「肉?」
「あ、そうか。君のお父さんは肉が嫌いだったな。うーん。食べてみたい?」
肉。
あの、ジュージュー美味しそうな匂いがするものだ。父はお腹を壊すから食べるものじゃないって言ってた。だけど街に出かけると串に刺さったそれを食べて歩いてる人が沢山いた。
口答えすると怒られる。
だから食べたこともないし、お肉の話を父にした事もなかった。
「た、食べたいです」
「そうか。あ、でもお金がないんだよな」
お金がない。
私もない。
お肉食べれない?
「アデリン。君、攻撃魔法使える?」
私は反射的に頷いていた。
「そっか。それなら魔物を倒してお金にしよう」
それがグリフィンとの魔物討伐の始まりだった。
魔法は嫌い。
だけどグリフィンに褒められるのは嬉しい。あとお肉!
「アデリン。水の魔法も使えるの?なんて言うか凄すぎだ」
グリフィンに頼まれて、父から教わった魔法を見せる。父が使う魔法とは全然規模が違う。小さいもの。だけどグリフィンはいつも誉めてくれた。
グリフィンは私より魔力が少ないみたい。だけど沢山の魔法を知ってるし、父のように怒鳴ったりしない。
新しい魔法を教えて貰う時、失敗するとどう思うってよく聞かれる。失敗した理由なんて考えた事なかったけど、頑張って考える。それで出した答えをグリフィンは褒めてくれる。たまに間違ったりするけど怒鳴ったりしない。
だから私はグリフィンと話す事は怖くない。ううん。大好き。
父と一緒にいると怒られるかもしれないって、いつも怖かった。だけど、グリフィンは違う。だからいつも一緒にいたい。
「グリフィン。ダメです。無理です。私にはできないです」
沢山のゴブリンがいて、私は怖くなった。一緒に練習した火の魔法を使うつもりだったけど、魔物の数の多さに泣きたくなった。
「アデリン。大丈夫だって。できるって。あの炎の魔法。すごかったなあ。また見せてくれよ」
グリフィンはその青い瞳をキラキラさせて私を見ていた。
褒められたい。
「わかりました」
杖を構えると私は現在使える火の魔法で最大威力のある紅蓮の炎を放った。
「よっし。討伐終了!」
ゴブリンたちがすべて燃え尽きたのを確認すると、グリフィンは潜伏していた岩陰から身を起こす。
「アデリン。魔石を回収するぞ」
「は、はい!」
焦げたいい匂い。
ううん。ゴブリンは食べたくない。
私は袋を抱えるとグリフィンを追って魔石集めを手伝った。
「さあ、肉を食べにいくぞ」
「はい!」
討伐の仕事が終わったら、お肉だ。今日はどんなお肉を食べようかな?
いくつかグリフィンと一緒に仕事をすると、そのうち、ひょっこり人が訪ねて来るようになった。いつもグリフィンと一緒にいるけど、私一人の時は扉を開けなくていいって言われている。
来る人の用事は魔物討伐の依頼が多い。たまに肉を届けに来る人がいて、扉を開けるか迷ってしまう。それをグリフィンに言うと笑われてしまった。
「あんな強い魔物、絶対無理です」
「うーん。無理かなあ。あ、やべ、こっち見てるぞ。見つかったみたいだ。雷で脅かしてやれ!」
グリフィンの言葉を聞き、サイクロプスを見るとおっきな一つ目がこっちをギョロリと見た。
「来ないで!」
必死に放ったのは、かなり強めの雷の魔法。
グリフィンには脅してと言われたけど、サイクロプスは雷の一撃を受け、こてんと倒れてしまった。
ひゃー
「おお!すごいじゃないか。やっつけたな」
グリフィンはおっきい口ニヤッと歪めると私の頭を撫でた。
私は撫でられるのが好き。猫になった気がする。
グリフィンは私から手を離すとひっくりかえった魔物に近づく。巨体はピクリともしない。でも死んでるかわからない。
グリフィンは土魔法で岩を持ち上げ、頭を潰すと魔石を取り出した。
「でっかいなあ。さあ、今日も肉だぞ」
「お肉」
頭を潰された魔物の事なんて直ぐ忘れてしまった。
こうしてグリフィンと私は沢山仕事をした。
そのうちグリフィンの友達が仕事の依頼もないのに、家によく遊びに来るようになった。
その人はいつもお菓子を持って来てくれるので、グリフィンを少し取られた気持ちになるけど、我慢できる。
ある日朝起きたら、グリフィンがいなくなった。
待っても待っても戻って来なくて、その人がやって来た。
「グリフィンに無理に仕事をさせられていただろう?今日から家でのんびりしていいからね」
「ど、どう言う意味ですか?」
話なんてしたくない。
だけど、この人は何かを知ってる。
「グリフィンは自分から家を出て行ったの。あなたは魔物討伐なんて本当はしたくないんでしょう?でもグリフィンが強制して……」
「あなたに何がわかるんです!出ていってください!」
こんな大きな声を上げたのは初めてだった。
「私はあなたの事を思って……」
「あなたにはわからないと思います。お願いです。出ていってください」
頭を下げるとその人は出ていってくれた。
明るいうちに街に出てグリフィンを探した。人にも聞いてみた。でも誰も知らなかった。暗くなる前に家に帰った。ランプに火を灯して、一人ぼっちでハムを食べる。お肉を食べてるのに全然美味しくない。二人で食べた時はあんなに美味しかったのに。
そうだ。魔法で探そう。物を探す魔法があったはず。人も探せるはず。
グリフィンの家には沢山の本がある。片っ端から読んで探索魔法を身につけようとした。
見つかったとしても、そこまでどうやって行くの?私一人で?
転移魔法があったはず。
私は転移魔法についても調べる事にした。そうして三ヶ月後。私はやっとグリフィンを見つけて、会いに行った。
「グリフィン。私に魔法をもっと教えてください。私は戦うのが嫌いです。魔法も。だけど、グリフィンと一緒にいると、魔法を使うのも戦うのも楽しいです。だから一緒にいてください」
ぺこりと頭を下げ、グリフィンの答えを待った。溜息を吐く音がして、言葉が続く。
「俺は君を利用してきた。俺の使えない魔法を見たかったし、お金が欲しかったんだ。これからもきっとそうするつもりだけど、どう?」
全然構わない。
グリフィンと一緒であればなんだって。
グリフィンは利用って言うけど私も一緒だ。
「いいですよ。利用してください。私もグリフィンの魔法の知識を利用して、たくさん魔法を覚えて、たくさんお肉を食べますから」
「そうか、それでいいんだな」
それでいいのか?!
そんな声が何処からか聞こえてきた。よく見渡すとそこは広場で沢山の人が周りにいた。
反応は唖然としている感じ。
どうでもいい。
グリフィンがいれば。
でもその前に。
「まずはお肉が食べたいです」
「その前に資金調達。そういえばここの森にケルベロスが潜んでいるみたいで……」
出会った時みたいな会話だ。あの時もお肉を食べる前に魔物を討伐した。
そうして私達は腕を組み、森へ向かっていく。
周りがなんて言おうと構わない。私はグリフィンの隣でずっと魔物を討伐して、お肉を食べるんだ。




