89,箱入り令嬢は閉じ込められ
静かだ。
令は冷たい洞窟の地面に座り込む。
(どうして……)
岩なだれの障壁を壊せないのだろうか、予知できなかったのだろうか。
本来なら振動や音がするはず、しかしなかった。
その後、ドワーフがいるといって薫たちもそちらに対処しに行ってしまった。
いま令は一人だ。ひとりきりはいつ以来だろうか。
令は明かりの火魔法も止め、暗い洞窟に縮こまる。
(もっと魔力があったら気づいたのでしょうか?)
そうではない。そうであれば令よりも遥かに魔力を持っている奈央が気付くはず。
しかし、そのように落ち込んでしまう。出来なかったから。
(もっと素早く反応出来ていたら……)
薫はいわなだれの直撃を回避させるために令を押してくれた。しかしそれが結果的に障壁で遮断されバラバラになってしまった。
自分は無事だ。薫たちは大丈夫だろうか。ドワーフとはどうなっただろうか。
心の中で問いかけても何も返ってこない。
(こうしていても仕方がない……)
とにかく脱出するしかない。令は立ち上がり、障壁に向かう。
明かりをつけ、障壁を触る。
(凹凸がない?)
自然な岩なだれであれば、ゴツゴツした岩肌が感触するはずだ。しかしこの岩の障壁は本当にただの平たい壁だった。
(ドワーフのしわざ……?それより)
酸素の確保だ。このままでは窒息してしまう。
窒息、
(そういえば……)
ここまで深い洞窟にきているにも関わらず、息苦しさは感じない。
トンギビスタ村でのオーク洞窟生活も同様だった。
向こうの世界の常識では有り得ない。
考えても今の令には分からなかった。どういう原理で今自分が生きているのか、わけがない分からない。
(混乱している……)
脱出するためにどうすればいいか、あらゆる考えが脳裏を支配し覆う。そしてまとまらない。
令は再び座り込む。明かりの火球ライトを天井に投げる。
(このまま私はここで死ぬのでしょうか?)
薫たちは迎えに来てくれるだろうか。いや、現実的に考えて難しい。
ドワーフが未知数な攻撃や潜伏をする以上、再度洞窟に入るのは自殺行為だ。それを薫たちに求めるのは違う。
なら、自分でどうにかするしかない。
そうだ、魔法の練習のように努力すれば抜けられるかもしれない。
しかし、脚は上がらない。半ば諦めている自分がいる。
(せめて……)
この壁に意味のない魔法を当てよう。魔法は座りながらでもできる。
魔力をふんだんに使って。
雷魔法が怒号をあげながら、散っていく。
万事はもうない。令はうつむく。
「どったにそんなおどだしで、びっくりすじゃあ!」
人の声がする。いるはずのない人の声が聞こえる。幻聴だろうか、令は顔を上げる。
「なんだがさわがしとおもっだら、なんだべごれ?」
人がいた。少女がいた。可愛いらしい女の子だ。
奈央よりは身長はあるだろうか、ワンミより小柄。
水色の長髪がぼさぼさで、気になるのか触っている。
目元はくっきりして、美形なのだと少し暗い洞窟内でもよく分かった。
「ん?おめーさん、そっだなどごでどした?」
「あなたは?」
えらく訛っている話し方、しかし令は聞き覚えがある。
「おらが?おらはごごでねでだのよ。したらでっけなおとさするもんだから!」
自分のことか?自分はここで寝ていたのだ。そうしたら大きな音がするからびっくりしてここに来たのよ!
この方言は日本の東北、そっちの訛り方だ。
令は聞き取れる。母方の祖母が東北出身で昔はよく夏休みで遊びに行っていた。懐かしさのある訛りだ。
「んだごのかべ?あれま、あのちびすけだぢのしわざか!」
なんだろうこの壁?なんてこった、ドワーフ達の仕業か!
「そうです。閉じ込めれてしまいました」
「そか」
そう言って水色の少女はUターンする。
「すみません!脱出しないと!」
「ああ?こったらかべはふつうにこわせねがら」
「じゃあどうすれば?!」
「だまっでついでこ」
黙ってついてこい。
(ついていくってどこに?)
ここは行き止まりだ。来た道は塞がっている。どこに進めばいいというのだ。
と思った瞬間、令は気付く。
道が続いていることに。
(なんで?!)
「なんだべそったらかおしで。まほうだがつかえばかくせるのよ」
「そうだったんですか……」
「いいがらついでこ」
「……はい」
令は黙ってついていく。
そうすると少し開けた部屋のような所に着いた。
「おらはごごで刀をづくるからまってけろ」
「え?」
「なんだべ、はらでもへっだが?ほしいもさそこさあるからけぇ」
干し芋あるから取って食べていいよ。
「そうではなくて……どうして刀を?」
「魔法のぢからがやどっだ刀でねえとあれはぎれね」
魔力のこもった刀、武器でないとあの障壁は切れない。魔法が言いなれていないのかたどたどしい。
「もしかして魔石を使ってですか?」
「んだ」
令は少女の工房を覗き見る。
そこには幾重にも輝く、魔石がたくさんあった。
その魔石を加工した剣を作って障壁を壊そうとことらしい。
その前に、
「どうしてあなたはここにいるんですか?」
「おらは伊達刀治。刀屋だ」
「だてとうじ。かたなや?」
「あんだはしってるが?伊達政宗」
「は、はい」
「おらは政宗に刀を納めていた、刀屋だ」
どういうことだ。
令はただその可愛いらしい水色のぼさぼさ髪の少女を凝視するしか出来なかった。




