83,箱入り令嬢の魔法練習は続く
冒険4日目のお昼、薫がお昼寝をしたいと言い時間ができたため、令は魔法練習を始めようとしていた。
その間の献立だったが、3日目の夜にはハンバーグ、今日のお昼にはスパゲッティを出した。どちらも非常に好評で令の不安が少しずつ洗われていく。
(やっぱり手作りの醍醐味でしょうか)
それぞれが美味しいと言ってくれ、楽しく時が過ぎていく。頑張って作ってきたかいがあったというもの。
馬たちも秋の日差しを浴びながら、優雅に休んでいる。休む度に奈央は律儀に水クッションを召喚している。薫にも召喚している。ワンミは奈央にくっついている。
令も太陽を手で遮りながら秋の空を眺める。少しずつ、少しずつであるが気候が寒さの方に寄っていき、雲が低くなっていき、冬がすぐそこまでで来ているようだ。
そんな澄んで冷えた空気を令は一呼吸して、
(よし、始めよう!飛ぶ魔法!)
勢いよく雲に向かって上昇する。その勢いのまま身体を倒しながら前に進むように意識を向ける。
しかし、
(落ちる!)
令はすぐに姿勢を起こし、その場に制止する。
あのまま進んでいたら、身体がフワっとした感覚に支配され真っ逆さまに落ちそうだった。正確にはいえばそんなことは無いのかもしれないが、下腹部がひゅっとしたのだ。飛行練習を始めてから、時々令はそれに悩まされていた。
(ひゅっ、がなければもっと飛べそうなのに……)
令は仕切り直すために元の地上に戻る。するとそこに人影があった。
「奈央さん」
「あれ?令さん?お昼寝はいいんですか?」
「はい。私は眠たくないので。奈央さんもよろしいのですか?」
「自分もそんな感じで。ワンミは気持ちよさそうに寝ていますが……」
奈央は少し照れながら頬をかいている。きっとテント内で何かがあったのだろう。可愛らしい。
「令さんは飛行練習ですか?かなり上手くなっています!」
「ありがとうございます。ただまだ前に上手く進めなくて……ひゅってなるのです……」
「ひゅっ……?ひゅっ……あーなるほど……」
何故か奈央は遠い目をし始める。
「令さん、それは仕方ないです。慣れてください、ていうのは難しいかもしれないですけど……令さんの令さんは大事にしてあげてください……」
「……?どういうことですか?」
「えっと……男になったから起こる現象みたいなものです」
「女性だとならないのですか?」
「そんなことはないですけど……男性に起こりやすいみたいな感じです」
「なるほど……?」
(とりあえず上手く付き合っていくしかないのですね……)
聞いて良かった、奈央は内股になって少し寒そうにしているのが気になるが。
「奈央さん、寒くないですか?そろそろ厚着準備した方がよろしいですか?」
「あ、大丈夫ですよ!ちょっと思い出しただけなので。でも厚着は後でお願いしたいです。夜は冷えて寒かったので……」
「分かりました。今夜用意しておきますね」
令も前の世界であれば、今くらいの気温でぼちぼち長袖を準備しているはず。身体が変わり代謝が良くなったのか、気温は気にならないが逆に変わった奈央は長袖があった方がいい。またクルギアスラ村訪問前のような事件があってはいけない。
「令さんに言われて長らく忘れていましたよ。あれから男について何か聞きたいことはありますか?」
「そうですね……今は、ないです」
実際あらかた経験でなんとかなってきている。それに前回のワンミのように女性に対して失礼があってはいけない。セクハラ警察の薫が黙っていないだろう。自分に厳しい警察は令にも厳しいはずだ。
「何かあったら聞いてくださいね」
「聞いて……そうだ、奈央さん、ドラゴン戦の時翼のようなものが生えていましたが、どうやったのですか?やっぱり翼がある方が飛びやすいのでしょうか?」
薫はワンミの時に引き続き喉につっかえていた質問をする。
翼が必要なのだろうか。もし必要なら飛びやすくなるが魔力消費は高そう。その代わり難易度は下がるかもしれない。
「あ、これですか?」
そう言って奈央はいとも簡単にドラゴン戦の時に見たあの翼を展開して見せた。
(こうやって見ると凄い……!)
奈央の翼は禍々しい。しかし令からいてみればとても綺麗に見えた。魔力から発光するその翼はキラキラしているような、透き通って澄んでいるようなそんな輝きが奈央からあった。
「そんな簡単に出せるなんて、流石です」
「慣れちゃえば、って感じですね。別になくても大丈夫だと思います。多分翼は素早く飛べるようのためのものっていうか……見てもらった方が早いかも」
そう言って奈央はそっと空中に浮き、あちこちに飛んで見せた。
(速い……!)
そのあとは、翼を解除し同じように飛ぶ。
(こんなに違うのですね)
明らかにスピードが落ち着いていた。
しかし、小回りは翼の無い方が良かった。
「あの時、ドラゴンはめっちゃ速いのが分かっていたのでそれに対抗出来るようにと思って急遽作ったんですよね」
「それで戦えてしまうのですから流石としか……私もそれぐらい飛べるようになりたいです」
目の前で軽々と飛ばれてしまうと凹む。どうして自分はこんなにも苦戦しているのに、と令は考えてしまう。
奈央はそれを察したのか……
「じ、自分はそのスキルがあったりゲームで見たきたので!令さんも必ず出来るようになりますよ!」
「そうですか……そうですね……頑張りますね!」
ここでいじけても。くよくよしてもしょうがない。出来ないのを出来るように、立派な人になれるように。
「また何かあった時気軽に聞いてくださいね!」
そう言って奈央は令に近づく。そして令の両手を優しく取る。
それが奈央なりの励みだと分かった。
「ありがとうございます。必ず出来るようになりますね」
「はい」
どんどん寒くなる夜の風が少しだけ暖かく感じた。
作者:ブックマーク登録、いいね!評価いただけると励みになります!気軽によろしくお願いします!!




