67,箱入り令嬢は男子になってなんでもやります
「お前は立派になれよ」
父が死に際に言った最後。令は夢の中で毎度聞かされる。
(またあの夢ですか……)
令はゆっくりと瞼を開ける。今は王都の専用宿舎での目覚めだ。
(夢を見ると身体が重い……)
令は転生前より短くなった青髪を整えながら、ベッドでゆっくりストレッチを始める。
転生前。
「お嬢様、おはようございます!」
「おはようございます」
令は今日も豪邸の長い廊下を移動し、朝の支度を始める。艶のある長い黒髪を整えるながら。
洋風な豪邸、都内の内側に構え目立つ令の自宅。生まれた時からここが帰る場所だった。
父が大手企業の社長、何社も並行して事業を進めてしまう手腕で豪邸など軽々買える地位とお金を手に入れていた。そんな中で令は生きている。
母はすでにいない。令が小学校に上がる前に旅立ってしまった。40歳になる前だった。
子育てはメイドたちがいたので彼女らから色々な事を教わっている。
令にはある悩み、モヤモヤすることがあった。
「あの、男性方は朝食は普段どのようなものを召し上がるのですか?」
「そうですね……。おそらくお嬢様とそんなに変わらないと思います」
令の質問に、メイドは焦りをおくびにも出さず淡々と答える。
「そうなのですか?自分で言うのも変ですが、私の家は相当な裕福です。一般的な朝ごはんの場合はどうなのですか?やはりメダマヤキ?というものを食べるのですか?」
「目玉焼きですね。そうですね、食べると思いますよ。お嬢様、昨夜は漫画をお読みになられたのですか?」
「はい。クラスメイトに勧められた少女漫画、本当に興味がそそるものばかりで面白いです」
「それは良かったです。夜更かしだけは体に悪いですのでお気を付けてください」
「はい」
令以外の生活、特に男性について。令は年頃ゆえに興味を抱いている。
令たちはダイニングルームに入る。何畳あるかも分からない本当に広々としていて清潔であり、明るい食事処。天井には綺麗なシャンデリアが今日も優雅に令たちを見ている。
「「「おはようございます、お嬢様」」」
数名のメイドが令に挨拶する。料理がメインの短髪なメイド、掃除がメインの几帳面なメイド、予定や雑務を担当するメガネのメイド、そして令の隣にいる世話役の笑顔が素敵なメイド。
令は元々この家の主人である父の席に誘導される。今日も父は仕事で出張していた。
(もう何日も顔を合わせていない……)
最後に直接顔を合わせたのはいつになるだろうか、今はテレビ通話があるので顔自体は拝めるがやはり会いたかった。
本日の朝食は洋風な豪邸とは雰囲気一新な和食。サンマを中心としたバランスのとれたメニューが並んでいる。
予定担当メイドが令に歩み寄り、
「お嬢様、本日20時ころお父様とのテレビ電話が入っております」
「分かりました」
何かと気に掛けてくれる父は、予定を極力空け2日に1回の頻度でテレビ電話をする。今日は夕ご飯を食べてすぐのようだ。
「お嬢様、これで身支度は完了でございます」
「ありがとうございます」
身だしなみを世話役メイドにチェックしてもらい、大きな玄関を出る。
すでにリムジンがあり、運転担当メイドと予定メイド共に学校に向かう。
都内のビル街を進んでいく。母方の祖母の家の田舎風景が恋しい。見慣れた景色、見慣れた通学、都内といえど目立つリムジン。とはいえ今の令に変えられる力はまだない。そんなジロジロ見られる目線にはとっくに慣れた。
そうこうしているうちに通っている大学に着く。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
クラスメイトに挨拶を返す。
挨拶からも分かる通り、令の通っている学校は今時珍しいお嬢様学校、男子禁制の園。
令は最初、不思議に思わなかったが、周りに知るにつれて自分が特別な場所にいるのだと分かり、特に男についての興味が湧いていた。
自分とは違う性別、もちろんどういう仕組みで異性と認識するかは授業で習っている。ただ男性特有の低い声は父以外聞いたことがない。
「令さん、後輩が呼んでいますわ」
「ありがとうございます。向かいますね」
令は廊下に行く。後輩、エレベーター式のこの学校は中等部、高等部の学生も出入りが許されている。今回は高等部の生徒だ。セーラー服が可愛い。
「ああ!令様!おはよう……違う!ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう。今日はどうしたのですか?」
「い、いえ……。最近令様にご無沙汰でしたので、お顔を拝見したく来てしまいました!」
後輩は申し訳なさそうに頭を下げる。
令は微笑みながら、
「そうなのですね。ありがとうございます来ていただいて、こちらも貴女を見られて嬉しく思います」
「あ、ありがとうございます!」
後輩は今度は嬉しいそうに頭を下げる。
令は老若男女問わず、かなりの人々に好かれるように努めている。これは父からの教えでもあるのだが、どちらかといえば自分がそうしたいからしている。周りから良くしてもらう、周りのために働く、それが令にとって気持ちの良いことなのだ。
そして高等部時代に何かと令に付き添ってくれた後輩がこうして顔を出してくれている。それは言葉そのまま嬉しいことだ。
挨拶回りを面倒と思ったことはない。十人十色、挨拶だけでも色々な仕方がある。元気に返す人、目をしっかり見る人、それを観察することが面白かった。
今のクラスメイトにも大半は好かれている。ただそんな愛想振りまく令をよく思わない人もいる。令はそれをしっかり認識している。自分はそういう方にはどうしらいいか常に試行錯誤の毎日だ。
日常が過ぎていく。このまま父の勧めで会社に働き、世のため人のために動く。そのこと自体はいいのだが、
(結婚……できるのでしょうか私は……)
いずれは父のように、母のように結婚しなければならないのだろうか。もしそうであれば男性について知らないことが多すぎる。エレベーター式のこの学校では男性との交流を持てず、放課後寄り道することは許されない。
令の中の男性像は想像だけだった。
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