58,元高校球児はドラゴンと対面します
<ほう……ちゃんと連れて来たのだな>
「はい、お願いします」
村長はドラゴン相手に淡々と返事を返す。その様子を奈央は影から眺める。
すっかり夜になり祭りも本番、村の方は装飾はちらほら見受けられる。ただやはり貧しいゆえか、周りに材料がないせいか閑散としている印象が強い。
それでも村人たちたちはやはり普段と違うおかげか、気分は上がっているようで高らかとご馳走を食べている。
そんな光景を奈央たちは影魔法で隠れながら眺め、ドラゴンのいる山に向かっていた。
今回はドラゴンにも気づかれないように影のイメージは最大に、使った分はすぐに回復魔法でじわじわと補う。
そこそこ標高のあるこの山は登るのに体力を使う。奈央は前の世界から身体が変わっているせいか、こういう肉体疲労はすぐに感じやすい。
そのため魔法で補助をする。ワンミ・マイル・マーナと歩く速度は合わせつつも影移動魔法を応用して補助をする。そして回復魔法は維持し続ける。
これなら体力はあまり減らない。今はとにかく体力温存を優先したいのだ。
ワンミたちは何回か山に登ったことがあるようで慣れている様子だった。基礎体力のところでは奈央は負けているようだった。
マーナがふもとの村を見下ろし、
「本当に村の連中はのんきなものね。ワンミがピンチなのに」
「マーナ……」
マイルがどうフォローすればいいか頬をかいている時、奈央は、
「マーナ、結局自分たちのことしか考えらないんだ。こうして動いている自分たちも結局自分たちのため。食べられたくないからね。それにあんなドラゴンに世界征服されたくないし」
「自分もそうです。もうくよくよしたくないです」
ワンミはマーナの手を取る。
「なら、このままドラゴン倒したら私が村長になって村を建て直そうかしら!」
ふんすと鼻を鳴らすマーナは、子供っぽくて可愛い。
「その方がいいよ!うちの父ちゃんたちじゃあてにならないし!」
「ふふ、でも大人たちの言うことを否定してばかりじゃダメよ?」
「「はーい!」」
ワンミ・マーナ・マイル、3人会話が本当に微笑ましかった。
そうこうしている間に山頂に辿り着き、
「みんな、こっち。魔法でどこでも隠れることできるけど」
奈央は3人に指示を出し、山頂の端に体育座りする。その光景はシュールに見えるかもしれないが、ドラゴンたちには見えないのでどうでもいい。ドラゴンたちはすでに儀式を始めているようだ。
山頂はドラゴンが復活した際に少しいびつに壊れてしまったようで足場は平らではないが、数人が見渡すには余裕のある広さだ。
奈央も軽く見渡す。ふもとには村がありあとは一面砂漠。地平線ギリギリで少し緑が見えるような気がする。
視点をドラゴンの方に戻す。
そこにいるのはドラゴン、村長、影武者魔法で召喚したワンミ、手伝いと思われる村人が数名。
<少女、何か言い残すことはあるか?>
「ありません」
影武者ワンミは抑揚なく答える。
<なら前へ>
影武者ワンミは頷き、ドラゴンの前に移動する。
<これで世界の礎となろう!>
ドラゴンは勢いよく、影武者ワンミに食らいつく。咀嚼しないと飲み込めないらしいのかよく嚙んでいる。
が、それもすぐに止まる。
<う、なんだこれは!>
(ここまでは予定通り……問題はドラゴンがどう動く……)
奈央は唾をのむ。ここで諦めてくれたらどれだけ幸いか。
ドラゴンは口含んだものを勢いよく吐き捨てる。といっても錠剤のようにそれは口の中で溶けるのでドラゴンのよだれだけが地面に落ちる。
<村長!これはいったいどういうことだ!>
「ドラゴン様!どうされましたか!」
<これは人間ではないぞ!どうなっている!まさか、こんな不味いもの食わせたかったのか!>
「とんでもございません!そのものは確かにワンミで……」
「ワンミさんならここにいるよ」
奈央たちは影魔法を解除し、正体を表す。
その光景に村長はひどく驚き、
「な!どういうことだ!……まさか、我々を騙したのか!」
激昂へ変わろうとする時、薫と令が合流する。
「ぜぇ……ぜぇ……やっとついた……この山高すぎよ!こんなの一度も登ったことないわ!」
「すみません薫さん、魔法は極力温存しないといけませんから……久しぶりにいい運動になりました」
緊張感が一気に抜けるように二人は会話する。
村長は薫たちを確認するや、
「どうしてお前たちまで!そうか……やっぱり我々騙したか!早くワンミをよこせ!」
薫は息を整えながら、
「あげるわけないでしょ。だいたいそうしてもどの道このドラゴンに侵略されるのよ?」
「後のことなんてどうでも!私たちは明日を生き抜ければ!」
「このジジイ……!」
薫の歯ぎしりが少し離れている奈央のところまで聞こえる。薫のスイッチを入れてしまった。
<それで村長、どうして渡さない?>
村長はドラゴンに向き直り、土下座。
「申し訳ありません!この者たちがドラゴン様の邪魔をするのです!我々は違います!あなたの味方です!」
村長は奈央たちを指さすようにジェスチャーする。
(先にこいつをやろうか……)
否、村長を殺めたところで何の意味もない。こういう人間は少なからず前の世界でもいた。経験してきた。そのものに腹を立ててもしょうがない。
だが、村長に続くように手伝いにきた村民たちもこちらにブーイングしていた。
(誰も子供も未来を示さないのか!)
奈央のフラストレーションが溜まるよりも先に表に出すものがいる。薫だ。
「ここの男どもは……!じこちゅうが過ぎるでしょ!子供たちが大人になったらさらに環境がひどくなるのよ!どうにかしないと考えないの?!」
それに村長が反応し、
「ドラゴン様に刃向かえるわけないだろ!それよりも生き延びる方が先だと言っている!」
「マーナちゃんの代が大変になってもいいわけ!あんたの孫なんでしょ!」
「そのころにはわしらは死んでいる!そんな先のことはどうでもいいとさっきから言っているだろ!」
「クソジジイ……!孫すらも捨てるのか!これだから男は!」
薫の逆鱗状態。それに真っ向から相対する村長。後ろの村人たちも薫に対し「そうだ、そうだ!」と加勢する。
(本当に誰も未来を信じていないのか……)
あるいは諦めたか、あの時の自分のように。全てがどうでもいいと。
奈央は自然と納得する。2回も薫の警告を受け入れない。聞こうとしない。誰ももう後ろめたいと思っていない。あの顔の分からない少女に出会うまでは。
きっと自分も少しでも道が違えばこうして自暴自棄がさらに加速していたかもいたのかもしれない。ここの村人のように。
(これは自分が止めなきゃいけない……)
薫と村長が口論を続けている最中、奈央はドラゴンに向かって歩き出す。
「ドラゴン、諦めてください。それと村を元の環境に戻してください」
<ほう?歯向かうか?>
次の瞬間、目にも止まらない速さでドラゴンのかぎ爪が奈央を襲った。
作者:ブックマーク登録、いいね!評価いただけると励みになります!気軽によろしくお願いします!!




