56,元高校球児はひとつの決意
「そして新幹線ってのにひかれて、気づいたらこっちの世界に来ていたんだ」
奈央は過去の思い出を語り終え、凝り固まった身体を解すために伸びをしようとする。
するところんと奈央の方に倒れる物体、ワンミの頭があった。
(話、長かったもんね……)
寝てしまうくらい本当に色々なことがあった。その経験は今に思えばけして無駄ではない。おかげでこうしてワンミの隣にいることが出来る。
野球な人生も良かったが、その後の生活も悪くなかった。父は今頃どうしているだろうか、そもそもいなくなったことに気づいただろうか。とにかく元気ならそれでいい。
ワンミはすぅすぅと安らかに寝息をたてている。最初に会った時に比べ表情は穏やか。
(それだけ信頼されているってことかな……)
奈央はワンミの寝顔を眺めていると、語りが終わったことに気づいたのかワンミが起き、
「……あれ奈央さん?……あれ?もしかして自分寝ていましたか?!すみません!!」
「いいんだよ。あの洞窟じゃ満足に寝れていなかったんだよね?どのあたりまで聞いてた?」
「えっと……奈央さんがヤキュウってので大怪我してしまって、その後に少年に出会うくらいまでです、本当にすみません……自分が聞きたいって言ったのに……その、奈央さんの隣が落ち着くので」
「そか。嬉しいな」
そう言ってもらえることが、奈央にとっての喜びだ。
「奈央さん、本当に大変だったんですね……その大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。身体は大きく変わったから」
「そうではなくて……その、精神的に」
「うん、そっちも大丈夫」
ワンミは話の後半を聞いていない。だからどうして奈央が立ち直ったのかをワンミは知らない。あの顔も知らない少女が実はワンミのようだと思っていたことを
「自分は、その少年に励まされたんだ。だから大丈夫。だけど……」
確かに少女によって再び歩く力を取り戻させてくれた。でもまだおっかなびっくりだった。
まだ自分に自信が持てなかった。医療系を目指すにしてもゼロから学ぶ奈央は本当にできるか不安で仕方がなかった。こうしたらいい、ああしたらいいとネットの記事を見てもそれが自分ができるかが不安だった。
こちらの世界に来てからもそうだ。本当に自分には魔法の力があるのか、女性としてやっていけるのか、そもそもこの世界でまたあのような失敗をしないか。不安だった。
その不安が少しずつ消え始めたのは、ワンミと出会ってから。
ワンミが特別何かしてくれたわけではない。
むしろワンミのために何かしなければ、そう思って行動してきた。これからも。
あの時思った、少女の時のように。感じたように。
一歩前へ。
「ワンミさん、これは自分のわがままかもしれない……自分はこれからもワンミさんと共にこの世界を見て回りたい、ワンミさんと冒険したい。ワンミさんと暮らしたい。自分一人だと自信がなくて怖いけど、ワンミさんとなら何でもしたい。なんだってやりたいんだ……!」
薫さんはみんなを引っ張るムードメーカー、そして男性に対して厳しい人。きっと何かしら経緯がそうなったが、奈央とは違う境遇。
令さんはみんなを持ち上げる縁の下の力持ち。本当に心強く頼もしく頼りになる。いつだって自分たちのためにサポートしてくれる。その優しさもきっと何かしら経緯があってのことだろう。
奈央は二人と違う、二人は奈央とは違う。違うからこそ今日まで、そしてこれから仲良く冒険ができるだろう。だが心の深淵までの理解はできない。
それだけが今までずっと奈央はのどに引っかかったような感覚だった。
(分かって欲しかったんだ、自分を……)
ワンミも100%理解することはできないだろう。逆も然り。でもそれでもいい。100%でなくても雰囲気が同じなら、隣にいて落ち着くなら、それでいい。
「だからワンミさん、これからのも一緒に来て欲しい。どうかな?」
「じ、自分は……」
違う。ワンミは昔の自分と重ねているかもしれない。どこか自信がなく、しかし実力は十二分にあり活かすことが出来ればかなりの活躍ができる。ただ一人だと自信がないのだ。
だから支えたい。隣にいたいんだ。
「自分は……自分も行きたいです!もっと生きて、色々なこと経験したいです!」
ワンミの表情、奈央は息を吞む。
これがワンミの100%のリアクション。あどけない笑顔だが目元には涙が何より可愛い。今まではどこか遠慮したような表情、それが自分だけには違う。奈央は胸の高鳴りを感じる。
「その……これから大変かもしれないけど、自分も奈央さんと一緒に冒険したいです」
ワンミは奈央の手を取る。その手は暖かく感じる。
(これから……)
本当の始まりはこれから、あの少女から教えてもらった奈央のやりたいことはこれからが本当の本番。その手を決して離してはいけない。離したくない。
(自分はワンミとなんだって乗り越えてみせる!)
「ありがとう、ワンミさん。これから頑張ろう!」
奈央ははにかみ、その手を握り返す。
そんな時、こちらに迫っている気配を探知魔法が知らせる。
(この気配なら大丈夫だ)
他の村人たちなら急いで移動するか、対処していただろう。
だが、
「やっぱりここにいた!奈央おねぇちゃんとワンミ!」
やってきたのは仲良く手をつないでいるマイルとマーナだ。
作者:ブックマーク登録、いいね!評価いただけると励みになります!気軽によろしくお願いします!!




