55,元高校球児の夢
ゲーム仲間の彼と連絡が途絶えて数日、数週間経った頃、彼のSNSの個人メッセージにて連絡がきた。
『お話があります、お時間いただけますか』
春休み期間のためすぐに返信する。
良かった、心配だった。だが文面がいつもと違う、様子がおかしい気がした。
それは的中した。通話をしてすぐ、
『あれ?これで音が聞こえているのかな?』
いつもの話した少年のような声ではなく、明らかな女性の声、推測するに、
「も、もしかしてお母さん、ですか……?」
『あ、良かった!聞こえた!……こほん、はいそうです母親です』
「ど、どうして?彼は元気なんですか?」
『あの子は先日亡くなりました。11歳でした』
「……」
目の前が真っ白になる感覚、元々身体が弱いといっていたが、そもそも余命僅かだったのか。
『その反応ですとちゃんと伝えていなかったみたいですね。これから少し長くなりますがよろしいですか?』
「……はい、お願いします……」
『あの子は特に問題なく生まれ、問題なくすくすくと育ちました。ですが9歳の頃、小児がんを患っており学校で倒れ、そのまま入院生活が始まりました。あの子は進行具合は、最悪のレベル……一番高いレベルのものですでにあちこちに転移が始まっていました。医師の方は懸命にしてくれましたが子供の癌の進行速度はすさまじく、10歳の頃には手の施しようがありませんでした』
「そ、そんな……」
奈央の知らない世界、病気は治るものだと思っていた。しかし治らない病気もある、辛いものがあることを知る。
『それから自宅療法に切り替えました。終末療養、あの子には早すぎるその療法が始まりました。しかし本人もなんとく私たちの雰囲気で分かっていたのでしょう。どんなに誤魔化そうとしても見破られてしまいました。最初は荒れに荒れました。だったら早く死にたいと、何度も言われ、あの頃は本当に大変でした。その中であの子はゲームに興味をまず持ち始めました。それから音楽、SNS、美術とゲームにかかわるものに興味を持っていき、そして奈央さん、あなたに出会いました』
「……」
『SNSの扱いは難しかったようで、何回か落ち込んでしまい……本人はお友達が欲しかったのですがね。奈央さんが初めてコメントくれた時、凄く喜んでいました。それから一緒に出来るようになった時はさらに……病気をしているのが噓みたいに……』
母親から僅かにすすり泣く音が聞こえる。奈央はそれを耳障りだとは思わなかった。
『この冬はあっという間に過ぎてしました。毎日、毎日、笑顔で本当に輝いていたんですよ。写真を見せたいくらい。ですが……それも長くは続かず3月に入ると体調が一気に急変しました。そして先日、という形です……』
「……あ、ありがとうございます」
もう戻ってこない、この喪失感はなんだ。
『あ、そうそう。あの子は彼じゃなくて……彼女ですよ』
「え?」
『ふふ。あの子ちょっと声が低かったから。秘密にしていたみたいでした。私が本当のことを教えたらと言っても、男の子の方が絶対フレンドリーにしてくれるからって』
「……」
ずっと少年だと思っていたゲーム仲間は少女だった。奈央は驚きのあまり手が震える。
気づいたら視界がぼやけ始める。
『奈央さん、ありがとうございます』
「え?ど、どうして?」
『あの子に生きる希望をくれました。生きる意味をくれました。生きる楽しさをくれました。家族の私達でなく、奈央さんだからできたことです。それを感謝したんです』
「そ、そんな……自分の、方が……」
言葉がつまる。どうして、気づけば自分が嗚咽交じりに泣いているのだと気づく。
『泣いてくれてありがとうございます。学校の皆様はもうあの子を忘れ泣いてくれる子はいませんでした。私達家族は覚悟をすでに決めていたので泣きませんでした。奈央さんが、奈央さんだけが……号泣して……あの子のために……泣いてくれるのです……』
母親も奈央につられて泣き始めていた。
違う、感謝したいのは自分の方だ。再び生きる希望をくれた。再び生きる意味をくれた。再び生きる楽しさをくれた。この数か月は本当に充実していたんだ。野球をして日々よりも良かったものかもしれない。誰かと一緒になって、似た境遇の人と一緒になって。
「こ、こちらこそ……ありがとうございます」
『はい。本当に気が合うのですね。男の子のままでいいなんて言っていましたが、本当はデートに行ってみたいと言っていましたよ。オシャレして可愛い服を着て驚かせたいなんて。髪は薬でないから帽子で我慢って。ロングヘヤーに憧れていました』
それから何分泣いたのだろう。感覚では何時間くらいな気がする。本当に、本当に沢山泣いた。
奈央の母の時よりも。
「す、すみません……ずっと泣いてしまって……こんなに泣いたの初めてで……」
『大丈夫ですよ。あの子のために泣いてくれる涙は無駄じゃありません』
「じ、自分……母を亡くした時はこんな泣かなかったですけど……」
『どうしてですか?』
今度は奈央の番、どうして自分が彼女に出会ったのか説明する。
『そうだったんだのですね。やはりあなたはあの奈央さんだったんですね』
「は、はい、今は影も形もありませんが……」
『お母さまですが、きっと奈央さんのことが心配だったのはないですか?普通そこまで病弱していれば中々起き上がるのは相当しんどいはずです。なのに駆けつけようとした……そうは捉えることはできませんか?』
「そ、そうなんですか……」
『私もあの子のために変われるなら病気、変わりたかったです。きっとテレビを観ていて奈央さんの異変に気付いたのでしょう。子供のために自分の体の状態を忘れるくらいに』
本当の真相は分からない。だが母親から言われたそれは、すうっと奈央の中に収まるのを感じた。
『お父さまはどうですか?亡くして大変かと思います』
「ち、父は変わりました……今も母の保険金で遊び惚けています」
『そうなんですね……奈央さんはそれを見ているのは辛いでしょう。でも私もお父さまの気持ちが分かります。本当はこんなこと思いたくないのに、あの子の看病から解放されたと。私も思ってしまう時があるのです。何年と誰かを、しかもお父さまは介護、それは本当に大変だったのではないですか?』
彼女の母親に言われることは納得できた。きっと似た境遇だからなのだろう。
『今度会える時、話せるといいですね』
「はい」
それから通話は終わった。もう一度通話し直すことはない。これで最後なのだ。
奈央はひとつの夢ができた。
医師になりたい、まだ漠然とした目標だがそういう大学に行きたいと。
ネットを使ってどうすれば行けるのか調べる。参考書を買い並べる。シャー芯を貯蓄を済ませる。
あれから父と会うことはなかったが、奈央の心中はスッキリしていた。もうモヤモヤしない、クヨクヨしない、イライラすることもないんだ。
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