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53/95

53,元高校球児は路頭に迷う

「なんだよ!甲子園いけないのかよ!期待していたのに!」

「え?せっかくの夏休みの修学旅行みたいに考えていたのに!」

「そうか……まぁ大会ってそんなもんだよ」

「ほら、期待するからそうなるんだよ」

「使えねー」


 足の肉離れのため、松葉つえで登校するとそんな影口が聞こえる。

 それも心苦しいが、それよりも監督から、


「どうしてケガのこと黙っていたんだ。しかもそんなに酷く……これじゃ俺の監督不行き届きじゃないか、どうしてくれるんだよ」


 父から、


「そうか。まずは休め。そうか……甲子園いけないのか。なんでまたそんなに無茶したんだ?」


 母は、他界した。自分でベッドから降りたらしく、その際に態勢悪く首から落下、受け身の取れない母のあっけない最後だった。どうして動いたのか、今でも分からないが、きっと甲子園で負けたからだろう。

 それから父は奈央に母の保険金の一部を小遣いとして渡し、吹っ切れるように夜の街に消えていった。顔を合わせることが少なくなった。


 投げられなくなってから全てが変わってしまった。どうして父は母が死んだのに涙一つ流さなかったのか、理解できない。

 理解できない。理解されない、どうして奈央がそこまでのことをしていたのか、誰もわかってくれない。会う人会う人、それぞれの表情で返される。乾いた笑顔のもの、にらみつけるもの、そもそも目を逸らすもの。

 努力は結果を出さなければ、こうして意味をなさない。恐れていた事態、嫌だった。なんとかしたかった。

 しかし体はもういうことを聞かない、利き腕は上がらなくなり、母同様に腰に爆弾を抱えてしまい、足の筋力はもう元には戻らないと。

 どうすればいいか、相談するものもいない。孤独の敗北者。


 何が甲子園だ。自分の力がなければいけなかった連中が何を言って喚いている。

 もう全てがどうでもよくなっていた。それでも学校には登校した。もはや意地だった。

 誰も助けてくれない。

 今思い返せばそんなことはなかった。彼女だ。彼女は唯一心配してくれた。


「奈央、いる?」


 休日、そんな声が聞こえた気がしたがどうでも良かった。こんな汚く、自分の部屋以外臭いのキツイところに誰かが入ってくるわけがない。

 それよりカップラーメンが美味しい。そこそこ大金な小遣いで色々なものを買ってきた。ゲーム機、大量の漫画、様々な種類のお菓子とそしてカップラーメン。野球をしていた頃には手をつけることができなかった物たち。

 カップラーメンが美味しい、二杯目にお湯を入れようとする。この電気ケトルは便利だ。お湯を入れにいくのが面倒だが。誰かいれば、そんな時この部屋にノック音がする。


「奈央、いるんでしょ?顔を出して」


 やっと思い出した、彼女が来ていたのか。丁度いい。

 奈央はドアを開ける。彼女のおめかしの格好が目に留まる。この家にはふさわしくない。


「水入れてきて」

「え?何を言って?」

「いいからケトルの水を入れてこいって言っているんだよ!」


 奈央は乱暴に彼女に電気ケトルを渡す。


「ねぇ奈央!外に出よ!カーテン閉めてこんな暗くして!奈央は頑張ったんだって!」


 彼女は奈央の腕を引く、完治していない利き腕を引っ張られじんわり痛みを覚える。

 奈央はそれを払いのけ、


「噂で聞いた。お前自分と別れたいんだってな?何しに来たんだ?」

「違うよ!それは私の意思じゃない!周りが勝手に言ってるだけ!私は奈央を心配して……」

「親父さんはどうなんだよ?駒にならなくなった自分はいらないとか言ってるんだろう?」

「……!どうしてそれを!」

「ふっ……。なんだよ図星か。随分前に聞いたことあったけど、元々自分と付き合うようになったのって親父のすすめなんだろ。今のうちに手を出しとけって」

「最初はそうだったけど今は違う!本当に奈央を心配して……」

「それならなんで自分のケガを止めなかったんだよ!」

「え……?」


 彼女は固まる。

 そうだ、彼女がもっとちゃんと野球の知識があって、対等に話せることが出来ればもっと効率よくケガすることなく練習できたんだ。


「ふん……。まぁもうどうでもいいけどな。それより水入れてきて」

「ダメだよ。ケガしてるからって。外に出てリハビリしよ?」

「自分のこと好きなら従ってくれると思うんですけど―」

「奈央、どうしてそうなってしまったの?」


 彼女はすすり泣き始める。鬱陶しい。

 誰も自分のことなんてわかってくれない。親すらも、母はわけわからずに死に、父は今日も顔を合わせていない。

 きっと彼女もそうだ。周りに言われたに違いない。お前の彼氏なんだから、どうにかしろと。

 それともこうだろうか、別れましょうと。


「あーそっか。もしかして別れ話にしに来たの?いいよ、好きにして」

「……!」

「親父さんの話、否定しなかったし」


 そうだ、もう今の自分には価値なんてものは存在しない。動かない、戻らない体に高値はつかない。

 彼女はプルプルと震えだしたかと思うと、ケトルを地面に投げ捨てられる。


「あーそう!好きにするわよ!父に言われた通りね!せっかく心配してここに来て見たけど全てが無駄みたいだったし!あんたこと、私だけでも分かればと思ったのに!さようなら!」


 そうして彼女は消え、ケトルが転がっている。頑丈なのか壊れている様子はなかった。

 それを見た奈央は無性に苛立ち、ケトルを利き手とは逆手で殴った。

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