表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/95

52,元高校球児は我武者羅(がむしゃら)に

(今何回だっけ……?)


 息が上がる、それすらも周りにバレないように。

 甲子園大会の県大会準決勝、奈央はいつものように先発投手として相手を翻弄していた。

 試合は1-0で奈央の高校の方がリード、部長のホームランでリードだった。


(あと何人抑えればいいんだ……?)



 新体制の野球部はみるみる変わった。

 シニアで培った知識や練習メニューをやる。最初は最後までできずにばててしまう者が多数だったが、みんなの想いは強く、毎日諦めずにチャレンジし1月程で最終メニューまで消化することが出来るようになった。

 練習試合も多く行なった。というより奈央目的で頼まれることが多数あり、ちょうど良かった。

 それで試合感を掴んでいく。最初はボロボロだったが、守備を重点的に高めることで徐々に試合に勝てるようになっていった。

 みんなの技術が上がっていく、どんどんチームが強くなる。それが何より奈央は楽しく嬉しかった。

 もちろん時にはもめたり、トラブルが起こったりしたが、部長を中心に協力してもらい解決した。


 自分もさらに磨かなければ、そうしてさらに投げ込みを増やした。

 それを止めるものはいなかった。彼女は献身的にサポートしてくれた。より投げ込みの量が増える。彼女は野球の知識は奈央から取り入れたもの。詳しいところまでは知らない。その投げ込みが良くないことを彼女知らなかった。

 奈央もいけないことだとは心の片隅では分かっていた。しかしドンドン鍛え上げていく体の虜になっていた。

 毎日、毎日、毎日投げ込み、練習に明け暮れる。疲労もろくに抜けず酷使し続ける。

 大会までにはメジャー選手にも引けを取らないくらいの実力までに上り詰めていた。嬉しかった、これで甲子園は楽々行けると確信した。


 大会前に奈央が肩に違和感を覚えた。しかし筋肉痛はいつもすぐ起こり、すぐ治る。勘違いしていた。もう体は限界を迎えていたことを奈央は気づかなかった。

 

 大会、順調に勝ち進んだ。

 少し前に合宿をしたことにより、堅牢な守備を手に入れた。奈央が打たれても多彩な守備位置から守ってくれた。

 しかし奈央は徐々にヒットを許す回数が増えた。コントロールが乱れる、定まらない。脚がいうことを利かない、思い通りに動かない。

 上半身が痛くなってくる。背中がはって思い通りに投げられない。

 とうとう腕が痛くなった。うまく上がらない。痛い、痛い。

 それでも周りにバレないように投げ続ける。打たれても警戒されているからと誤魔化した。

 


 痛い、体が痛い。


 それでも堅牢な守備のおかげで点をあまり許すことなく、勝ち進める。三振は取れなくも打たせてとればいい。そして投げ続ける


 痛い、全身が痛い。


 流石に球威が落ち始め、部長に心配された。グラウンドの土が合わないと噓をついた。

 そう土が合わないから体が痛いのだ。きっと時期に慣れる。決勝にフルで投げることが出来ればそれでいい。


 痛い、痛い、痛い。



(勝たなきゃ……)


 奈央は準決勝の相手に一生懸命投げる。力を温存しておきたいがそれどころじゃない。体がそれを許してくれない。

 どうして自分はこんなにも辛いことをしているのだろう。

 甲子園に行くため。

 両親に期待されている。学校に期待されている。地域の人々に期待されている。野球部員に期待されている。

 期待には応えなければならない。そうすればみんなが喜んでくれるから。

 だから投げる、失敗なんて許されない。痛くても慎重に、だけど豪快な力を振り絞って。


(……期待に答える!)


 そしてその試合のウイニングショットと共に奈央は倒れた。



 決勝は33-0のボロ負け。コールドのないこの試合は見るも悲惨なことになってしまった。

 奈央はマウンドには立たなかった、立てなかった。後ろの観戦席の遠くから眺めていた。


 肩を、肘を壊してしまった。上げられないくらいに、曲がらないくらいに。


 腰は背筋がボロボロで背骨にダイレクトに影響し、疲労骨折寸前。脚は肉離れを起こしていた。

 当然そんな生徒を出せるわけにもいかずドクターストップ。グラウンドに入ることを許されなかった。

 原因は奈央自身分かっている。明らかなオーバーワークな練習によるものだと。

 顧問は血の気を引いていた。部長も同じく。

 どうしてそこまで悪化していたのだと。


 甲子園には届かなかった。戦績こそは近年で最高のもの。しかし目指していたものに届かない悔しさ、奈央は分からなかった。部員たちは涙を流して、部長も涙を流していたが、観戦席にいる奈央は同じように泣けなかった。

 理解を放棄したから。どうしてこうなったのか。


 ここからが本当の地獄が始まるとも知らずに。



「なんだ奈央、来ていたのか」


 球場の更衣室になんとなく立ち寄っていた奈央を、部長が発見する。


「その……」


 来た理由は分からない。なぜ来たのか自分は。


「もうみんな行ってしまったぞ、俺は最後の忘れ物チェックだ。ここにくることは二度とないからな」


 二度とない。部長は3年、今年で引退だ。

 部長は言葉を続け、


「何辛そうな顔しているんだ奈央?負けて悔しいのはこっちなんだぞ」

「……え?」

「お前がそうやって怪我しなければ、あんなことになることもなかったのに!あんな試合したくないに決まってるんだよ!親たちだって来てんのによ!カッコイイ姿兄弟たちに見せたかったのによ……!ほら早く出ていけよ締めるぞここ!」


 奈央は廊下に出る。

 部長は乱暴に更衣室の扉のカギ閉め、消えた。

 奈央は立ち尽くした。今、何を言われたか理解できなかった。

作者:ブックマーク登録、評価いただけると励みになります!気軽によろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ