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51,元高校球児の高校生活風景

「え?マネージャーやるの?」

「うん、やっぱりもっと奈央を見られる所にいたいと思って」


 高校の帰り道、4月中旬の風は生暖かい。暗くなるのに部活終わりを待っている彼女に感謝だ。

 奈央はすでに部活に入っているが、一般生徒はこれから。そこで彼女が宣言したのはまさかの一言だった。

 奈央と付き合っている彼女、元々あまりスポーツに興味がない。ただ中学から奈央と付き合うようになってから少しずつ知識を取り入れるようになってくれていた。徐々に彼女と野球の話が出来るようになったことは嬉しかった。

 ただまさかマネージャーまでやるとは思っていなかった。


「ほら、やっぱり待ってるのも退屈だしさ。だったらせっかくだしと思って」

「いつも遅くまでごめんね」

「いいの。高校からはこうして帰りたいって思っていたから。中学の時寂しかったんだよ」


 そうやっていたずらっぽく笑う彼女が可愛い。


「父の許しももらっているし、むしろ努力するように言われているからね。大丈夫。そういえば奈央はキャプテンになったんだよね?」

「そうなんだ。まだ自信がないけど……」

「やっていれば慣れるよ。だったら尚更マネージャーになれば色々と部活でも話すことになりそうだね。やった」


 一緒にいたいと彼女から言ってくれる。そのことが奈央の心を暖かくさせる。


「マネージャー大変だよ。みんなの水筒運んだり、おにぎり作ったりしないといけないよ……」

「はは!心配し過ぎだよ!これでも朝散歩して体力つけるようにしているんだよ」

「知らなかった。凄い……」

「秘密の特訓ってやつだからね!だから私のことは心配しないで野球集中して良いんだからね。甲子園連れてってね」


 そう言いながら彼女は奈央の手を取る。

 彼女の手はあまりにか細く感じる。本当に大丈夫だろうか。心配しないでと言われつつも奈央はやっぱり心配だった。



 学校の奈央は中学以上に目を引く存在になっていた。

 甲子園に行けるかも、連れていってくれる。学生たちよりも先生からの指示が多かった。大人のサポートは手厚かった。

 それに対し家庭環境はどんどん辛くなっていた。見ているのが辛かった。家にいることが辛かった。母の腰の容態は悪くなるところまで悪くなり、とうとう寝たきりになってしまった。父はその看病、介護をしている。

 腰を治すことは絶望的らしかった。そのために入院するわけにもいかず、奈央の学費というより野球道具を買うのにどうしても施設に入れる、ヘルパーを雇うお金が回りきらなかった。流石にまずいと父に相談したが「気にするな」ただそれだけ言われた。

 父は瘦せた。今まで少し太っていたのが噓のようにほお骨が浮き出ていた。仕事をある程度こなしながら、すぐ家に戻り母の世話をする。その繰り返し。明らかなオーバーワークだった。

 周りから休んだらと声をかけられていたが「奈央が野球を頑張っているから、自分だけ逃げられないよ」と父は常にそのように言っていた。

 父は変わった。体の疲れを酒で誤魔化す日々。それでもけして挫くことなく家事全部もこなして見せた。


「大丈夫だ。母さんに甲子園に立つ姿を見せてやれ」


 父はそう言い、母は腰の痛みをこらえながらこちらに笑う。それが辛かった、重荷にだったのかもしれない。

 母のことに関して自分は何もしてやれない。

 毎日辛そうに目覚め、辛そうに寝る。奈央が近くにいれば作り笑顔をする。本当は辛いはずなのに。どうしてそこまで自分に気を使うのか、分からなくなっていた。

 家にいることが極端に少なくなった。これが初めての逃げだったのかもしれない。ここでもっとちゃんと向き合っていたら。

 それから奈央は逃げるように野球の練習に打ち込んだ。オフの時は彼女の家をお邪魔した。

 彼女には事情を話している。介護手伝いと申し出たこともあったが止めた。父の疲弊したあの姿、とても勧められるものではなかった。



「高校だといっぱいデート出来て嬉しい」


 高校の部活はオフが週2日あり、家の事情もあり本当に彼女と過ごす時間が増えていた。同時に自主練する時間も増えていた。

 今日のデートはいつもの近くデパート、自転車で30分位。まだ五月晴れなので汗だくになることもないが夏になればいけなくなるだろう。彼女は汗かくことを嫌っている。

 デートを楽しみたいはずなのに、それなのに体が怠いからだろうか、乗り気になれない。自主練を頑張り過ぎただろうか、そもそも部活の練習がハードだったか、あるいは。



 そして彼女とのデートを終え、自主練を再開させる。繰り返し、繰り返し。疲れようともおかまいなしに。

 それで嬉しいことはしっかり力がつくこと。奈央の体質は運動すればするほど身につく。筋力がつくものだった。

 ピッチング練習をする。速球は160キロに迫っていた。変化球はもう高校離れの曲がり方をしていた。コントロールもどんどん良くなり、200球を投げても息は上がらなくなった。

 それがよりのめり込む材料になってしまった。体の疲れは取れないまま。


 少しずつ、少しずつ、奈央の中の歯車がおかしくなっていた。

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