39,元高校球児は無自覚な色仕掛けをします
「皆さん、ここにいらしたのですね」
足音を一ミリも出さずに突然奈央、ワンミ、マイルの前にマーナは現れる。この洞窟内、足音は簡単に響くはずなのにどうやっているのか不思議で仕方がない。
奈央は緊張で体を強張らせるも表に出さないようにマーナの様子を伺う。そんな時、
「マーナ!聞いて!聞いて!僕白魔法ってのが使えるんだって!」
「……?そうですか。良かったですね」
奈央の雰囲気を気にせずマイルが嬉しそうにマーナに報告する。そんなマイルにマーナは少し戸惑っている様子。
マイルは気にせずマーナに近づきを手を取りながら喜々としている。
奈央は肩の力がすっと抜け、
(本当に微笑ましいな……自分もこんな幼馴染がいたら……)
奈央にとっての幼馴染、人で言ったら幼稚園からずっと一緒の同級生だったのだろうか。もしくは野球なのでは、どちらかといえばそっちが奈央にとってしっくりくる。
「マイル、ごめんなさい。そろそろ夜になりますよ。家に戻らなくてはいけません」
マイルがぶんぶんと動かす手を止め、マーナは淡々と告げる。
(え?!またもうそんな時間なの?!)
まだ令から知らせがくるのは当分先だろうと余裕をこいていたが、どうやらその時間まで誤差のようだ。
その噂を考えていると、
『奈央さん、奈央さんそろそろ夜です。切りのいいところでお帰りください』
と令からの時報が飛んできた。どうやらマーナが言っていることは本当のようだ。
(またそんなに夢中に話しちゃったのか……)
マイルも時間経過にはびっくりしているらしく、体をピンとさせて驚いていた。
ワンミはといえばマーナの姿が見えるからだろうか、再び俯いてしまっている。結局祭りについて聞けずじまいになってしまった。といっても迂闊に事情を聞けばマーナが飛んできて会話を静止させられる。やはりマーナを先に元に戻さなければならない。だが戻す方法は今日で手がかりをつかめた気がする。明日の朝、薫たちに相談案件だ。
「マイル、戻りましょう。奈央さんも戻られた方がいいでしょう」
「あ、ちょっと待って!マイル君ちょっといい?おいでおいで!」
マーナと手をつないで一緒に帰ろうするマイルを奈央は申し訳ないと思いながらも手招きする。ある考えを伝えるために。
マイルは首を傾げながらも素直に奈央の元にとことこと来る。
「マイル君、お願いなんだけどね……」
奈央はこしょこしょ話をするためにマイルに近づき耳元で囁く。奈央の行動が読めなかったのか、再びマイルはピンと体を強張らせ、視線があっちゃこっちゃに泳いでいる。
そして落ち着く場所が見つかったのか奈央の方に視点が固定される。どこかを見ているように。奈央の体あたりだろうか、ただ視線は気にせず内容を伝え、
「大丈夫?出来そう?」
「え?あ!はい!分かりました!」
マイルはどもりながらもある程度内容は理解してくれたようで、頷きながら容認してくれた。
そんな2人を引き剝がすようにマーナがマイルの手を取り、
「早く、帰りましょう」
そしてマーナは奈央の方に見るなり、キッと睨んできた。
一瞬のことなので奈央も気のせいかびっくりしたが、足早にマイルを連れていくあたり見間違いではなさそう。
(え……?あ……もしかして……)
内緒話がしたかったのでマイルにかなり接近する形になってしまったが、マーナにとってそれが面白くなかったのだろう。
マイルはやきもちを焼かれている。それに奈央は気づき遠ざかっていく2人の背中が暖かく見えた。2人が今後も安寧に生活できるように、奈央たちは明日、試されるのだ。
そんな微笑ましく見ていた時、マーナが足を止めこちらに振り返る。
その視線はワンミを捉えて、いつもとは違う初めて見る表情。先ほどの可愛い姿とは程遠く、別人になってしまったのではないかと思えるほど、邪悪で狡猾な笑み。真紅の瞳がより一層濃く明るくなったように見える。
「ワンミ、明日はよろしくね」
言い終わるとマーナはすぐに踵を返す。一瞬のことだった。隣のマイルはおそらくその表情に近すぎて気づかないだろう。ワンミは俯いむいたままだから見ていない。その表情に気づいたのは奈央だけ。
どちらが本物でどちらが偽物、中に潜むものか。一目瞭然。
マーナはご飯を食べるとき、そして先ほどマイルに向けた気持ちがマーナ自身の心。それを上から被せるように魔物が垣間見え操っている。
許せない、ワンミをこんなに怯えさえ、マイルの気持ちを急からせ、マーナ本人のやりたいことを蝕んでいる。許せない、許せない。
「奈央さん……奈央さん、帰らないんですか?」
「え?あ、ワンミさん……そっか帰らないとだね……」
ワンミに呼び出され、奈央は正気を取り戻す。今自分は何を考えていたのか、ゾッと身震いする。もしワンミに止められなければどうなっていたのか。マイルとマーナはいつ間にか姿なく帰っている。
(あの時と違う、今は力がある……)
力の保持、むしろ前の時代に欲しかった。あの時ここぞとばかりにやってくる同郷を退かせたかった。今でも思い出すだけで吐き気が迫ってくる。
奈央は忘れるために両ほおをペシンと叩く。その音にワンミがびっくり、
「ど、どうしたんですか!?大丈夫ですか?」
「気にしないで、気にしないで!ごめんね、急に大きい音出しちゃって!」
ワンミの今の心情はどうなのだろうか。育ててくれた村長が冷たくなり、村で気軽に話せるひともいない。マイルも自ら進んでワンミに話しかけることも直近まではなかったはずだ。それに絶望することなく、復讐することなく、今こうして目の前に存在し出会えた。それが何より奈央は嬉しい。
ただこの状況で何もしない、できないというのはとても恐ろしく辛いことも奈央は知っている。あらためて明日全ての決着をつけ、ワンミが少しでもこのしがらみから解放できるように努めようと心に誓う。
奈央はワンミの手を取り、
「明日もまたここに来てもいい?」
「……あした……分かりました、マーナが来るまでの間なら大丈夫だと思います……」
やっぱりマーナのあの言葉、そして何が行われるのかワンミは大体察しているのだろう。だからこそそれを壊すんだ。




