25,元高校球児はラブコメをひき起こします
注;これはあくまでフィクションです。
太陽もだいぶ地平線に近づき、夕焼け具合が一気に加速しそうな頃、シャワーを済ませた奈央は宿のベッドに突っ伏してした。
無意識に初めて裸でシャワーを敢行してしまうという、自分で招いたトラブルだったが、ワンミと出会ったおかげだろうかそこまで自分の身体でパニクることはなく、髪にしっかりトリートメントでケアをしてから、身体を魔法で乾かしタオルで仕上げ、バックから部屋着用の薄いぶかぶかのTシャツを取り出し着替えていた。この服も令のお手製である。
脱ぎ捨てた戦闘服が散乱しているのは流石にもやもやするので、風魔法で軽く綺麗しバックの隣に畳んでいる。
(結果的に初めて自分の身体をしっかり見てしまったけど、令さんの言う通りなんてことなかったな……)
男から女に、下心が男性のままならドキドキの一つもしたかもしれない。現にその邪念があるかもしれないと思い、今まで性別を特に感じる部位は見ない、触らないように徹底していた。
ただワンミを看病したとき、確かにワンミの素肌を触った時はドキドキしたが、男の時に感じたドキドキとは別の感情のように思った。興奮したり鼻血を出したりのようなドキドキではなく、自分とは違うスベスベしていた肌触り、バストを女性になってから初めて同性を触ったというそういうドキドキだ。
そして今回、自身の視点から局部や胸を確認し触ってみたが「こんな感じか」ドキドキなんて微塵も感じなかった。
そんなこんなを色々考えながら整理していく。
(なんでこんなにワンミさんに入れ込んでいるんだろうな……)
あくまでこの旅で知り合った少女。村長の言う通り忘れてしまうことだって可能だ。しかしそうはできないことを自身、やっぱり分かっている。
きっとここで無視すればまた後悔する。
後悔の気分は最悪だ。だからせめてこの世界くらい、後悔のないようにやりたいことを。奈央はそんなことを思いながら寝返りをうち、寝落ちした。
少し盛り上がったグラウンド中央のマウントから今日も投げる。ヘルメットを着用してバットを持ち、打席に立つ。小学4年から始めた野球は飽きずに続けていた。自分でも不思議だと思う。最初の頃に比べ目に見えて変化し成長を感じることはない。しかし試合は面白い。相手も自分と同じ実力かそれ以上の同級生と真剣勝負できることが楽しかった。負ければ悔しい、だから練習している。常に実践のことを考え、身体の筋力の維持と強化、野球の感覚を忘れないためにも。練習なんかよりも試合をたくさんやりたいとどれだけ思ったか、相手の予定もあって毎日できないことはもちろん頭では分かるが、日立奈央中学3年、成熟しきった力は相手を求めていた。
中学から参加しているシニアのチームの層は凄かった。
まず同胞になる同級生たちの体の大きさが凄かった。小学校では自分が一番大きかったが入りたての頃は自分よりも大きい背丈が当たり前のようにいた。
グラウンドが凄かった。毎日バスに揺られ、少し街中から外れた場所にその球場はある。黒土で滑りにくく、練習機材も最新鋭で光沢が残っている新しめ目なものがほとんどだった。力をつけるために土慣らしは手作業だったが。
練習量が凄かった。ジョギングは10km以上は当たり前、ノック練習は取れるようになるまで必用に。筋力トレーニングは筋が悲鳴をあげるギリギリまで続いた。投げ込みの量も凄まじいくらいに要求されヘロヘロになりながら続け、通算でどれぐらい投げたのか記憶には無い。
コーチたちの熱量が凄かった。喝を入れるという罵声は毎日のようにあった。奈央は大きい声があまり得意ではない。練習や意気込むために叫ぶ声は耳障りではなかったが、怒声罵声は怖かった。奈央にも何回も放たれた。できなければ、やらなければ、そんな思いもあったから練習が好きではなくなったのかもしれない。そういう指導が昔に比べれば幾分かマシになったぞと、父は言うが奈央は昔のことなんて知らない。励ましなのだろうと分かったが、ここらはいつまでも慣れることは無かった。それどころか日に日に恐怖は募っていくような感覚はどこかにあった。
試合が凄かった。どちらもチームもDVDやテレビで見たような守備、走塁。投手は圧巻でキャッチャーが要求したところにほとんど放り込んでいくものたちが大半。
中学の野球はそれら全てが新発見で、楽しいという感情は小学生の頃に比べれば違う感情に置き換わったがここで頑張らなければと思った。
文武両道は大変だった。小学校に比べ勉強の進むスピードが早くテストは平均点を取るのがやっとだった。学校が終われば父の車にすぐに乗り、バスが駐留しているところまで連れて貰う。野球の練習が終わればその反対。家に帰り身支度を済ませ宿題を急いで終わらせる頃には日付が変わるかどうか、一日があっという間に終わってしまう。そして朝7時にアラームをセットする。
1年の時は慣れるまでは約半年、本当に大変だった。チームの先輩たちにも気を使わないといけない。今でこそ当たり前のようにこなせるが、当時は小学校を上がったばかり。周りは諭すのではなく慣れで指導された。辛かった。
小学校で自信がついた鼻もおられた。最初から試合に出られると思ったが先輩たちの実力には敵わなかった。1年先に生きているのだから仕方ない、それよりも早く追いつきたいという気持ちが勝り、秋には先発投手として出られるようになった。身体の成長も相まって周りに比べスタメンに選ばれるのが早かったらしい。チームから相手から妬まれることは多々あったが、180cmになろうかとするその見た目の大きさや学校での奈央の評判もあってか嫌がらせはあまりなかった。
最終的に世界大会の選抜の補欠に選ばれるくらいの実力をつけて中学の野球生活は高校に移ることになった。
翌朝、宿のエントランスで薫たちと今後の予定を話し合うことになっている。奈央は目をこすりながら部屋に出てエントランスに向かう。
(ちゃんと眠れなかったみたい……)
この村の建物の造りの関係上、2階はなく1階を横に移動する平屋。寝ぼけて見える風景はアジアのリゾート地に来たような気分だった。
そんないまいち疲れが抜けきれない奈央はエントランスに着く。
「お、なおちゃんおは……きゃっ!」
出迎えるように挨拶しようとした男の薫は前世ように可愛らしい声をあげた。
奈央は何かあったのかと首を傾げる。
「な!奈央さん!今すぐ着替えてくださいラフ過ぎます!」
「……?」
今度は令が赤面させながら、声を荒らげる。
頭が回っていない奈央はわけが分からず、もう一度首を傾げる。
「なおちゃん!服!服!」
薫に指刺され、奈央はそれを確認する。
令に作ってもらった寝巻き用の大き目のTシャツ、通気性重視なので生地は薄め。そして下はぶかぶかTシャツで隠れているがショーツのみ。
奈央はもう一度薫たちを見る。両手で目を覆っている、指先の隙間を空けながら。
そして再度自分の格好を確認する。
「んんん!?」
寝ぼけていた奈央はようやく気づき、顔をゆでだこに変えながら急いで着替えに戻った。
「す、すみません!」
奈央はすぐにいつも格好でエントランスに戻り一礼。
「大丈夫よ。昨日はだいぶ動いたからね。ベッドも固めだしゆっくり休めないわよね~」
「そうですね。土、砂を壊れないようにしっかり固めているものでしたからね」
このエントランスにあるテーブルと椅子も砂を固めた造り、奈央も座る。
「さてこれからだけど、つかさちゃんが村長と一緒に色々聞きながらこの村を回るのよね?」
「はい、貿易になるものがあるか見たいと思います」
「ワタシは村人に話聞きながら情報を仕入ようと思っているわ。なおちゃんは……」
奈央は薫の瞳を真っ直ぐ見つめ、
「ワンミさんを探します」
薫は微笑み、
「だよね。あの手この手で探しちゃって!それにワンミちゃんいついての情報も立派な判断材料になると思うし」
「そうですね。何か怪しいところがありましたら調査して欲しいと王から言われていますので」
令は少し眉を寄せ、
「何というか、きな臭い、と言えばいいのでしょうか。マーナさんのこともありますし」
「そうね~。もはや隠しているのバレバレとうかそれを隠さなかったからね。あんな可愛い子が何したっていうのよ」
「それも含めて自分が聞き出すか、調べて来ます」
奈央の堂々とした姿勢に薫は、
「なおちゃん、ワンミちゃんのことになるといい表情するよね」
「……え?」
「いつもちょっと自信なさげな感じだったけど、はきはき話しているし、ワンミちゃんのことしっかり思っているんだなーて伝わるわ」
奈央は蠟梅する。
確かにワンミのことを考えると力が籠るような、野球をやっていたころとは違う、その後のあの日々とはかけ離れた気力が身体から湧き出る。それが言葉使いや態度まで変わってしまっていたのか、薫に言われて奈央は始めて気付く。
「もしかして、ワンミちゃんに恋しちゃった?……なんてね冗談よ!」
たまに核心をつく薫が突拍子もないことを奈央に告げる。
奈央は目を丸くした。流石の今回の薫の発言は意図がわからなかった。
「でもイイ子であることに変わりはなさそうだし、せっかくこっちの世界に来たんだからやりたいことやっていきましょう!」
薫、そして令は微笑んでいる。
二人も前の世界で何かあったのだろうか、リセットしましょう、そんな表情。薫に関してはトンギビスタ村、オークのレンヘムと話している時に事情を少し聞いている。
失敗、後悔、恨み、生きているうちに様々な経験が積み重なっていく。薫は恨みが強かったが奈央も今思い返せばそのような気持ちもあった。でもそれは自分の行動で変えられることができたとも感じていた。
幸いこの世界では性別は変わってしまい体型も小柄になってしまったが、肝の魔法では野球で努力して積み上げてきた力と同じくらいの実力がすでに伴っている。
(令さんも家柄とかそういうので何かあったのかな)
過去の辛かった苦った話はそうそうするものではない。令が特殊な環境で育ってきたことは聞いてはいるが、そこで何があってきたまでは聞いてしないし奈央自身も話していない。
(いつか話せるようになるかな……)
もっと自分に自信をつけなおして、野球をやっていた頃の顔つきで、は難しいかもしれないけどいつまでも引きずってばかりではいられない。今がその時なのだと、奈央は一歩歩みを始めた。
(さてどうやって探そう……)
朝ごはんを食べ終え、身支度をすまし宿を出た。今日も変わらず太陽がめいいっぱい照りつけ肌が痛い。
奈央はそれでも関係なしとすぐに垂れる汗を無視しながら、ワンミを探すべく歩き始める。




