22,元高校球児は熱烈なホールドを受けました
注;これはあくまでフィクションです。
クルギアスラ村に向かう朝、朝食をとるために奈央とワンミはテントを出る。
するとテント前に待機してもらっていた赤栗毛の馬が歓迎と言わんばかりに奈央に顔を擦り付ける。相変わらずくすぐったい。
奈央は先ほどの疲れが少し取れるようなそんな安らぎをくれる馬を撫で返す。
ワンミがその光景を物珍しそうに見ていた。馬はそれに気づいたのだろうか、すぐにワンミの方に移動し奈央と同様に顔を優しくスリスリし始めた。
「……くすぐったい、です……!」
ワンミは急にやってきた馬に驚き、身体をこわばらせている。
馬はお構いなく「これからよろしくね」と言っているかのようにワンミにスリスリしていた。
「ワンミさん大丈夫ですよ。良かったら撫で返してあげて」
奈央はそんな光景を微笑ましく思いながら、その馬は無害であることをワンミに告げる。
ワンミは奈央の言葉を信じ、緊張しながらも恐る恐る馬に手を伸ばして撫でていく。
「馬っていう動物で、ここまでこの子のおかげで来たんだ」
「……うま、ですか。人懐っこい、ですね」
「この子はね」
馬の生息地域はまだまだごく一部ということを思い出した奈央はワンミに優しく説明する。
馬に少しずつ慣れてきたのだろうか、ワンミの緊張が和らいでいくように奈央は見えた。
朝食をとったこの後、ワンミは奈央と一緒にこの馬で移動する。馬にはそのことを察したのだろう。こうして挨拶を済ましているのだ。動物は人間の考えを見通す時があり、奈央は感嘆とする。
(それに……)
今のワンミと馬の光景は、奈央が初めてこの馬と出会った時と雰囲気がほとんど同じだった。
この馬が特に人懐っこいというのもあるかもしれないが、こうして触れ合ってもらえるのは弱っている心にエネルギーを注いでくれる。アニマルセラピー、奈央はどこかで聞いたことがあったことを思い出す。
馬、ワンミ、新たな出会いによって奈央自身も心境が変わっていることに少なからず実感した。
久しぶりの砂漠、照りつける灼熱の太陽。奈央は頭からしたたる汗が気になった。
内ポケットから塩が詰まった小さな水筒を取り出し、少量を口に含み、腰に付けていたもう一つ用法通りの水筒を取り出し水分補給をする。
それを見たワンミは見よう見まねで同じように水分で身体を満たした。といっても現在は移動中、馬に2人乗りで後方のワンミは片方は振り下ろされないようにと片腕で奈央に抱きしめるような形だ。
(恥ずかしい……)
ワンミから柔らかな感触、髪がふわっと奈央の鼻をくすぐる。身体は森の小池で軽く洗ってきてが、シャンプーなど使用していないのに甘い香りようなものが鼻孔から感じる。
赤栗毛の馬はゆったりと軽快に走ってくれている。最初に出会って乗り始めた時からそうだが、馬は奈央たちにあまり衝撃を与えないようにしてくれており、乗馬でストレスというのはほとんど感じない。むしろずっと座っているから身体が固くなって痛くなるまである。
そんなことを考えながら奈央は馬の胴をひと撫でした。
後ろのワンミは水分補給が終わったらしく、両腕でしっかり奈央にしがみつく。相変わらず奈央は少し気恥ずかしい。それを誤魔化すように、
「ワンミさん、乗馬は大丈夫?」
移動中なのでいつもより気持ちを大きい声で話しかける。これ以上大きくすると今度は馬がびっくりしてしまう。
「……はい、大丈夫、です……!」
ワンミも揺られながら奈央と同じ声量で返していく。大声で話すことも慣れていないのかぎこちない。
慣れないことをしたせいかワンミは身体がこわばり、奈央にさらに密着するように力が入ってしまった。
(平常心、平常心……!)
ワンミについての色々な情報が、奈央の脳に流れ込んでくるが何とか会話で振り切る。
「どうかな?たのしい?」
「……はい、風景が目まぐるしく変わるので、おもしろいです……!」
移動中でワンミにホールドされているので、奈央はワンミの声色から察するしかできないが、少し嬉しそうなように聞こえた。
「自分は楽しいって思うけど、ワンミさんは楽しい?」
「……はい!楽しいです……!」
ワンミの声が、さっきよりもワントーン気持のこもった高い声のように奈央は思えた。おどおどして暗めに話すよりも数段可愛らしかった。
『そろそろ昼食にしますね』
『おけー!』
『りょ、了解です!』
先頭の令が念話で合図する。その次にマーナと一緒の薫、奈央とワンミのペアという順番で移動していた。
シートを敷きほどなくして昼食の準備は完了した。
魔法を展開して快適なスペースができていく光景に、ワンミとマーナが驚いていた。
今回のお昼ご飯は、食べやすいサンドイッチ。豪勢な食卓はまたしばらくのお預けだ。
サンドイッチを見たワンミとマーナはこれまた驚いていた。特にマーナは食欲があるのか、今までの独特な雰囲気が薄れ歳相応に目を輝いて見せていた。
そんな中、令と薫はいつも通りに食べている。
「あら?中身しっかりしてるわ。今日も美味しいわ」
「薫さん、ありがとうございます。野菜は森にいた時に頑張って育てたので」
「ホント便利よね~。成長魔法ですぐ完成なんて」
パンは元々王都から支給されたものを大切に保管しながら少しずつ使い、お肉は森で狩ったものを腐らないように冷凍保存。同じく野菜も令の手によってある程度作ってこちらも冷凍保存。とれたてではないので、若干の味の変化はあるがこれで栄養を大幅に確保できる。少なくともレーションより遥かに美味しい。
急に食材が増えることになったが、ここは令の魔法でコンパクトに小さくしてしまっている。本当に便利だ。
「……これ、サンドイッチって、いうのですか?」
ワンミは小声で隣に座る奈央に聞いてきた。
「そうそう。パンに色んな具材をはさめるの。便利で食べやすいんだ」
「……凄いです、美味しいです」
ワンミは、はむはむとサンドイッチをつまんでいった。マーナは変わらず目を輝かせせながらサンドイッチをぱくぱく食べ堪能していた。
そんな二人を奈央は観察していた。
(やっぱりこうしてしっかり食べることができていないんだな……)
それを顕著に見えるのはマーナ。食べ盛りのお年頃、このようにいくつかの食材を使いながらできる料理を初めて見るかのように生き生きと食べている。
人間の3大欲求の食欲、その力が計り知れないことは奈央も十分理解している。
学校時代、そしてこちらの世界に来て、2回経験している。
前者は野球するためのエネルギーを身体が欲してお腹は常に鳴り止まないような感覚だった。身体を動かせば動かすほど、食欲は増大し、親たちをチームメイトたちを驚かせ続けた。食べた分はしっかりエネルギーとなり野球を全力で取り組むことができた。量は大事だった。
こちらの世界に来てからは味覚も大事なんだと痛感した。レーションを毎日も食べたり味のないパンを連日食べたりすることがこんなにもしんどいのだと。日本は素晴らしかったのだと。
トンギビスタ村、オークに囚われているときが一番過酷だった。心情的に、そして出される食事はレーションのみで味なし。あの時の奈央は感覚を無にしようと悟った。
それを経験したからこそ分かる食の大事さ。ワンミとマーナは美味しそうに食べ、薫と令は会話を弾ませている。これがレーションだったらそうはいかないだろう。
レーションも悪いわけはないと思う。持ち運びに関してはピカイチだ。
「ワンミちゃんも美味しそうにたべるわね」
「……はい、美味しい、です」
「ワンミさん、口にパンついてる」
「……?」
薫の呼びかけに応えるため顔を上げたワンミは口周りが賑やかになってしまっていた。それを指摘した奈央だったが、ワンミは気づきそうにない。
そのため奈央は自身のハンカチを手に取り、ワンミの口周りを拭いていく。突然のことで「もご!もごご!」っとワンミは驚いていた。
「これで取れたよ。ごめんね急に」
「……いえ、そんなに汚れていましたか?」
「結構ね、でももう大丈夫」
「……ありがとうございます」
そんな二人のやり取りを見ていた薫と令は、
「二人かなり仲が良さそうね~」
「そうですね。羨ましい限りです」
と微笑ましく眺めていた。
そんな中マーナは、サンドイッチを食べ終わったらしく、もうそこに無いさっきまで掴んでいた手を凄く悲しそうに眺めていた。
「ワンミさん、もうすぐ着きそうそうです」
昼食を食べ引き続き移動のすえ、ようやく村の姿が見えてきた。
ワンミはか細く返事を返した。
作者:最後までのご視読ありがとうございます。このパートが初公開時に『1500』PVの突破、『800』名以上のユニーク視聴、そしてイイねなどの評価、本当にありがとうございます。
こうして一つの結果として標記があるとすごく嬉しいのです。本当に感謝です!
今後も頑張っていく所存です。まだまだ拙い表現があり何かと荒いところがあるかもしれませんが、もっと、もっと昨日の自分より良いものが作れるように邁進してきます!




