21,元高校球児は少し本気を出しました
「おはよう!」
奈央はワンミに元気よく笑顔で挨拶する。
森を出発する日、クルギアスラ村に向かう朝、馬たちを連れてきた奈央はテントに戻ってきていた。
ワンミは起きたばかりだろうか、目は開ききっておらず虚ろ。そんな表情でも絵になるワンミは奈央に気づき、
「……おはよう、ございます」
挨拶を返してくれた。ワンミの挨拶はぎこちなくまるで始めてしたかのような不器用さ、奈央は懐かしく感じる。
(こちらの世界に来た時、薫さんたちにいう時自分も凄く緊張したっけ……)
久しぶりに誰かにする挨拶、そんな奈央の境遇と今のワンミが似ている。そんなワンミを微笑ましく思いながら、
「よく眠れた?」
「……はい」
奈央の問いかけにゆっくり優しく口角を上げながら答えてくれた。しかし今日のやることを思い出したのだろうか、すぐにワンミはうつむく。
奈央はテントの中に入り、ゆっくりとワンミの方に近寄る。そして座り彼女の手をそっと握る。
「大丈夫。何かあっても絶対ワンミさんを守るから」
「……気にしないで、ください……奈央さんには何も起こらない、ですから」
こちらを気遣うように、ワンミの表情は表向きはそのようなにこやかにしてくれたのだろう。
しかし奈央は人の顔色をよく窺うようになっているため、これがにこやかではなく自嘲な笑い、諦めた笑いだと思った。自分がそうしたことがあったから。
「ワンミさん、村に何があるんですか?ワンミさんは村に何か酷いことをされたのですか?」
奈央は単刀直入に聞いた。元々聞きたかったこと、しかしワンミはこのあたりのことを思い出そうとすると決まって今のような表情をしたり、悲しそうに眉を下げたりする。
ただ猶予がない。ワンミが話してくれるのなら最大限ちからになりたかった。たとえ1人になったとしても。もちろん薫と令と敵対したいわけではない。ただ、
(悲しそうな人を見捨てたくない)
自分には経験がある。そしてひとりになりたがる。それを望み通りにしてはいけない、待っているのは虚無。誰よりも知っている。たとえこれがわがままだとしても側でサポートしたい。それを嘲笑って見てるだけは絶対したくなかった。
奈央の突然の問いかけにワンミは目を丸くしていた。話の流れでそのように言われると思わなかったからだろう。だがワンミは悟り、
「……私、は村に……」
何かを伝えようとした。が、
「ワンミ、それと、奈央さんでしたっけ?おはよう。今日はよろしくお願いします」
マーナがテントに入り込んできた。タイミングを見計らったように。
彼女を見たワンミはまた怯えたように、身体を小さくするようになっていく。
(どうしてこの子は……!)
マーナは軽い作り笑いしながら粛々とした態度。奈央は彼女を睨む。
(この子が少しでもいなくなれば事情が聴けるのか……!)
奈央はマーナを見つめながら集中力を高めていく。魔法を使うために、外道な黒魔法を。
黒魔法、白・無と特殊な魔法種に属する使える人が限られている魔法。そして2種の魔法と違い黒は歓迎されない属種、使えることが発覚したら王都の管理下におかれ、常に監視されながら王都の業務を遂行しなくてはならない。
それだけ危険な属ということでもある。奈央も使っているが影移動を主体した目に見えず隠密な行動がとれてしまうからだ。
それだけではなく、他人を操ったり誤認させるような呪文も中には使う人もいるらしい。個体差があるといっても専属魔法使いは、たくさんいる王都の民でも確認している中で10人もいないくらい。だがそれを確認されればもれなく酷使。
他人をどうこうできてしまう、使い方次第で凶悪な犯行すらも安易にできてしまう。ゆえに黒魔法使いはあまり好かれていない。
脱走なんかも容易くできてしまいそうだが、王都はそれを上手くコントロールしているのか、誤魔化しているのか分からないがそのようなことは聞くことはなかった。
おそらく前者、奈央の予想でしかないが王のレベリヤンが怪しいと思っている。彼自体が黒魔法で上手く操っているのではないか。民も同属の黒魔法使いも。
奈央は不思議に思っていた。ここ50年くらいは反乱の一つも起こらず、発展のために尽力してくれている。とのニュアンスの話を王都の使いからこの世界に来て間もない頃のお勉強会で言われた記憶がある。
奈央自身、黒魔法は強力だと感じている。もちろんそれで何か暴走してみたり騒動を起こすようなことをするつもりはない。だが奈央のように黒魔法使い全員が善意を持っているとも思えない。
前の世界ではそうして犯罪やらが横行していた。しかし王都はゼロではないがほとんど起こらない。なんなら黒魔法使いは酔っぱらった人たちなど暴動を鎮圧するために働かされている。いわゆる警察官、それを全員が。不平不満なく。
明らかに不自然、もし奈央も王都に自分の魔法を公表すればもれなくそこで働くことになるだろう。
警察官ようなお仕事、憧れがあったわけではないが絶対なりたいとは思っていなかった。責任ある仕事、それをする自信はない。自分自身に対して不平不満が出てくるだろう。しかし彼らはそれすらもないのだ。
薫のおかげでこうしてある程度自由に動けている。しかしこの行動もそもそも王・レベリヤンに操つられているのかもしれない。ただ白魔法が黒魔法には強いらしいので薫の効果で、操られていないかもしれないが、確証はない。魔法のここらはこの世界のややこしく難しいところだった。
目の前にいるマーナの意識を一時的に乗っ取る。それを今から奈央は行う。意識を高める。
自分の意識を覆いかぶせるように。そして魂、おそらく心臓らへんか頭だろう、そこに集中力を高め念を送る。乗っ取ってしまえば奈央の身体は動かなくなってしまうだろうが今はそれよりもマーナを奈央はどかしたかった。
(相手の意識………これか!)
奈央は目をつぶりながら力を振り出していく。魔力が体内からごっそり持っていかれるような感覚、おそらく元に戻ればしばらく貧血のようにフラフラするだろう。
そしてイメージから、水晶玉のようなマーナの意識の根幹と思われるものを発見し、それを被せるようにして意識を奈央自身に書き換える。
マーナの意識に触れる。
その瞬間、奈央は激痛のようなものを感じ反射的に魔法を止めた。
(なんだ……!)
魔法を失敗したのか。確かに実践はこれが初めてだ、しかしできるような気はしていた。おそらく転生効果のスキルによるもの。補助をしてくれるようなそんな感覚があるため自信があった。
ならどうしてマーナの意識を奪えなかったのか。
その意識に何かがあった。強力な何か。自我が強ければおそらくこの魔法は跳ね返せるが、マーナは申し訳ないが子供、こちらの力で圧倒出来ると思っていた。しかし違った、できなかった、失敗した。
強い魔力を感じた。子供のマーナの意識とは違った何か。そのようなイメージに返り討ちにされた。触れるなと。魔力量が強ければ魔法は効きにくい。
(魔力で負けたのか……)
奈央は呆然とする。何かいる怪しさよりも専用魔法で負けたことが一番に精神をそがれた。
そんな動かなくなった奈央をワンミは心配そうに見つめていた。
「……大丈夫、ですか?」
奈央はワンミの声で我に返る。魔法の反動で視界がふらふらしたが、
「大丈夫、ちょっとめまいがしただけ」
奈央は疲弊感に身体を満たされながらも、マーナの方を確認する。彼女は何事もなかったようにそこに立っていた。
「私は先にテーブルに向かいます」
淡々とマーナはテントを後にした。
奈央は立ち上がろうとするがもたつく。ワンミがそれを心配そうに見つめていた。
黒魔法は隠密がウリ、何を使用していたかはワンミには分からないはずだ。ゲームによっては魔力の流れなんかが存在するが、この世界は存在しなかった。
「ごめんね、朝ごはん食べよう!」
そんなことの顛末を知らないワンミに奈央はこれ以上は心配な顔はさせたくないと、気持ちを入れ替え空元気する。
それでもワンミは少し心配そうに奈央を見ながらも寝床を畳んでいった。
寝床を畳み、奈央はワンミと共にテントを出る。
奈央の担当、赤栗毛がそれを確認するやいなやすぐに奈央に顔をすりつけた。ワンミの存在に気づき、赤栗毛の馬はワンミにも同じように顔を優しく擦りつけた。
「……くすぐったい、です……!」




