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19,元高校球児は強敵を前にしてしまう

注;これはあくまでフィクションです。

身体が痛い、関節が特に痛い。

 そんなことを奈央は思いながら中学の入学式に臨んでいた。

 ここ最近で一気に身長は伸びもうすぐ170cmを超えてしまいそうな勢いだった。その分成長痛、と呼ぶらしいこの痛みで最近はしっかり野球の練習ができていない。チームの監督に止められ、父に止められ、母に心配された。

 中学からはシニアのチームに入ることになった。奈央の家から比較的近くて、それでいて強豪なところ。奈央の希望次第では都会のもっと名門なところに行っても構わないと、父から言われ、小学校の野球チームの監督から勧められた。行きたい、という気持ちはあった。しかし育った地元を離れたくなかった。

 いくつか理由があった。一番大きいのは母の存在。中学を上がるころに本格的に腰の調子が悪くなった。家事をするにもひと苦労なレベル。本人は寝ていたいのだろうが満身創痍で接骨院で誤魔化しながら生活しているが、あと2・3年もすればそれも通用しなくなるだろうと父から伝えられた。バリアフリーに向けた家づくりをしなければならない。ずっと住める家ではなくてはならない。もし今後奈央が、中学、高校で移動するようなことになれば大変だ。寮に入る、という選択肢もあったがやめた。母に安心して欲しいから。奈央自身の出生を聞かされたというのもあるかもしれないが、もっと母には笑顔でいて欲しい。寮に入ってしまえばそれが分からないから。

 もう一つの理由、彼女ができた。

 小学校をもうじき卒業というタイミングでその子に告白された。告白自体は初めての経験ではない。同級生、1学年上の先輩、後輩から、野球で実力をつけ学校でもその活動が報告されるようになってから度々校舎裏に呼び出された。奈央自身、自分がイケメンか分からないが、人気者で、身長は周りよりも一回り大きい、それでいて体型もがっちり、目立たないわけがないとは思っていた。

 告白は嬉しかったが断っていた。女の子、女性について分からなかったから。野球にのめり込んでいた奈央に女性は母しかちゃんと知らない。そのため同年代の女の子が普段からどんなことを思っているのか分からない。付き合う、父の話を聞く限りしっかり相手を思いやることが大切なような気がする。告白される相手を奈央は知らない、そんな中で付き合っていいのか迷い断った。最初告白されたとき父に相談した。すぐ上機嫌になり酔っぱらってしまいしっかりした話が聞けなかった。母からは「付き合いたいと思ったらそうしなさい」と優しく言われた。

 そうして何回か断っていく中で彼女が現れた。普通に告白したら断わられると思ったのだろう、他の人は違ったやり方でアタックを受けた。休み時間に遊びに誘われ、家に招待され、学校の行事や地域ボランティアに一緒になって参加した。

 平均的な身長で、ウェーブがかかっているボブの髪型、顔たちは明るい笑顔が可愛い娘。家に招待された時に分かったが、彼女は町長の娘だった。家は奈央の家よりも大きく豪勢な作りだった。出される飲み物、お菓子は見たこともないものばかり、家具も自分の家とは比べられないくらいどっしりしたものばかりだった。大きい庭がありここでキャッチボールしたら楽しそうだなと思った。

 そうして幾度とアタックされた。何回か断りもした。しかし彼女は諦めなかった。

 付き合う、そのことが分からなかった。なんとなく良いものであることは親から聞いて分かっているが、それよりも野球の頭だった。そのことを正直に彼女に伝えた。しかし、


「分からないなら一緒に学んでいきましょ!わたしがリードするから任せて!」


 そうして、父が泣いて喜ぶくらいに充実している中学生活が始まる。



 「わたしの名前はマーナと言います」


 マーナは奈央たちのもとに近づき、自己紹介をした。12歳くらいの女の子、赤の長髪、目の色もはっきりした紅蓮だった。

 薫と令は怪しがってマーナを見ている。奈央はそれ以上に警戒の色を強めて彼女を見た。


(探知に引っかからないのは……ヤバい……)


 こういうキャラは大抵強キャラだとマンガやアニメで習ってきた。マーナも見た目こそ力強さが皆無なか弱い少女だが、中身はわからない。

 奈央自身も見た目に以上に速力、腕力を出せる。魔法使いは見た目で判断できないのが厄介だ。

 探知をかいくぐってきた。もしかしたら探知魔法も気づかれているかもしれない。奈央は気が気ではなかった。

 ワンミはといえば、酷く震えていた。マーナに怯えていた。顔は先ほどまで穏やかだったのが噓みたいに青ざめていた。

 それを見た奈央は、尚更マーナは普通じゃないと悟った。


「急に現れてしまったのでびっくりされましたよね。大丈夫です。あなたたちに危害を加えるつもりはありません」


 そうマーナは両手を挙げながら何もしないとアピールする。

 奈央は見るからに胡散臭いと感じた。


(話し方も違和感……それにこんなセリフ、悪役の常とう手段……)


 12歳くらいの女の子とは思えないほど落ち着いた話し方、そして話す単語に奈央は違和感を覚えられずにはいられなかった。


「少しお話をしたいのですが、よろしいですか?」

「……わかったわ……」


 提案してきたマーナに口を開いてくれたのは薫だった。薫はマーナに自分の椅子を渡した。ありがとうございます、とマーナは一礼しそのまま座る。


「ワンミ、体調が良さそうで安心しました。ご無事で」

「……」


 話かけたマーナにワンミは目を逸らしていた。それに薫と令も気づいた。

 代わりの椅子がなく立ったままの薫は、手持ち無沙汰ゆえに立ちながら腕組みしながらマーナに問いかける。


「それで、あなたは?どこからここに来たの?」

「わたしはクルギアスラ村から来ました。彼女、ワンミを探して」

「クルギアスラ村……」


 マーナの言葉に何かを察した薫はつぶやくように村の名前を反復させた。


「ワンミは村にとって必要な存在です。度々逃げますがこうして私が迎えに行っているのです。いつも衰弱していましたが今回は元気そうで何よりです」


 淡々とマーナは言葉をつづる。抑揚なく、平坦に。まるで誰かに言わされているかのように。奈央は眉間を僅かに寄せた。

 こういう時話を進めてくれるのは薫だ。令は要約する。奈央はこの中で元の年齢が若いゆえに経験不足で役不足、歯がゆかった。


(せめてしっかり見極めないと……!)


「ワンミちゃん、今回だけじゃなかったんだ……てことは何か辛くて村から逃げ出しているんじゃないの?」

「いえ、クルギアスラ村はそんな村ではありません。ワンミは任せられた責務の緊張から度々逃げるだけです。しょうがないことです」


 薫は令とアイコンタクトを取っていた。おそらく念話で軽く話し合っているのだろうと奈央は思った。


「そのようにお二人で会話されなくても大丈夫ですよ。わたしは怪しくありません」

「「……!?」」


 薫と令は酷く驚いていた。念話がバレたのだと奈央は察した。


(やっぱり何らかの方法で魔法を見破っている……!)


 あるいは上位種、マンガやアニメで高レベルのキャラに術が通じない、その類なのではないかと奈央は考える。

 薫は動揺を隠すために一度咳払いしてから、


「ワタシたちはそのクルギアスラ村に行きたい予定だったのだけど……」

「そうでしたか。でしたらご案内します。こうして話すよりも実際に見てもらった方が早いでしょう。今は夜道になりあなたたちが危険ですから明日でもよろしいですか?」

「……わかったわ。でもその前に……ワンミちゃん、戻ることになるみたいだけど、それで大丈夫?」


 ワンミは薫に呼ばれ顔を上げる。


「……わかり、ました。それで、大丈夫、です」


 ワンミの言葉、そして表情、奈央はしっかり見ていた。これから自分はギアを入れ続けなければいけないのだと決意した瞬間だった。


「そしたら寝床だけど、ワタシのところを使ってもらって、つかさちゃんと一緒に今夜は寝るけど、それでいいかな?」


 令は頷き、


「お気遣い感謝します」


 マーナは一礼した。


「だったら先に寝床を準備をして、ワタシたちは明日の確認もあるから一度集まりましょう。できたらワンミちゃんも来て欲しいのだけどいい?」


 薫の問いかけにワンミは小さく頷いた。

 各々は一度テントに戻った。



「マーナちゃん、横になったらすぐに寝たわ。疲れていたようね」


 薫は苦笑しながら奈央の作ったテーブルに戻ってきた。言動や態度は不自然なものだが本能は年相応だったようだ。

 ここにいるのはワンミを入れた4人。少し緊張混じりの面持ちだ。


「そ、それでも念話とかは使わない方がいいかもっす」


 珍しく奈央が先陣きって話したことに薫と令は驚く。

 普段奈央は話しかけられてからリアクションをしたり、返答したりする。自分から話すことは滅多にない。目立つのが怖かったからだ。しかし、


(マーナは絶対に何かがある……それにこの状況で日寄っていたら何もかもを失ってしまうかもしれない)


 奈央にとってそれはもう御免だった。


「変に小細工をしない方がいい、ということですね」

「は、はい。もしかしたら反応して起こしてしまうかもしれないので」


 令に聞かれ、奈央は自信なさげに答える。しかし令は普段話しかけない奈央が真っ先に反応したことに、ただ事ではないと唾をのんだ。


「魔法を察知できるスキルを持っているかもしれない、ということですね?」

「そ、そうっすね。このまま普通に話した方がいいと思うっす」

「変に隠してもあれだし、いいんじゃない?」


 薫が肘をテーブルに乗せながら、リラックスした表情で奈央たちを見ていた。


「悟られるなら、悟られるでいいんじゃない?こちらの考えをわかってもらえるわけだし」

「そ、そうっすね」


 薫の開き直った態度で奈央も少し浅かった呼吸が戻ることができた。


「で、でも深い話はしない方がいいかもしれないっす。その、キーワードとかで反応する可能性もあるかもなんで……」

「キーワードで、面倒ね~。でもまたあの子と会話するのは気が引けるから避けたいし、わかったわ。まぁここを畳む準備の話が先だと思うし」


 薫はマーナと会話するのが本当に面倒なのか、うげーとした苦い表情だった。

 マーナの素性が分からない。何故ワンミの居場所をストレートに特定できたのか。その時点で何かしらの監視の目が向けられていると奈央は考えている。その方法が分からない以上、ゲームなどの知識を参考に対策するしかなかった。

 監視の目がこちらに向けられる分には構わない。ただマーナを前にした時のワンミの態度が怯えていた、怖そうだった。

 絶望した目、ワンミはそんな眼差しに変わってしまった。今はここにマーナはいないため、怯え震えるようなことはなかったが、明らかにテンションが下がっていた。

 テントで身支度していたとき、大丈夫か彼女の手を握った。弱々しく握り返され、眼差しは戻らなかった。悟っていた。

 その目を、経験を奈央は知っている。だからこそそんな絶望を自分でも近くの人でも再び味わうことは嫌だった。

 道具の整理は収納方法について薫と令は話し合っている。その間ワンミの手を握り続けた。強すぎず、優しく。しかし力強さは感じてもらえるように。



 撤収作業の作戦会議は終わり奈央とワンミはテントに戻った。2人分の寝床、この前持ってきたたくさんの枝は結局使うことなくテントに隅に追いやられていた。


「少し狭いね」


 二人はスムーズに横になる。

 奈央は苦笑しながらワンミに話しかけた。奈央たちのテントは令が特注したお手製テント。前の世界にあったようなキャンプで使う一般的なテントに酷似して性能も申し分ない。しかし元々1人分用だったため、2人だとお互いの寝床が少し当たるくらいになってしまう。薫と令ペアは、奈央たちよりも身体が一回り大きいので密着度も高まっているだろう。なぜか想像したらドキドキした。


「……はい、でも、全然、平気、です」


 ワンミはたどたどしく奈央と同じ笑みで返す。


「……この布で、暖かく寝られるだけで、凄いです」


 クルギアスラ村が一体どんな環境なのか分からない。しかし今のワンミの態度、表情、お世辞ではなく本当の素直な気持ちであると、奈央は感じ取る。少なくともトンギビスタ村よりも貧しい村になることは変わりなさそうだ。

 現実世界の苦しい生活、ゲームの世界の貧しい生活を設定されている村、奈央は色々なケースを考えている。奈央は裕福な生活を送ってきた。自身それを分かっているつもりだ。両親がいて、3食ありつけ、ガタイにも恵まれ、男としてもきっと理想的だった。

 しかし世の中には自分とは違う生活を強いられる者たちもいる。明日のご飯すら確保するのがやっと、こちらの世界の平民でその水準。奈央は自身のことで目を逸らしてきたが、いよいよしっかり向き合わなければいけないのだと思った。

 クルギアスラ村、そしてワンミ。貧しい生活ゆえにきっとただならぬ因縁や複雑な理由がある。でなければわざわざ逃げてきたワンミをこうまでして追ってはこないはずだ。

 奈央はワンミをじっと見つめる。

 彼女は自分と似ている、気がする。どこか自信がなさそうで、周りから信用、信頼、期待されるのを困る。でもそれを必要とするだけの力を持っている。きっとワンミもそういう人間なはずだ。

 ただそれが生きづらいことも奈央自信よくわかっている。前のように純粋で気軽に生けていけたらどれだけ楽か。

 一度変わりきってしまった性格は中々変えられない。しかし自分はともかく、ワンミにはそのようになってほしくないとまだ出会って間もないのにそう考える。自分がそうなりたいとどこかで思っていたから。


「……どうか、しましたか?」


 じっと長い間ワンミの顔を凝視していた奈央を不思議がるように見つめ返された。

 可愛いく、でも綺麗で美しさもある、それがワンミ。もっと笑って健康的な体型に戻ればと奈央はワンミを見るたびに思う。


「ううん。明日移動だなって思って……」


 奈央がそう返すとワンミの表情が曇るのが分かった。悲しいという表情よりも諦め、というニュアンスが強そうな顔。

 奈央はもぞもぞと手をワンミのブランケットの中に侵入させ、探し手を握る。


「クルギアスラ村、良かったらワンミさんに案内して欲しいなって思って。自分は初めてだから知っている人がいると嬉しくて」

「……私で、良ければ」


 奈央が微笑むようにお願いし、ワンミはそれを承諾した。さっきよりは表情は穏やかになっていた。


「寝る前にせっかくだから少しお話しても、いいかな?」

「……はい」

「ワンミさんは何か魔法は使える?」

「……私は、火の魔法が、使える、みたいです」

「そうしたらファイヤーブラスト、えっ、と火の大きい呪文も使えるの?!」


 奈央はキラキラした目でワンミに問う。ファイヤーブラストは薫たちが、王都が使いやすいようにそう呼称しているだけで他の場所では違う。魔法が広まって100年近く、ましてや交流がないとなると名前の独自の呼び方や風習が根強くあるはずだ。

 トンギビスタ村では魔法を使う人がいなかったが、今は指導の効果で便利に暮らしていると思う。地域によって魔法の熟練具合も変わってくるとのこと。特に北に住んでいる者たちは魔法無しでは生活しにくいため必需として魔法の練度を磨いている。王都も度々北の地域に使者を送り、魔法の伝授を受けているらしい。行って戻ってくるのに2・3年はかかる。列車等の移動手段は馬がやっとだし、移動魔法はまだ開拓されていない。さりげなく薫たち各々持っているが、もし王都にバレれたら大変なことになるのは想像が容易い。

 ワンミは苦笑しながら、


「……大きい呪文?魔法のことは、よくわからないですが、火のたくさんの呪文が使えます」

「そうなんだね!いいな~。自分魔法が苦手で、今度教えてもらってもいいかな?!」


 奈央はウソはついていない。普通の魔法が苦手だ。


「……わかりました。教える、やったことないですけど、頑張ります」

「ありがとう!」


 表情が少しやる気に満ちるワンミ。それでいい、そういうのでいい、悲しい表情に慣れてしまっている彼女を少しでも変えたい、奈央はその想いが強くなっていた。

 おそらくこれは自分自身に言えること。もう過去のこと、それから新たなスタートを切りたいとワンミを見てから一気に思いは強くなっていた。ワンミが悲しい表情に慣れているかなんて直接見てきたわけではないので、あくまで奈央の予想でしかない。重ねているだけ。いつまでもうじうじしてはいられない。進むしかない。自分のしたいこと、やりたいことを。

 ワンミが寝落ちするまでの間、他愛のない話を二人微笑みながらした。

作者:少しずつ物語は進み、新たな怪しい幼女が現れたぞ!可愛いね!

追記、いいね!等本当に感謝であります!総合評価、やっぱり上がると励みになります!本当にありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします!

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