12,元高校球児は女の子になりました
注;これはあくまでフィクションです。
春なのにジメジメする、人が多いからなのか、視線からなのか、日立奈央はそんなに風に感じた。
3年の修学旅行、学年が上がるとすぐ行われる行事のひとつ。田舎から遥々(はるばる)きた東京は魅力しかなく、そして目まぐるしく人々が移動するおかげで奈央は居心地が悪くなく済んだ。
今は帰りの新幹線を待つホーム。奈央は列の後ろでスマホを片手に、東京駅を盗み見るように見渡し感嘆としていた。ただ時折いつものように周りの気にしてしまい、すぐにスマホに視点を戻す。
自分のガタイが許せなかった。もう少し小さければ気にせずにいられるのだろうか、力が最初からなければこんなことにはならなかったのだろうか。
修学旅行前にみんなを西宮、甲子園球場に連れていくはずだった。西と東の修学旅行が二回楽しめる。ただそんな期待をするものはもういない。それよりも男女でイチャイチャしているものが大勢だ。半年で一気に増えた。
もう一度東京駅を見たい、奈央はスマホから視線を上げようとした時、悲鳴が聞こえた。
すぐに音の方を確認すると線路に人がいた。転倒していた、落下していた、同級生だった。
そして奈央は気づく、新幹線がホームに差し掛かっていることに。奈央たちがいるホームは手前、新幹線は減速しきれずに突っ込んでくる。奈央はその場からは距離がある。しかし転倒した同級生は動かない。
転倒した痛み、目の前に来ようとする新幹線の恐怖、周りからの視線からくる焦り、奈央は全て分かった。そして誰も助けないことも。
唯一壊れることのなかった両脚を全力で振り絞り、全力でその場に駆け寄る。新幹線は容赦なく迫ってくる。奈央が同級生の前に到着したころには、巨体はすぐ目の前に来ていた。一緒では間に合わない、同級生をその場から放り投げる。
その同級生は不思議な表情をしていた、と奈央は思った。もしかしたら自分がそのように思い、表情をしていたかもしれないとも感じた。自分がこうしてまた目の前に来た時この同級生は、元カノは、どのように思うのだろうか。そしてこれから起こることも。
奈央は世界がスローになっているように見えた。しかし身体は動かない。思考だけが研ぎ澄まされ東京駅を見渡した。スッキリ見られる駅からの風景は美しく、人々からの視線はもう気にならなかった。
走馬灯、聞いたことがあるが、果たしてこのような時を指すのか奈央には分からない。しかし見渡しながら色々なことを思い出す。目の前の元カノとのこと、劇的に変化し続けた学校生活のこと、家族のこと。
(最初から色んな気持ちを理解して……身体ももっと丈夫だったらな……家族は泣くのかな……)
その瞬間、新幹線は通り過ぎた。
奈央は目を覚ました。身体は汗だくで気怠い。昨夜冷えるといけないと思い布団を厚くしたことが裏目に出てしまった。
(何やってんだろ……おかげで嫌なことを思い出した)
奈央はベッドから降り目を閉じ、服を脱ぐ。服をベッドにかけ、呪文を念じる。火魔法の応用で服とベッド、自身を乾燥させる。そのまま黒魔法を応用に自分の影を操り、タンスからブラとショーツとシャツを取り出し、部屋にかけていた夏用の通気性が向上した制服を身につける。ここで奈央はようやく目を開ける。こうして服を着ている自分を見る分には慣れたきた。
(どうして自分の裸が見られないんだ!自分なんだぞ!)
転生後、自分の姿を鏡で見た時は本当にびっくりした。自分じゃない自分が目の前で動いている。VRというものを聞いたことがあったがきっとこのような間隔なのだろう。しかしその体は任意で解除できない。
まだ自身の姿をしっかりと確認しきれていないが、髪色は金髪なのは分かった。少し長髪なため動きやすさからポニーテールでまとめている。母親が同じような髪型で結っていたことを思い出したからだ。そして目元や眉毛の位置、ほくろの有無までは分からない。ずいぶんとちいさくなってしまった身体もしっかり確認したことはないが着替える時は肌触りは良く、何かとする時に見る手足は細く華奢で肌白、日焼けを知らない肌に違和感しかなかった。
転生前は身体が大きいゆえに細部まで洗うことに苦労したこと、腕毛や足毛を気にして半袖短パンで隠せないところは定期的に剃り、日焼けを気にせずに生活していたことが遠い記憶になってしまった。
日にちが経てば経つほど前の身体との違和感は増えていった。奈央は女性に対し無頓着に等しかった。学校で異性の身体について習う機会があったが、その時は関係ないと別のことを考えていた。後悔だった。これからどうすればいいのか、身体のことも世界のことも何もかも分からない奈央は不安で満たされた。
ただ畠木薫と五陸令はそんな奈央に丁寧にサポートしてくれた。向こうも性別が逆転とういう境遇だったため、支えあおう、そして乗り切ろうということだった。
二人に、男で気にかけるところは少ないため、また各々男性の理想があるらしく奈央から言うことはあまりなかった。逆にさっぱり女性のことを知らない奈央は二人からたくさん教えてもらった。身体のこと、身の回りの気をつかうところなど、本当に助かった。
ただ二人とは違い、奈央自身は今後どう振る舞っていくか決められないでいた。二人は徐々になるようになるよ、優しく言ってもらえたことは良かったが、このままでは優しくしてもらっている二人に迷惑になると感じ、何とかしなければならないと思ってはいた。
前の身体と違い、日ごとに体調の波があった。魔法で少しは緩和出来るが慣れないものだった。そんな時でも二人は察してくれて物凄く助かった。また一回り小柄になったこと、変化してまったこと自体は奈央自身良かったのだが、前の身体の癖は残っているらしく、つまずくことも多かった。薫も同様らしく、お互い転ぶ時は笑い合い令がいつも優しく起こしてくれた。
身体が軽かった。小柄ゆえもあるかもしれないが、それ以上に制限なく動けることが久しぶりなのもあり、見た目以上に軽い、楽しいと奈央は感じていた。
黒魔法は奈央にとって理想的な、そして自分らしいと思った。もともと忍者なんかは好きだった。そして隠れたいときに隠れられる、前の世界にあればどれだけ良かっただろうか。
転生した時は困惑したが、今は充実した毎日を送っている。特にこうして薫と令と、お互いの本心が見える形なのが何より過ごしやすかった。性別逆転のせいもあるかもしれないが、本心をあまり隠さずに話してくれる二人との居心地は最高だった。前の世界で出会えていたら、そして二人には絶対嫌われたくないと奈央は今一番に思っている。
(いい加減この体に慣れないとなー……朝ごはんまでもうちょっと時間ありそう、早く目が覚めてしまった……)
奈央は窓かけに肘を乗せ、その上に顎を乗せる。日はすでに出ている。この世界でも夏の日の出は早いみたいだ。
奈央たちが止まっている宿舎は城下のすぐ近くにあり見晴らしが良かった。見渡すと木箱で作られた荷物をせっせと運ぶものが目立った。市場の準備で野菜などが入っていた。ただその者たちに笑顔はなく、必死さで目つきは鋭かった。
王都ラマットン、王都と聞いて奈央はゲームのようにある程度発展し栄えて笑顔が溢れる街と最初は考えていた。しかし、こうして目の当たりし、また王レベリヤンからら話を聞き、明日を生き長らえるのがやっとの現状な王都だった。魔法だけ進歩してしまい、その他は歴史の先生が言っていたような環境。奈央が思い描いた王都、世界とはかけ離れているようだった。学校はあるらしいが前の世界とは違い、魔法の適性選別や働くことについて重きを置かれているらしく、行事なんてものは年度末にある卒業式、年始の入学式くらいらしい。
奈央たちは転生者、ある程度贔屓され、王都での衣食住は完璧だった。ただ自分と同じ世代の年代が飢えに苦しみながら、明日のために頑張って働いている。そのことが奈央にとってとにかく嫌だった。誰かの上にまたいる。もしケガをしたり能力がこれ以上伸びずに役立たずになったりしたら、とにかく奈央も必死に生きていくしかなかった。
ゲームと違くても良かったところはあった。街の造りだ。街そのものは円形で外堀は高い壁で遮ている、これは普通。ただとにかく広い、端から端まで歩いていくのに半日以上かかるぐらい。なぜなら農地も王都の敷地内、奈央が今いる宿舎近辺は買い物がしやすいように建物が多いが、そこから少し離れると建物が少なくなり自然が多くなる。
王都の自然なんて木があるくらい、ゲームではそう見てきたが、ラマットンはどちらかと言えば前の世界の風景に近かった。そのギャップが良かったのか、前住んでいた部屋からみる風景と似ていることからなのか、奈央はその光景が好きだった。
奈央はそのまま景色の先を見る。南方向の壁の周りだけは異彩を放っている。王都の拡張工事のために壁を動かしていたり、新たな建物が建ったりなど目まぐるしい。この光景はいずれ海までいくらしい。
人口拡大に伴い前もって、とういう口実で海で取れる物産が喉から手が出るくらい早く欲しいらしい。海のものはこの大陸リ・クワリティでは大変貴重だ。前の世界のユーラシア大陸と大きさはさほど変わらず、川など各地にあるらしいが海に隔てている箇所が少なく、移動手段も乏しいためだった。
ラマットンの位置は平野の中央で気候が安定していることからこの位置になったらしい。確かに夏というのに梅雨らしい気配は感じず、暑さこそ肌を少し焼くがジメジメが酷い間隔はなく、過ごしやすさは日本に比べて段違いだった。
(海が増えればラマットンは変わるかな……トンギビスタ村は良かったな……)
トンギビスタ村、奈央は最初閑散としていて山奥に片鱗する母親の実家を思い出した。景色こそ良かったがやはり活気がなく寂しかった。
しかし、オークたちと共同で生活するようになってからはそんなことを忘れてしまうくらい、活気に溢れ魅力的な所に様変わりした。
薫が言っていた共存、実現するだけでここまで変化するとは奈央は考えもしなかった。
それよりもケンカなど異種族でのトラブルが頻発して成り立たないのでは、と思っていた。
確かにオークたちとトンギビスタ村の両者の折り合いは共存、でも理想と現実は違う。そのことを奈央は分かっているつもりだった。きっとオークたちが早々に呆れ、立ち去るものだと。
オークたちの不満はゼロではなかった、ただリーダーと言われるものが上手く聞きながらかわし、レンヘムが睨みをきかせたおかげ、村人たちの方もメイがしっかり堂々としてオークたちに怯まずに立ち向かう姿勢を見せていたため、特にトラブルは起きなかった。
最初奈央は理解が出来なかった。上で先導するものたち、下で働くものたち、それぞれが不満をもつ。そして何かトラブルが起こった時それは反乱となり反逆となり貶められる。
奈央は村の変化する光景を見ながら、自分なりの答えを探し続けた。そしてその答えは薫と令の存在なのだと分かった。二人の村のためオークのために努力する姿勢がトラブルの抑制になっていたのだと。単純にその頑張る見た目のおかげもあるかもしれないが、二人には力がある。その力に溺れることなく上手に使い、いかなる時も対処できるぞというどことない威圧感がステータス以上にあった。自分もそれについていかねば、自分が綻びになっていけない、奈央は二人に精一杯ついていった。
村人たちとメイに魔法の指導、色々なお手伝い。その中で笑顔で話しかけられる、奈央にとって久しぶりの感覚だった。
男たちからの明らかな求婚は終始困惑し続けた。元同性ゆえにどうしても直感的に分かってしまう、そしてそれを同世代の女性たちが止めてくれる。学校ではモテすぎる行為は同姓から嫌われていたが、ここではフォローしてくれた。きっとこれもメイ、薫たちのおかげなのだと思うことにしている。
トンギビスタ村を去るのは非常に惜しかった。良い雰囲気の中で浸かりたかった。久しぶりの感覚だったから。
トンギビスタ村から戻った後は怒涛の毎日だった。すぐにレベリヤン王に報告し今後について話し合った。奈央は非常に退屈な時間に感じたが、薫と令がキッチリこなす姿を見て自分もそれなりに頑張ろうと感じた。
その後はトンギビスタ村についての書類の作成、大学生みたいですねと二人は言っていたが奈央は本当なのか分からなかった。その作業を1週間繰り返し地獄のように感じた。その後の三週間は魔法の訓練を再度するために時間を作ってもらっている。王都を出たすぐの森で専用魔法の練習を行う。この時バレないように黒魔法が役に立つことが奈央にとって嬉しかった。
そうこう考えているうちにそれぞれの隣の部屋から物音が聞こえてきた。薫と令が身支度する音だ。奈央も小さなテーブルに置いてある自作した木製の短剣を背中にさし、今日も練習に励むために部屋を出て薫たちと合流する。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
鴨鍋ねぎまです、今回から本格的にソロで活動します。国語赤点の文章表現が露骨に出るかもしれませんがどうか愛のムチで教えていただけると泣いて喜びます!
12話から日立奈央編になります。いったいどんな冒険と出会いが待っているのか、乞うご期待でお願いします✨




