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馬良がゆく  作者: はくび
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馬良の提案

孔明は劉備に言った。

『天下を三分するのです。北は曹操。東は孫権。そして西南の地を我が物とすれば天下を制することも叶います』

しかし現実は違った。

劉備は荊州ただひとつを持つのみ。それより領土を広げることが出来ずにいた。

孔明の言う蜀の国を構えるためには、荊州から西に位置する益州を奪う必要があった。

益州は広大で豊かな土地であった。

そこを治めるのは劉璋(りゅうしょう)

劉備とは同じ漢王室の血を引いており、遠い親戚といった関係であった。

ゆえに、劉備は劉璋との平和協定を望んでいた。

劉備は赤壁にて曹操を破り、その名を轟かせていたのに対し、劉璋の力は未知なるものであった。

しかし曹操、孫権の2大勢力にとって、もっとも目障りな存在は劉備であった。

その2大勢力が軍を建て直し、荊州に狙いを定めることは明らかであった。そうなれば荊州などの小国は一握りに潰されることは目に見えていた。

荊州城内では、常に会議が行われていた。

劉備と家臣との間には、いつもながら重苦しい空気が漂っていた。


「兄貴!いつまでこの城に閉じこもるおつもりなのだ? 早く(いくさ)がしたくてたまらん!」

「私も同感です。この際、益州に乗り込んだらいかがです?」

劉備を兄貴と呼ぶのは、義兄弟の契りを結ぶ関羽と張飛であった。

「何べんも言わせるな。それは出来ない。劉璋殿とは助け合っていくべきなのだ」

「相手が了承するか分かりません」

関羽、張飛は頭を抱えた。

「孔明。お主はどうだ?」

目を閉じ会話の模様を聞いていた孔明が、静かに目を開けた。

「私も関羽殿たちの意見に同じです。この荊州だけでは、この先曹操や孫権の攻撃から持ちこたえるのは難しいでしょう。赤壁での我が軍の勝利以降、曹操も孫権も我々の力を恐れています。こちらの軍事力が不十分な今を狙わんと、兵力を蓄えていることでしょう。もしもどちらかに大軍で攻撃されたならば、我々に対抗する術はないでしょう……」

「お主の戦略もってしてもか?」

「はい。非力ながら……」

頼りとしている孔明の、まさに現実を突きつけるかのような言葉を聞き、劉備は大きくため息を吐いた。

しかし顔を上げ。

「心配することはないだろう。我が軍には孔明だけではない、関羽、張飛といった優秀な人材が数多くいる。そう簡単に負けはせぬ」

力強く言った。

根拠のない強がりに見えなくもない。一同の表情は浮かないものであった。

その時、張飛が立ち上がった。

「兄貴、俺に行かせてくれ! 一人で行って劉璋の首を取ってきてくれる!」

「ならぬぞ張飛! 我が軍からは誰一人、益州に入ることを許さん」

出鼻をくじかれ、椅子に座り込む張飛。

優秀な武将であるがゆえに、皆が感じるフラストレーションも大きかった。

そんな時、今度は別の男が立ち上がった。

「では私目に行かせては下さいませんか?」

それは、ごく最近劉備の配下になった馬良であった。

「おお馬良か」

「はい。私目、まだ劉備殿の下に身を置いて日も浅いですが、以前は劉璋の家来でした。私が説得すれば劉璋殿も分かってくださるかもしれません」

「何を説得するのだ!?」

周りから疑問の声が上がる。まだ新米の馬良を疑いの目で見る者も多かった。

「劉備殿に益州を譲っていただけないか、交渉して参ります」

「なんと! 益州を?」

劉備はその大胆な発言に驚いた。

「はい。劉璋という人物を簡単に説明致します。まずあの方は民から慕われておりません。そして私もあの方の政策には不信感を持っていました。民は幸せな生活ができないのが現状です。そんな益州を見てきた私は、蜀を託せる人物が他にいないかと探し、劉備殿にたどり着いたのです。短い期間ですが私には分かりました。あなたは蜀を治めるのにふさわしい人物。そうと分かれば無駄な血を流さず、蜀の民に平和をもたらす案を劉璋殿に提唱して参ります」

「それは素晴らしい。それが本当だとすれば、私としても願ってみないことだ」

「私も劉備殿がもし蜀を治めてくだされば、こんなに嬉しいことはありません。おそらく民も同じ気持ちでしょう」

「しかし劉璋殿とは、何も益州を譲るとまでいかずとも、協定を結ぶだけでも十分と思っている」

「それは劉璋殿も快く引き受けてくださるでしょう。しかし問題は民達です。庶民の暮らしは改善されません。彼らの中には、益州を出て、荊州に移り住もうとする者で溢れていると聞きます。劉備殿が荊州に入られてから特に多いそうです」

「それは本当か?」

「はい。しかしそれは益州の国力低下を招く。それを恐れた劉璋は、益州から荊州の州境に監視兵を置き、そこを通る者に金の支払いを課しました」

「ということはつまり?」

「一般庶民は州を渡ることすらできないということです。州越えの際要求される額は、一般庶民ではとても払えるものではないのです」

「つまり劉璋は、民を益州に閉じ込めたというわけか……」

「その通りです。荊州に入ってこられる人間はごくわずか。中には監視兵の目を盗んで荊州に入り込まんとする者がいるのですが、もし見つかればその場で止められ、引き返さないようであれば切り殺されます。それでも死を覚悟で益州を抜け出そうとする民が後を絶たないと噂で聞きました」

「それはひどい……」

「集めた金は軍事資金に充てられるそうです。それがあの方のやり方です」

「うむ…… この劉備も益州の民のために、何か出来ることがあればいいのだが」

「私にお任せください。劉璋に会い、必ずや益州を劉備殿にお譲りいただくという了承を頂いてまいります」

「確信はあるのか?」

「いいえ。絶対とは言い切れません。しかし私がやらねばなりません。益州のこと。さらに益州の民のためとあらば」

「そうか。ではそなたに任せるとしよう」

「かしこ参りました。必ずや朗報を携えて戻ります」

「頼んだぞ馬良」

「はっ!」

馬良は深々と頭を下げた。

「して馬良。金はいかほど必要か? いくらでも望む額を申すがよい」

「州境を渡るための金。その往復分だけで結構です。出発は明日に致します」

「うむ。よい知らせを待っているぞ」

誰もが期待を込めた眼差しを馬良に向けていた。

こうして会議は終了となった。




その夜、孔明は一人で城外の夜風に当っていた。

そこへ関羽と張飛が姿を見せた。

「孔明殿」

「おお。これは関羽殿に張飛殿」

「どんなものでしょう? 馬良はあのように申していましたが、うまくいくでしょうか……」

「私も色々と考えてはみたのですが、今は彼を信じるよりほかありません」

「そうですか…」

関羽は孔明の顔色を見て、事態が打開されていないと感じた。

続いて張飛が。

「そこで孔明殿。我々二人で考えたのですが、何とか劉璋を挑発して相手から攻めさせるっていうのはどうでしょう? 敵が攻めてくるのでは兄貴(劉備)も戦うより仕方ないでしょうから!」

孔明の表情は変わらなかった。

「私もそれは考えましたが、殿はこうおっしゃいました。もし劉璋が荊州を攻めてくるようなことがあれば、自分は戦わずしてこの荊州を明け渡すと……」

「なんですと!?」

「あくまでも殿は劉璋とは戦わないお覚悟なのです」

「くそ…… それでは荊州を手に入れる前の、領土を持たない流浪の将に逆戻りではないか!」

「そうならないためにもどうするべきか。今考えていたところです」

張飛は頭を抱えた。関羽が再び聴く。

「何か良い策はないものでしょうか?」

「もはや馬良殿に託すしか道はないのかもしれません」

「そうですか。何も出来ないというのは残念でなりませぬが、仕方のないことなのかもしれませんな」

二人は諦め、引き上げていった。

孔明は空を見上げ星を見つめ、扇子で自らを仰ぎながら思考にふけっていた。




それから二時間後。自室で出発の準備を整えていた馬良の部屋を孔明が訪れた。

「失礼。よいかな?」

「おお、これは孔明殿!」

馬良は孔明直々の訪問に驚いた。馬良は孔明を尊敬していた。赤壁で曹操軍を圧倒的不利の状況から破って以来、孔明の下で学びたいといった気持ちがあった。

「こんな夜更けに驚きました。さあどうぞ」

馬良は孔明を部屋の中へ促した。

「馬良殿。今日のあなたの論議、実に見事でした。殿のあのような希望に満ちたお顔を拝見するのは久しぶりです。もはや我が軍の命運を握るのも馬良殿の手腕にかかってきてしまったようで、殿に仕える身として己の無力さを痛感しています」

「何を言われます孔明殿。私はあなたの知略には、予てより感服しておりました」

「いくら最善の策を考えたところで、それを取り入れてもらえなければ、そんな策はなきに同じ」

「お察しします」

「馬良殿が再び荊州に帰還する日を心待ちにしていますぞ」

「もったいないお言葉。孔明殿の期待に応えられるよう、そして何より益州の人々の平和のためにやらねばなりません」

そう言い、馬良は小さく頭を下げた。

すると孔明は服の中から、一本の見事な剣を取り出した。

それは短剣であるが、鞘に様々な宝石がちりばめられており、とても美しかった。

「馬良殿。これをお持ちになってください」

「こ、これはなんと見事な剣でしょう!」

馬良は孔明からその剣を受け取り、近くでじっくりと眺めた。

「それは六星剣といわれる、この地に古くから伝えられる名刀です。劉璋がどうしても承諾なさらぬ時の切り札としてお使いください。劉璋に献上して頂だいて構いません」

「こんな大そうなものを!?」

「それと引き換えに益州が手に入るのであれば安いものです」

「分かりました。大切にお預かりします」

馬良は六星剣と、金品だけは何があっても奪われる、もしくは紛失することのないよう、体に強く特殊な布で巻きつけた。

「それともうひとつ聞いておいてくれ」

改まった様子で孔明が口を開く。何事かと馬良は顔を上げた。

孔明は静かではあるが、力のこもった口調で話した。

「もし、劉璋がその六星剣を差し出しても、我々の要求、あなたの説得に応じない場合は……」

強い視線は馬良一点に集中していた。

そして孔明は言った。

「その時は、その剣で劉璋を斬ってください」

「な、なんですと!?」

馬良は驚いた。同時に孔明から発せられる異常なまでの殺気を全身で感じた。

次回…24日投稿予定  第4回で完結予定です 

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