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大きな貸し

 某国、某所の会議室。円卓を囲んで、大国の政治家たちが歯に絹着せぬ意見を言い合っている。いわゆる、極秘の会談というやつ。私はそこに、通訳兼秘書として参加していた。

 と言って私の仕事の能力が、群を抜いて優れていたために、ここへ呼ばれたわけではなかった。実は、彼らの一人が私と愛人関係にあって、私はそれを口外しないことを()()として、代わりに仕事を貰っているわけ。

 汚いやり方だ、と思われるかも知れないが、この世界において貸し借りは最大の武器なのだ。恩を売り、弱みにつけ込み、自分を有利な立場に置く……そういった悪どさを発揮できなければ、ここではすぐに潰されてしまう。

 特にこんな会談の場では、それは顕著にあらわれる。


 「……ということで、今回の条約はこの取りまとめで行こうと思うが、どうかね」


 今回の議長が、話に一区切りをつけようとした。だが、国家間のやりとりがすんなり終わることは、まず無い。すぐさま、二つ隣の席から声が上がる。


 「待ちたまえ、それでは我が国が不利益を被る。前回、私が議長だった時は君のところを優遇しただろう。改善を求める」


 ほら、前のことをネタに融通を申し出てきた。けれど、ここからがややこしいのだ。彼らの貸し借りは、一方だけでは終わらない。すぐさま、正面に座っていた人物が異を唱える。


 「待て待て、そうなればこちら側に皺寄せが来てしまう。あんた達を優遇しろというが、前々回は我々がそちらに譲歩した。ならば、今回はこっちに合わせるのが筋というものだ」

 

 これに、左隣の老人が反応する。


 「それならば、私にも理があります。どちらも、我が国から軍事援助を受けているはず。となれば、我が国が優位の条約になるのは当然のこと……」


 すると、続々と各国が口を開く。


 「そもそも、今回この会議を呼びかけたのはウチの国で……」

 「それを言い出せば、この秘密会談をやり始めたのは我が国の呼びかけで……」

 「そういえば、そちらの国は元は私達の領土からの独立で……」

 「それを言うならば、我が国民は他国によって長い間虐げられた過去があり……」


 どの国も過去をほじくって、貸しを押し付ける惨状。どこが一番大きく貸していて、どこか一番小さく借りれるかを、ひたすらに競い合っている。今回の会議は、はたして何時間続くのだろうか──。


 と、うんざりしかけたその時。耳をつんざくような轟音が、部屋中に響いた。


 「何事だ!?」

 「爆発のようだが、事故でも起きたのか?」

 「飛行機でも墜落したのか!」


 頭に血を昇らしてやり合っていた各人が、不測の事態に一変してたじろぎ、場内は騒然となった。かくいう私も肝を潰して、把握できない状況をひどくもどかしく思っていた、その時。


 「し、失礼します!」


 外で待機していたボディガードが、ノックも忘れ、顔を真っ青にして入ってきた。様子からして、只事でないのは察せられる。


 「どうした、もしやテロリストが襲撃でも……」

 「いえ、もっと厄介な物です。とにかくこちらを!」


 彼はリモコンを取るなり、テレビの電源をつけた。画面には、ニュース番組の緊急放送。


 『全世界の皆様、お聞きください。某国沿岸に出現した謎のUFOは突如光線を発射し、射線にあった建造物は、跡形なく粉砕されました。付近にお住まいの方は、すぐに避難してください。できるだけ遠くに逃げてください。繰り返します……』


 それは、報道局のヘリが、宙に浮く巨大な銀色の浮遊物体をカメラで写し、リポーターが早口で捲し立てている様子だった。しかも、伝えられた某国沿岸部というのは、まさに目と鼻の先。たまたま射線上にならなかっただけで、私たちがついさっき、映像通りになっていた可能性もあったのだ。

 この場にいる誰もが、冷や汗を流した。いつ、第二射が来るかも分からない。早く避難をするべきだ。

 しかし、この場にいる誰もが、高い指揮権限を持っているのもまた、事実だった。

 先程までの議論は全て打ち切られ、始まる対UFO対策会議。だが、悠長にしてる時間はない。


 「避難前に一つだけ決めよう。どうだ、一刻を争う事態だし、UFOへの接触役を先に決めて派遣してしまうのは」

 

 と、言い出したのは、私を愛人としている男だった。


 「それはいいが、誰を行かせるのかね」

 「私の秘書さ。通訳として様々な言語に対応できるから、接触役に適役かと。異議はあるかね」


 ──やられた。この男、尤もらしいことを言ってはいるが、腹の中は厄介な女を消すのに都合がいいと思っているのだろう。


 「なるほど、それはよい。だが一人だけでは心細いだろう。私のところからも、何人か送ろう」

 「それでは各々出し合うということで。では我々は避難だ、急ごう」


 選出者たちに有無を言わさず、チームは手際よく編成されてしまった。恐らくだが、選ばれたのは全員、それぞれにとって厄介な人物らしい。彼らの口元の薄ら笑いが、そんな私の疑念を確証へと導いく。

 抵抗を試みようとしても、銃を突きつけられたまま移動させられては為すすべなく。ついに私たちはヘリに乗せられ、件のUFOの前まで送られてしまった。その中には巨大なスピーカーを搭載してあって、コレで会話をしろ、というのである。


 「こちらは地球の者です。あなたたちはどうして攻撃をしたのですか、理由をお聞かせください」


 とにかく、できるだけ丁寧に問いかけてみる。前振りも無く蛮行に出た連中だ。呼びかけにも応じず、このヘリが落とされる可能性は十二分にある。むしろ、あのビルの地下シェルターに逃げた連中はそれを望んでいるのだろうが。

 しかし、宇宙船からの返答は、そういった予想からは大きく外れたものだった。


 「対話もせず武器を使用してしまい、大変申し訳ありません。実は我々は大昔、地球にいた存在なのです。地球の先住民と言いましょうか。数十万年前に宇宙に出て、今やっと、故郷の地球に帰ってきたわけなのです。しかし、まさかその間に、新たな文明が築かれているとは知りませんでした。

 先程の誤射は、地表にわけのわからない物が生えていると思い、地球を元の姿に戻そうと打ってしまったのです。どうか許してください。

 つきましては、どこかのもう一箇所だけ更地にさせてはいただけないでしょうか。我々は我々の文明として、そこに住みたいのです。もし駄目でしたら、他の惑星に移動しますのでご心配なく……」


 思いの外、紳士的な言葉遣い。これならば、対話の余地はありそうだ。

 だがこれを聞いて、ヘリ無線の先からは怒鳴り声が響いた。そこには、軽い焦りも見えていた。


 「何を勝手な!そんな大昔のことを掘り返されて誰が聞くとでも……」

 「そうだそうだ!さっさと他の星へ行ってしまうがいい!そんな都合よく、物事が通るわけないだろう!」

 「早く帰るように伝えるんだ!全く、馬鹿馬鹿しい!」


 なるほど、と私はヘリの中を見渡した。皆、頷く。どうやら思いは同じようだ。

 私はスピーカーを使って、宇宙船にこんな提案をする。


 「なるほど、そちらの意見はよくわかりました。どうでしょう、地表は混雑しているので、穴を作って、地下の方へと行っていただくというのは。場所は──そうですね、あそこに目立っているビルの真上から、真下に向かって光線を打ってください。先程の砲撃で、我々の同胞が甚大な被害を受けた貸しがありますので、条件を飲んでくださると助かります……」

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