レンホイの丘
学校の図書室では児童達がどんどん集まってきていた。
この国の民話を風化させないためにストーリーテーリングをするのが普通。今日はどんなお話が来るのだろう……。
図書室に先生とともにやってきたのはひげだらけの80歳にもなるかという老人だった。
それでは今日はこの国に伝わるドラゴンのお話をしよう
~これは北欧の荒れ狂う島における、竜のおはなし~
昔々、まだキリスト教が伝播するかしないころのお話じゃった。クヌート王のころかの。今でこそデンマークと呼んでいるが我々デーン人が住む半島からさらに船で半日もかかる寂れた小さな島の村に、一人の娘と竜が恋に落ちた話があったのじゃ。今日はそれを聞かせようかの……。
あるデンマークの村に娘がおった。
両親はヴァイキング船に乗る漁師じゃった。ヴァイキングといってもよっぽどの事が無い限り海賊行為はせぬ。普段は漁をしておるのじゃ。飢えた時はガリアの地の修道院を襲えばよかったのじゃが……。それはあくまで村人にとってはよほどの事が無い限りせぬ。おっと話しそれたの。それは勇敢な男じゃった。妻は女神フリッグのような美しい妻だったようじゃ。働き者で農作業などをしておったそうじゃ。娘は優しい両親と仲のいい友達に囲まれて、幸せな暮らしたったそうじゃ。あの事件が起こるまでは。
父親が漁の非番で森を散歩していたところ、珍しい緑色の木の実を一つ見つけて家に持って帰り、娘にやったそうじゃ……。
実は長いこと育てるうちに木の実の中には虫が一匹いたのを娘が見つけたのじゃ。しかし娘は何も気に留めず虫を育てたそうじゃ。
娘はその虫を箱で長いこと育てておった。
しかし、その虫はどんどん成長し、森の中で放し飼いにされるほどおおきくなったそうじゃ。村人からは「蟲愛ずる姫」と笑われておった。しかし、笑いではすまされぬほどますますおおきくなったのじゃ。
とうとうそれは高さ二メートルにもなるワームというドラゴンになったのじゃ。
そのワームは人に害を与えることはなかった。じゃがの、風貌が非常にグロテスクじゃった。その姿は蛾の幼虫が巨大化したような姿、緑の体躯、ずらりとそろった牙、獰猛な赤い目、獅子のごとき唸る声じゃった。
じゃがの、見た目と違いワームは森の葉が大好物だったのじゃ。そこまではよかったのじゃが夜に獅子のごとき咆哮をし、毎晩村人を恐怖におとしいれていたのじゃ。
村人は恐れおののいてとうとう娘にワームの始末をつけるよう責任を取ることを村の会議で一致させたそうじゃ。ヴァイキングの社会では・・・いや、ゲルマンの社会ではキヴィタスという部族集団で民会を開くのがしきたりじゃった。
◆◇◆◇
「あんな獰猛な生き物を村に置くことはできない!」
「きっと羊が襲われたのも狼ではなく、あのワームにちげいねえ」
「あの娘は魔物の子なのよ!」
「そうだそうだ。おい、親だろ、なんとか言えよ!」
◆◇◆◇
会は長くかかったそうじゃ。
貴族であり、村の長がそこでこう決断したそうじゃ
◆◇◆◇
「そんなに虫が好きならば娘と虫がともに暮らせばよかろう」
「近くに誰も住んでいない島がある。そこに流刑してしまうのだ」
◆◇◆◇
民会といえどもそれは形だけで本当は貴族主導の社会だとみんなは学校で教わったかの?
やがて村人はワームと娘の追放を決議したのじゃ。その最終決議は近くにいる無人島へ娘一人を生贄としてワームとともに住まわせるというものじゃった。
森でいつもの通りワームが葉をたべているところ、村人全員で牛をも眠らす眠り薬をばら撒き、さらにまぐろ漁で使う網を使ってワームを捕まえることに成功したのじゃ。
民会に基づき娘も捕らえられ、縄で縛られると無人島へ行く船に乗せられてしまった。無人島へ着くやいなや縄を切り、眠っているワームのそばへ放り投げてしまった娘。小さな娘の絶叫する悲鳴がこだましたそうじゃ。
ワームは目覚めると悲しい声をあげたそうじゃ
唸り声とも悲しみの声とも怒りの声とも聞こえる咆哮が島中にえんえんとこだましたそうじゃ。
それからというものの……。
無人島で娘はワームが見つけた洞窟を見つけそこで最初は暮らしたそうじゃ……。
ワームは葉を食うことでますます元気になったそうじゃ。が、娘は大変じゃった。
そこで娘はワームと一緒に木をよじ登り木の実を取ったり、魚を取ったりしまたそうじゃ。なんと暮らしていくうちに娘は竜の言葉がわかるようになったのじゃ。娘が「火を放て!」というとなんとワームが火を噴き、その放つ火を使って魚を焼いて食べたそうじゃ。ほかにも野菜の煮物などをつくっておったそうじゃ。
娘とワームは仲良く暮らしていた。
じゃが……。半年後冬に近づくにつれてワームの体に異変が起きてしまったのじゃ。緑の体がさらにどんどん深い緑になっていき洞窟で糸を吐くようになったのじゃ。
「どうしたの?」
「どうしたの?」
泣きながらワームを叩く娘。しかしやがてワームは静かに眠るようになり起きてくることはなかったそうじゃ……。そこには大粒の涙を流し続ける娘がおった。
娘は厳しい冬を1人で生きぬかねばならんかった。幸い、暖はなぜかワームが出す熱でどうにかなったそうじゃ。しかし、食料は悲惨を極めましたそうじゃ。自分で棒を使って火をおこし雑草を煮込み洞窟で食べるという有様じゃ。服はワームから出た糸を紡ぎ服を作ったそうじゃ。それはおおきな繭じゃったからのお。冬は木の実は貴重な栄養源じゃ。幸い夏にワームと一緒に木の実は蓄えてあったのじゃ
冬が終わると春が訪れ……。
なんと、そこには死んでいたはずのワームのなきがらから不気味な音を立てたのじゃ!ずるり、ずるりと汚らしい音をたて、自分の体から緑の体液を撒き散らしながら蠢く。血をからませた翼は翡翠色の翼に羽毛、立派な尾、すきとおった緑の目。そこにはまごうことなきドラゴンじゃ。
◆◇◆◇
「娘よ、人間より守ってくれてありがとう」
なんと言葉をしゃべったではありませんか。
「私は森の精にして森の番人。心より礼を言う」
娘はまた大粒の涙をこぼしました。
竜は突然娘を背に乗せ輝ける太陽を背景に空へと飛翔した。
一緒に暮らそうと約束した島の丘へと飛び立つために……。
以来この島には竜と娘が仲良く住んでいたという。
この島の丘は竜の丘とよばれたそうな。
◆◇◆◇
~おしまい~
「それでの、この娘とドラゴンの子孫が私達なのじゃよ」
そのとき子ども達はいっせいに悲鳴を上げた。
そう、このお話の通り、この島は竜の島とも呼ばれている。
島に流された竜と娘が愛に結ばれ生まれた子の子孫達が今の住民であった。
もっとも今となっては竜の血はほとんど絶えてしまったのか、人間として生きている。それでも「竜の子」という名称は誇りとして持って生きている。
フランスのリュジニャン一族のメリュジーヌ伝承を初め竜とその竜の子の伝承は西欧には数多く存在する。北欧のこの島もそのひとつであった。
その老人は読み聞かせを終え帰宅した。老人の家は丘の上に住んでいた。あのレンホイ(竜)の丘と呼ばれたあの丘に。そして老人の家の横には巨木があり庭には木の実が落ちていた・・・
そう、老人は竜の娘の直系子孫だったのである。
我々の一族、島の誇りの伝承を後世の子らに伝えるために――!
「レンホイ(竜)の丘」(終)
【参考文献】
竹原威滋・丸山顯德編著『世界の龍の話』三弥井書店 1998年.
・新谷俊裕・大辺理恵・間瀬英夫 編 「デンマーク語固有名詞カナ表記小辞典」『I D U N-北 欧 研 究-』 別冊2号 2009 p144.
【原文】
28. Der var en jomfru, hendes fader havde fundet en nød i en skov, og så tog han den med hjem og gav datteren den. Der var en orm i den, og den opelskede hun og havde i en æske så længe, til den blev til en lindorm. Hun kunde ikke siden blive den kvit; men så blev der rådet hende, at hun skulde rejse over til en ø med den, hvor der ingen höje var. Så søgte hun til Lundø, og der boede hun i nogle år ude nord på landet. Lindormen gravede sig allerførst et hul ned i jorden, men så var der en höj ovre i Hald, der rejste denover til og boede i, og siden kaldtes denne höj Lindhöj.
—Ane Kirstine Refsgård, Rødding.
Evald Tang Kristnsen: "Danske Sagn" Arhus, 1893, Vol.2, E, No.28, p.183.(※著作権切れ)
【解説】
デンマークの代表格ともいえる民俗学者クリステンセンに寄る民話である。lindormというのはドラーヴェと違い蛇型のワームである。のちにリンドヴルムとなってドラゴンと同一視される。ロンウー島(Lundø)という実在の島の伝承である。デンマークの南に存在する。現在では「半島」である。
ここで大事なのはスイスのピラトゥス山の竜伝承と同じく人間と共に過ごした、それも少女と共に過ごした貴重な伝承で創作民話ではなく実在する民話で竜と友となった伝承というのは極めて珍しいのでぜひ絵本化して日本に広めたく筆を執った次第である。もちろんすべてが原文通りというわけではなく「童話」として2次創作してるのでこの作品を機会に元伝承にも興味を持ってくれたら幸いである。