【コミカライズ】「お飾り」なのは、あなたの方です
初短編です。
趣味を詰め込んでみました。
誤字報告、感想ありがとうございます!
「デボラ・ホーネット!貴様との婚約を破棄する!
当然、秘書官としても首だ。さっさと荷物をまとめて出ていけ!!」
小さくはない宰相補佐達の集まる執務室に、怒号が響き渡る。
叫んでいるのはカーライル・ウィングフィールド公爵令息様。デボラ・ホーネットこと私、片田舎の子爵令嬢の婚約者だ。
後ろには同じく宰相補佐やその他各部署の役人が揃っている。
というか、この真っ昼間、何故この方々は他部署に連れ立っていらっしゃるのか。
この方々はいわゆる「おサボり仲間」のお歴々である。
各部署に席はあるものの、仕事など特にしていない、回されていない、コネだけで役職を与えられている、各部署の金食い虫だ。
(…いけない、何だか恨みがましくなってきてしまったわ…)
「おい、デボラ!聞いているのか!?」
「もちろん、聞こえておりますわ、ウィングフィールド公爵令息様」
彼らは今現在、私も含めこの部屋の皆様が勤務中であるということを理解できていないのだろう。
名前は宰相補佐筆頭であるカーライル様が女連れで出歩いていて、その秘書官である私がこの部屋にいる時点でお察しである。そして大勢で押し掛けて、何かよく分からないことを喚いている。
彼らの中心にいる婚約者様のお隣には、小動物のような可愛らしい御令嬢が目を潤ませながら肩を抱かれていた。
「お前ときたら可愛げもなく、地味な容姿に地味な服!なぜリリアのような美しさも男を立てる可愛らしさも持てぬのだ!
仕事をしているだけでも男を立てられぬでしゃばりであるというのに、それに飽き足らず俺の功績を自らのもののように語っていると言うではないか!」
「そのように仰られても、この服装も髪型も、秘書官として規定通りですからねぇ。規定がある以上、そちらの御令嬢のように豪奢な夜会用のドレスで登城するわけにまいりません。」
この方ときたら、この部屋に似つかわしくない派手なドレスに身を包んでいる。ドレスのあちこちに宝石が縫い込んであるのか、目がチカチカしてくるほどだ。
一言で言えば、けばけばしくてとても下品だと思う。
「功績については、私が自分から何かを申し上げたことはございません。」
「ちっ、いちいち口答えを…!
大体、次期公爵である俺が、なぜお前のような子爵令嬢風情を娶らねばならんのだ!
学園の成績がなんだろうが、賢しらに吹聴しおって!そんなもの、仕事の何に役立つと言うのだ!!」
「カーライル様の仰る通りですわ。女は夫を盛り立ててこそですもの。貴女のように家で夫を癒やすことも出来ないような方は、淑女失格ではないかしら。」
「あぁ、リリア!なんと可愛らしいんだ!君のように美しく、愛らしい妻がいたならば、どれだけ心癒やされることか…」
「カーライル様…」
周りなど目に入らないのか、二人は抱き合って見つめあっている。
近すぎて、もはや唇が触れあいそうな距離感だ。
(あらあら…後ろの方々が恨めしそうに見ていらっしゃいますよ…)
それでも、最高位の爵位を持つ令息には何も言えないのか、睨み付けるだけで口を挟んでこない。
婚約者様と隣のリリアとかいう御令嬢は、後ろからは嫉妬の視線を、執務室の中からは呆れた視線を浴びせられているのに、びくともしない。
私は、後ろの同僚達からの同情の視線に耐えられなくなってきた。
「…まぁ、色々言いたいことはございますが、お説教は私の仕事ではございません。責任者の方がいらしたようですからお譲りしますね。」
「はぁ?何を言っている?」
バタバタと廊下で物音がしたかと思うと、勢い良く部屋の扉が開いた。
「何をしておる!!」
「父上!?」
飛び込んできたのはカーライル様のお父上であり、この国の宰相である。
「勤務時間中に婚約破棄を宣言した馬鹿がいると聞いて駆けつけてみれば、この馬鹿息子め!」
「ちょうど良い、父上も聞いて下さい!
私は真実の愛を見付けました!こんなお飾りの婚約者など要りません。デボラとは婚約破棄し、リリアを妻に迎えます!」
「嬉しい、カーライル様!」
感激したようにカーライル様に抱き付くリリア様。
まだ書類上は婚約者である私の前でこれは、ただの不貞宣言である。
「黙れ!カーライル!
私が何度も頭を下げて頼み込んで、ようやく調えた婚約をなんだと思っている!
幼い頃から父君の名前で多数の法案を通し、学園でも全学年で首席の才女だぞ!?法制会議の時も、あのホーネット子爵が、得意そうに娘が原案だと言い切ったんだ。その娘が自分の息子と同い年と知ったときは歓喜したものだ!身分を盾に他の求婚者を蹴落として、渋られても頭を下げて下げて、ようやく頷いて貰った秘蔵の虎の子だぞ!
それを、婚約破棄だと!?」
宰相閣下が他の縁談を妨害しつつ、我が家に頭まで下げていたのは初耳だったが、確かにこの縁談は公爵家からの申し出で、本来なら子爵家の我が家に拒否権など無い。お父様は相当渋ったようだけれど。
「この馬鹿者は、私が調えたこの婚約の意味も理解できぬのか!?
そもそも、誰だ、この女は?なぜここにいる?ここは部外者は立入禁止だ。」
意味が理解できるような頭があるなら、不貞相手を伴って人前で婚約破棄宣言など出来ないはずだが、まぁそれはいい。
確かに、他の方々は皆一応役職持ちのためこの場にいるのは問題ない。だがこの執務棟は国の機密情報も扱うため、国の役職に就いている者か、事前に審査を受けている業者以外は入れないはずだ。
つまりは、この御嬢様がここにいる時点で、不法行為の証拠なのだ。
「初めまして、お義父様。リリア・ネスミスと申します。」
「リリアは私が呼んだのです。デボラに婚約破棄を伝えるにも、リリアを見れば己の不足を理解できるよう、親切にも教えてやろうとしたのです。」
「お前が呼んだだと?確たる許可もなく、不審者を城に招くとは何事だ!
大体、婚約は家同士の契約、家長である私の許可無しにお前がどうこう出来るものではないし、デボラ嬢に不足など何もないわ!!」
「なっ!?」
「君は、ネスミスだったか?最近落ち目の男爵家だったな。
先代が買った爵位をどぶに捨てそうだと話題になっているぞ。先代は商才も政治手腕にも長けた好人物だったが、後進育成の才能はなかったらしい。当代で全ての財産を食い潰しそうだと。
長年の婚約者であった商家の令息にも見捨てられ、焦った娘が手当たり次第に高位の令息達に粉をかけていると聞いたが、君か。」
「リリア!?」
「いえ、そんなことは…!」
おろおろと狼狽えるリリア様を見るに、やはり噂は嘘ではないようだ。
その『粉をかけられた令息達』が後ろの集団なのだろう。当然彼らも知らないようで、お互いの顔を見合っている。
愛する女性を最上位者に譲ったものの、納得はしていなかったのだろう。
(もしかして、『カーライル様に言われては、男爵家ごときがお断りできません…』とでも、泣きついて諦めさせたのかしら…?)
「とにかく、そこの娘との婚約など認めん!」
「何故ですか!父上!
父上も仰っていたじゃないですか、これはお飾りの婚約者だと!良い後継者を持ったと嬉しそうにしてらしたじゃないですか!」
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『閣下は良い後継者を見付けましたな』
『左様、羨ましい限りです。カーライル・ウィングフィールドは良くやっていると、もっぱらの噂ですぞ。』
『なんの、あのお飾りの婚約者が弁えているので、楽なものです。出来るならば、飾りなど取っ払って直接働いてもらいたいものですが。』
『能力もないのに、名前だけで自分の手柄だと主張する輩の多いこと。邪魔をしないでいてくれれば、それだけで良いものを。』
『お飾りでも、婚約者がいないと出仕出来ませんからなぁ』
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「パーティーで、そうお話ししていらしたじゃないですか!」
「お前が、お飾りの婚約者だ、馬鹿者!」
カーライル様は初めて聞いたのか、目を見開いて驚いている。
つまり、私が功績を吹聴していると思ったのは、そういうことなのだろう。
「女性の官吏登用の道が無い中、編み出した裏技だ!適当な家柄の男と婚約させ、その男の名前で仕事をさせる。だから彼女達の評価は常にその婚約者や配偶者の名だ。こんなものは暗黙の了解で、つまりはデボラ嬢が非常に優秀だと噂になっているに過ぎん!」
「そんな…!」
「女性官吏を認めさせるより早いと『秘書官』の役職を作ったが、お前の父がその法を作ったことも、その意図も、最初の採用者も、秘書官に女性や平民しかいないことも、理解していないのだろうな…。
我が息子ながら、なんと情けない…。」
元々は宰相閣下が、「平民や女性にも有能な者はいる。それを活用しないなど、人的資源の死蔵、無駄遣いだ。」と言い出し、その有用性を見極めるためとしてまずは「秘書官」という形で政治に携わらせることになったのだ。
言わずもがな、最初の採用者は私である。
「それにしても、常日頃からろくに仕事もしていないくせに何故優秀だという噂が自分のことだと思えるのだ?評価できる程仕事をこなしていないだろう?」
「そんなことはないでしょう!毎日、あれだけの量の書類にサインをしているではないですか。
デボラなど、私の立案した内容を清書するだけで、そちらの方がよほど仕事をしていないではないですか!」
「お前が立案した法案?そんなものあったか?
資料を読めば、デボラ嬢が立案したものだと分かるだろう?」
「いや、そ、それは…」
「まさか、デボラ嬢が持ってきた書類を、読みもせずにただただサインしていたのか…!?」
「わ、私が指示した内容を清書するだけなのですから、わざわざ読む必要など無いでしょう!!」
「そんな馬鹿な話があるかっ!
もし万が一、別の書類にすり替えられていたらどうするのだ!?それが莫大な借金や爵位放棄の書類だったら!?」
「デボラがそんなことする訳無いではないですか」
「当たり前だ馬鹿者!!!
そんなことを言っているのではない、お前の責任感の無さと、反して持たせてしまっている責任の重さについて言っているのだ!」
閣下は顔を真っ赤にしてカーライル様を怒鳴り付けているが、そのお説教が響いた様子はない。
「閣下、口を挟んで申し訳ございません。恐れながら、確かにカーライル様は書類は読んでいらっしゃらないかと。そもそも誤解の原因となったのもそのせいかと思われます。私の推測ではございますが。」
「構わない。どういうことか話してくれ。」
「以前からカーライル様は、急に思い付いた法案の内容を箇条書きにして『清書しておけ』と渡されることがございました。もちろん、実用に耐えないものですので、そのまま握り潰していたのですが…。
後日、別の案件でサインをいただきに行くと、『あの件か』とページをめくること無くそのままサインをいただけるのです。」
「…つまり、本当に出された資料に目も通さず、言われるがままにサインしているのか…。
…君がまともに仕事をする人で助かったよ…。」
頭を抱え、痛そうに振る宰相閣下。
「まともに仕事をする人」なんて、当然の事で褒め言葉でも何でもないが、この場合は「馬鹿息子に子守をつけていて助かった」という安堵からの褒め言葉だろう。
「カーライル。お前とは縁を切る。この先は一人で生きるなり、そこのネスミスの娘と一緒になるなり、好きにしろ。デボラ嬢との婚約解消も、こちらで進めておく。
今後何があろうと、一切ウィングフィールド家は責任を負わない。」
「結婚をお許しいただけるのですか!ありがとうございます!」
「ちょ、待って!!!それじゃ意味ないじゃない!」
父親の顔から切れ者の宰相に相応しい為政者の顔となった宰相閣下は宣言した。
このままでは、本当に家に莫大な借金を背負わされたり、不利な契約を結ばされたりする懸念がある。
権限を取り上げるのは当然の事だろう。
「縁を切る」の意味をカーライル様が理解できているかは分からないが、きっと分かっていそうなリリア様が教えて下さるだろう。
「とにかく、事態の収拾を図らねば…。城下に噂が流れるなどとんでもない、最小限でおさえたいところだが…。」
「問題ございません。既に箝口令をしいておりますし、付近の人払いも済んでおります。」
「デボラ嬢は、こやつらの企みを知っていたのか?」
「いえ。ですが、予測はしておりました。最近、複数の御令息が一人の御令嬢に入れ揚げていると噂になっておりましたし。
なので、もしカーライル様が御令嬢を伴って執務室へいらした場合には、即刻周辺を封鎖し、宰相閣下をお呼び出しするよう、警備に申し付けておりました。」
「さすがデボラ嬢だな。手抜かりがない。
こやつらの所属する各部署に問い合わせて、対策を協議せねばいかんな。」
宰相閣下にそう褒められると、気分が一気に高揚するのを感じる。
「宰相閣下、どうやら彼らは身分の順にと私のところへ最初に来たようでございます。ですから、この騒動はまだどなたもご存じではないかと。」
「そうか、まだ良かったな。とりあえず各部署長と各家に伝令を飛ばせ!部署長は緊急招集、家長は明日の早朝に登城せよと。
この令嬢は不法侵入で牢屋行きだが、まずは離宮の客間に一人一人隔離して、監視をつけておけ!私が許可するまで他者との面会は全て却下だ。
事情は私が説明するから、部署長が全員集まったら呼べ。」
彼らはまだ何か喚いていたが、警備兵に拘束されて部屋を出ていった。カーライル様だけは輝かしい未来を想像してか、笑顔だった。その未来が来ることはないだろうが。
静寂の訪れた部屋で、宰相閣下が静かに頭を下げる。
「済まなかった、デボラ嬢。息子の仕出かしたことだ、責任は私が取ろう。何か希望はあるだろうか。
そうだ、次男はどうだろう。年は下だが、悪くはない出来だったはずだ。あやつなら」
「それは本当ですの?」
私は宰相閣下の言葉を遮って、食い気味に聞いた。
「本当に、宰相閣下が、責任を取ってくださいますの??」
「もちろん。出来れば下の息子と婚約を結び直してくれるならありがたいが、もし年下は嫌なら、相応の相手を紹介しよう。
出来れば引き続き補佐業務を行なってくれればとても嬉しい。君ほど優秀な人材はなかなかいない。」
私は天にも昇る心地だった。
心の中で拳を握りしめ、勝利宣言をする。
「言質は取りましたわ!では、責任を取って、宰相閣下が私を娶ってくださいませ。」
「は…?…いやいや、私は君と同い年の息子がいるんだぞ?」
「問題ありませんわ!そもそも、私がカーライル様との婚約をお受けしたのは、閣下が理由ですもの。
このまま御子息と結婚したら、この恋心は封印して義理の親子として過ごす予定でしたけれど、御子息のお陰で必要なくなりましたわね!」
「だが、デボラ嬢とは20も年の離れたおじさんなぞ、嫌だろう?」
「早くに亡くなられたご夫人を深く想っていらっしゃるその一途さ、敏腕な政治手腕、類いまれなる博識さ、どれも私を魅了して止みませんわ。
私、仕事の出来る男性が好みですの。」
少し頬が熱い。きっと、私は真っ赤になっているのだろう。
「それに、同年代の方とは致命的にお話が合いませんわ」
「…致命的に?」
「それはもう、致命的なまでに」
「そりゃ、デボラ嬢、仕事の話か宰相閣下の話しかしないもんな…」
「同僚としては良いけど、嫁には欲しくないよな…」
後ろで小さく呟く同僚達は、横目で睨み付けておいた。明日から1週間、あの人達の仕事は倍にしてやろう。
「いや…だが、ほら、君が良くても、ご両親がどう思うか…私はデボラ嬢よりご両親と同年代だ」
「両親は既に私が宰相閣下のファンであることを存じております。だから、カーライル様との婚約をお受けしたのですもの。」
「なん、だと…!では、ホーネット子爵のあの冷たい目線と笑顔は、息子の不出来を咎めている目線では…!?」
「2割くらいはあったかもしれませんが、ほぼ、娘の初恋相手に対する嫉妬ですわね」
「そんな…!道理で、どれだけデボラ嬢の功績を讃えても、機嫌が下降する一方だと…!
…って、初恋…!?」
うちひしがれている宰相閣下には申し訳ないが、しっかり止めを刺しておくことにする。
「『息子の責任は私が取って』、下さるのですよね?」
「…わかった…それが君の希望なら、叶えよう」
観念したように項垂れた宰相閣下だが、その後の私の両親への婚約破棄に対する謝罪から、閣下との婚約への根回し、果ては女性や平民の官吏登用法の制定まで、敏腕と言われるだけの手腕をきっちり発揮して下さった。
その後、史上初の女性宰相補佐が誕生したとか、直ぐに休職したとか、休職後初の女性宰相となったとか、女性官吏の産休育休復職制度や、平民、女性の一代官吏爵位制度を3年で整え義息子に後を譲ったとか。
大切な旦那様と息子とのんびり田舎暮らししている私には、与り知らぬことですわ。
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