09:契約(2)
やはり朱雀にも契約の言葉は必要だったみたいだ。
「契約の言葉? ああ、冬真が言ってたヤツ? 冬真は昔から知っていたみたいだけど……んー、残念だけど心当たりは無いかな」
過去の記憶を遡って朱雀に言われた通り契約の言葉を暫く探してみるが、華には全く心当たりが無かった。
途端にしゅんと肩を竦める華はどことなく寂しそうだった。
「我は汝と契約する。南斗の守護よ、力を解き放て」
「ほぇ!? えと……それ、言っちゃって良かと?」
朱雀が華の耳元で静かに囁く。
まさか答えを直接聞く事が出来るなど思ってもみなかった華は驚いて思わず変な声を出す。
「秘匿の制限は無い。私は契約の言葉を「唱えよ」と言ったまで。元から言葉を知らぬ者には酷だからな」
「ま、まぁ結果オーライって事で! 我は汝と契約する。南斗の守護よ、力を解き放て!」
華がそう言い放ったと同時に朱雀の体は赤い粒子となって消え、彼女の手元に収束して形成していく。
そうして形成されたのは深紅に染まる破魔弓。
持ち手のところは真っ白な布が巻かれているが、やや丈長で一メートル程垂れている。
「わぁ、弓じゃん。あたしが弓道やっとっと(=やっていた事)、知っとったと?」
「知っているも何も、“その時は見えないだけで”ずっと隣に居た」
「そうなんだ! ふふっ、じゃあ遠慮なく行くよ!」
破魔弓を手にした瞬間にその使い方が脳に直接流れてきた華は、自信を持って矢の無い状態で弦を引く。
そして片目を細めて獲物の多い場所に狙いを定め、一呼吸置くために静止した。
「射ぬけ!」
射た直後に叫ぶ華。
放たれた矢は途中で炎を纏い、数瞬後に怪物の内の数体を串団子の様に貫いた。
それと同時に矢の刺さった場所が発火する。
これにはたまらず怪物も金切り声にも似た悲鳴を上げた。
「うへぇ、痛そう。てか初めて生き物射っちゃった」
華は華で、つい自分が射た怪物をまじまじと見てしまう。
怪物が霧散を始める頃には悲鳴は弱弱しいものとなっていた。
「つ、次! ってあ――!」
「ふッ!」
華がもう一度弓を引く動作に入った時、横から割って入った冬真が薙ぎ払うように銀杖を一閃して残りの怪物を仕留める。
円を描くように薙ぐ冬真の技【二の段・円】だ。
◇ ◇ ◇
ようやく最後の一体を倒したところで、一息つく為にその場に座り込む二人。
銀杖と破魔弓を畳に置くと、武器になった時とは逆の現象が起きて彼女らが姿を見せた。
「凄いです、冬真と華さん! 初めてなのに、こんなにもあっさりとファントムを倒してしまうなんて!」
「い、いやぁ、それ程でもあるかな? えへへ」
「んで? 「第二の本題」とやらの話の続きは?」
後頭部を撫でながら、表情を綻ばせる華を横目に見ながら冬真は話を催促する。
どことなく気怠さを感じたからだ。
「ええ、では続けます。この世界鏡世界は地球の誕生と同時に生まれ、今後も共に成長し滅びて行く運命にあります。しかしここ最近どういうワケか、鏡世界の滅びへの時間が短くなっている事が分かりました。二つの世界の滅び――言うなれば惑星の「死期」。それは共にあるので、結果的には鏡の外の世界である現実世界の滅びもまた早まっているワケです」
「うわぁ、急に話しがシリアスになっちょる。あたしは……信じられないなァ」
食卓に顔を埋めて、視線だけをアリアンロッドに向ける華。
理解が追い付かなくなって、更に難解な話を聞いた彼女は半ば諦めていた。
「それもまた一つの選択です。鏡世界は通常の人には存在自体を認識する事が出来ませんが、私達(潜在能力)を引き出せる希少な人材である貴方達はそれが出来ます。故に貴方達は「稀人」と呼ばれるに至る。滅びを否定するならば、今この時間、私達との出会いもまた否定しなければなりません」
「それじゃ、その「滅び」が来るのはいつ頃?」
華は恐る恐る訊いてみる。その顔は少し引き攣っているようにも見えた。
「まだ多少の変動はありますが、今年の……十二月二十三日です」
「十二月って、あと一年も無ぇじゃねぇか。その死期が早まる原因は解ってねぇのか?」
眉間にしわを寄せながら冬真がアリアンロッドに訊く。
確かに最近は「世界滅亡説」がテレビの特番でも取り上げられるようになって来たが、そんなものを信じるのはオカルト信者とそれに追随する関係者が大半を占めるだけ。
冬真はアリアンロッドに「話が出来過ぎているのではないか?」と怪訝さを漂わせたワケだ。