06:ファントム(3)
◇ ◇ ◇
「……うざ」
少女がそう言った瞬間、冬真はあからさまに不機嫌そうに顔をしかめ、ぽつりと呟く。
流石の冬真も耐え難い、濃い絡みだったのだろう。
「もう、イヤですねぇ。そういう連れない事言うのはナシですよ! ほらほら、質問質問!」
艶めかしい口調で冬真を急かす彼女に、半ば嫌々ながらに「お前は何だ?」と質問を投げ掛けると――。
「えー! 訊きたいです? 訊きたいです? うふふ、冬真も物好きですね!」
その言葉を聞いた瞬間、冬真は「帰れ」と一蹴する。
相当疲れが溜まっている時のこの反応は、やってはいけないパターンの一つと言えるだろう。
とは言いつつも、もはや後の祭り。
少女は自分がした事の重みを遅れながらに知ってしまう。
「ああー! 済みません、済みません! ほんっっとーに、この通りです! 話を聞いて下さい!」
両手を擦り合わせ、胸に引っ付くくらい頭を下げて懇願する少女。
彼女の必死さは窺えるが、さっきの件もある。
「……さっさと言えよ。お前は何だ?」
既にどうでもよくなってしまった冬真は、ぶっきらぼうに返答の催促をした。
それとほぼ同時に「あ、それあたしも聞きたい。
さっきからずっと気になっとっとよね、あんたんコト」と、冬真に便乗した声が聞こえる。
いつの間にか洗い物を済ませた華が、冬真の横に座っていた。
「あなた……私が見えるんです?」
少女は目を丸くして驚く。
言い方からすると、冬真以外は見えないとでも言いた気だ。
「何言っとっと? テレビの中にいるあんたん事でしょ? モチッ!」
そう言い切った華は満面の「ドヤ顔」で親指を立てるが、冬真からしてみれば「だからなんだ」と言いたいところ。
疲れを取るために横になったが、こうも隣でわーぎゃー騒がれてはゆっくりも出来ない。
冬真は内心ため息を吐いた。
「そうですか。私としても大勢の方が安心するので嬉しいです。申し遅れました、冬真のファントムで名をアリアンロッドと言います。今後ともよろしくお願いします」
「俺の、ファントム? そりゃ一体――」
「そう言えば、もしかして「こん仔」と何か関係あっとか?」
冬真がアリアンロッドに質問しようと口を開いた瞬間、華がそれに覆い被さるように質問したため冬真の声が消えた。
冬真は煮え切らない複雑な感情を抱きつつ、横目で華に視線を移す。
華が「おいで」と言うと、食器棚のガラスに一羽の小さな鳥が映った。
嘴は細長く山吹色、翡翠色の瞳は澄んで丸い。
凛とした態度で胸を張っているのは気高さの象徴と言える。
全身が赤い炎で燃えていた。
「朱雀ですか。成る程、道理で私が見える筈です。「彼」はいつ頃見え始めたんです?」
「え、うん……あたしがこん仔を見かけたのはついさっきだよ。冬真に八つ当たりして帰ろうとしたでしょ? そん時にショーウインドに映る朱雀を見つけたの。仲直りしろって訴えかけてきてくれてさ」
華は朱雀に向かって「ありがとね」と微笑む。
彼も言葉を理解しているようで「どう致しまして」と言わんばかりに翼をめいいっぱい広げた。
会話が成り立っているのだろうか?
「成る程ねぇ。……んで? 結局、お前らはなんなんだ?」
「漸く来ましたね、本題。私達はもうひとりのあなた達です。幻影、そう呼ばれています――」
大事な事だとでも言いた気に人差し指を立てて、アリアンロッドはずいと顔を近づけて言った。
流石の彼女も今回ばかりは、悪ふざけをするつもりはないらしい。
目付きが真剣さを物語っていた。
「またファントムかよ。一体、何なんだ。それ?」
「人の世では俗に幻影と訳されていますが、私達の世界では「潜在能力」の事を指します。つまり私達は人間の潜在能力そのもの。そして実際に見えている姿は、潜在能力を具現化したカタチなのです」
「うわ、出たよ。キナ臭い話。だいたいそんな話、誰が信じるよ」
「でしたら、この現状はどう解釈します? 「光を反射し投影できる全ての物質」に姿を現す事が出来る、人間の言葉を発する不思議な生物。しかし実体は無く、少なくとも今の状態では触れる事すら出来ない。そんな私達を「この世のものである」と、冬真はそう言い切れます?」
「そりゃ……まぁ」
言い淀む冬真。
アリアンロッドの言う通り、確かに否定する要素が無い事もまた事実だ。
反論しようが無い。
「とまぁ第一の本題はこれくらいにして、第二の本題に入ります。こちらが「変」になった原因を一緒に調べて欲しいのです」
「こちら? 変? 今度はなんだ? 何の事を言っている?」
頭に疑問符を浮かべる冬真と華。
冬真でさえ話に付いていく事がやっとであるのに対し、華は既にちんぷんかんぷんだ。
とうとう話に首を突っ込まなくなってしまった。
「こちらの世界に、そちらの世界の住人が時々迷い込んでくるんです。論より証拠、略して論ショ。私の手を掴んで下さい!」
そう言ったアリアンロッドは握手を求めるように手を差し出したのだった。