05:ファントム(2)
◇ ◇ ◇
冬真はとにかく不要に上がった心拍数を下げるべく心の中で深呼吸を行い、冷静に彼女に返答する。
「やっと? どういう事だ?」
「えと、私――あなたが私を見つけてくれるのをずっと待っていました」
「待っていた? 俺を? 話が全然見えないんだけど?」
こんな奇異な人物、少なくとも冬真の知り合いにはいなかった。
そもそも何故パン屋の中で待っていたのか?
店から出てきて話せば良いものを、わざわざガラス一枚隔てるなんて物好きも居たものだ。
「あれれー? 稀人だったら私が見えた時点で、色々と話が通じる筈なのに」
「――だからなんだ。俺はお前が誰かなんて知らねぇし、知ろうとも思わねぇ。じゃな? お前とは二度と会いたくねーわ。ンなカッコしてちゃ俺も一緒に捕まっちまうからな」
「あの、もっと私を見て下さい。「ガラスでしか」見れない筈ですから!」
「はぁ? ンなワケ無ェ……って、ちょっと待てお前――」
彼女にそう言われて、やっとその現象に気付く。
つい数秒前まで店の中にいる人が喋っているのかと思っていたが、そうじゃなかった。
色んな角度からショーウインドを見てみるが、やはり店の中の客に彼女らしき人物が居ない。
完全にガラスの中に居る。
「えへへっ、だから言いましたでしょ? 私はあなた。人間と私達は表裏一体の存在なんですよ」
「表裏、一体? どういう意味だ?」
「そうですね、色々話したい事もありますが――話が長くなりますので、やる事を先に済ませて下さい。買い物……するんでしょ?」
何故これからの予定を彼女が知っているのか。
ニッコリと笑う彼女に対して、冬真は純粋に不思議に思った。
おそらくさっきの表裏一体の話と関連性はあるのだろうが今は考えても仕方が無いと、頭を切り替える冬真。
あの笑顔を見る限りでは彼女が「人ならざる者」だとしても、彼自身に害は無いだろう。
そう考えるに至り、当初の目的の食材を買いに行こうとした時だ――。
「あ、あのさ。さっきは……ごめん」
背後からの声に振り返ると、華が冬真の服の袖を指先で握りながら俯いていた。
近づいていた事には気づいていたが、さっきの華の態度を考えれば、冬真から話そうとはどうしても思う事が出来ない。
だから敢えて無視していた訳だが、華から謝ってきた。だったらしっかり返答するべきだ、と考えて冬真は口を開く。
「別に、気にしてねぇよ。それよか、さっさと帰るぞ」
「え……うん! そうしよ!」
その後、二人で買い物を済まし、急いで冬真の家に帰る事にした。
◇ ◇ ◇
帰って来て早急に台所へと立つ冬真だったが、調理を始めようとする手を急に止めた。
どことなく調理器具の衛生面が不安だったのだ。
それなりに時間は掛かるが、入学早々食中毒に掛かって病院で過ごすなんて、絶対に御免だ。
包丁や俎板などの主要道具の煮沸消毒を行ってから、冬真は調理を始めた。
一方の華も調理を手伝おうとはしたのだが、冬真がそれを全力で阻止する。
理由は祖父の一件で華の料理に関する記憶も思い出してしまったからで、冬真曰く「冬真史上、祖父に次ぐ堂々のワーストツー」なのだそうだ。
手際よくオムライスを作り食卓へと運んだ所で、既に昼の二時は回っていた。
「んー! おいしー!」
足をバタつかせて口に運ぶのは華。
行儀が悪いなと思いつつも、「おいしい」と言われて満更でも無い冬真。
二人とも空腹の限界だったのか、ものの数分で完食してしまった。
「じゃ、お皿洗うね」
流石に悪いと思ったのか、華が皿を下げて台所で洗い物を行なう。
そんな彼女を尻目に、冬真は畳の上に横になった。
前乗りせずに直接東京から鹿児島に向かった事もあり、冬真はぐったりとしている。
何だかんだ言っても冬真にとっては転校初日なのだ。
そんな冬真が食卓の上からリモコンを取り、何気なくテレビを付けようとすると――。
「お前……何してんの?」
目尻の垂れた無防備な笑顔を向ける「奴」が、電源の落ちた真っ暗な画面の中に「居て」手を振っている事に気付く。
首から上だけしか見えないのは単にテレビが小さいからだろうか。
「え? 冬真がご飯を食べ終わるのを待っていたんですよ。さぁ、お話ししましょ」
テレビに映る女の子……の様な「何か」は、どうやら冬真と話しがしたいようだ。
前のめり気味な彼女は目を爛々と輝かせている。
「嫌だ、面倒臭い。そもそも俺と何を話す事がある?」
「えええっ! ファントムを目の前にして、何も疑問を持たないのです? 「目の前の女の子誰―!」とか「この美少女誰ー!」とか、ほらほらほら!」