04:ファントム(1)
◇ ◇ ◇
立ち話も何だか他人行儀なので、取り敢えず家に上がり昼飯を作る為に台所に立つ。
「んむ……」
とは言ったものの、「な、なんじゃこりゃ~」的に冷蔵庫の中身はあり得なかった。
冬真が言葉を失う程だ。
冷蔵庫の中の全ての食材と調味料が賞味期限を越え、更に消費期限を越えている。
例を挙げるならば醤油は四年前の夏に、キムチに至っては七年前の冬に昇天されている。
特別、これと言って臭いニオイがある訳でも無かったが――むしろ臭くない方が恐ろしい――結局何を作るにしても元々無理だったワケだ。
とは言いつつも腹は空いているし買い物は出来れば行きたくないが、どうやらそうせざるを選ないらしい。
「なぁ、材料全部腐ってんだけど?」
取り敢えず冬真は冷蔵庫の現状をじじいに報告する。知っているのだろうか、祖父は冷蔵庫の実状を。
「ぜ、全然腐っとりゃせんよ。ほらこれとか……」
祖父は目をまったく合わせようとせずにあるモノを取り出して、それの詳細表示の場所を指した。
「? これって今日食べる用に買った弁当じゃねぇのか? ……んじゃ、じじいはソレ食ってろ。愛染、「飯食ってく?」って、俺が訊いたんだけど、時間掛かりそうだし今日は帰って食った方が良さそうだぞ」
「ううん、待ってるよ。てか、買い物行っとでしょ? なら、あたしも一緒に行くよ」
「あ? お前腹減ってんだろ? 家帰った方が早いだろ」
「そんなん良かとー! ほら行くよ?」
そう言った愛染は一人、玄関に向かって歩いて行く。
何故か仕切られてしまった事に対して冬真は煮え切らないまま、取り敢えず愛染の後を追って道に出た。
それから二人して学校から来た道を少し戻って右に曲がると、もう商店街は目と鼻の先に見えていた。
建ち並ぶ店の間を往来する人々は、殆どがこの近辺のおばちゃんだ。
昔と比べてシャッターが降りている店が増えた気もするが、やはり過疎化はどうしようもないようだ。
「さて、何を作るか。何か食いたいモンある?」
「食べたいもの、ね。んーと……オムライス! オムライスが良か! ――って、さっきから気になってんだけどサ。なんで名前で呼んでくれんと? 「あいぞめ」なんて言いにっかろ?」
急に後ろで愛染が止まった気配がしたので、冬真が振り向くと案の定俯いていた。
「ん、別に。そういうのはあんまし気にしない方だからな、俺は。じゃあ……華」
「……じゃ、じゃあって何よ! バカ!」
「痛ってッ!? 何だよお前。お前が名前で呼べって言ってきたんだろ?」
華に何故か突然グーで殴られた冬真。
突然の事に流石の冬真も納得がいかなかった。
「そりゃ、そーだけど――もう良か! あたし帰るっ!」
華はそう言い切ると、自分の家である銭湯に向かって走って帰って行った。
――まぁ、これが妥当な立ち位置だな。
華の後姿を見つめながら、冬真は少しだけ寂しそうにぽつりと呟く。
冬真は分かっていた。
地元に戻って来て昔の友達と再会して、少しだけ昔に戻れたような「気がしていた」だけなんだ、と。
もう以前みたく友達とヘラヘラ笑ったりバカ騒ぎやったりなんて、出来やしないって。
今の冬真が本人の全てなんだって。
「ふ、こういう感情……とっくに無くなっていたと思っていたんだけどな」
自嘲気味に笑う冬真は徐に、近くのショーウインドに映る自分の顔を眺め――ようとした。
「っ!? びっくりした、マネキンかよ」
息を呑んだ。
何故ならそれは、そこにある筈の自分の姿がなかったからだ。
ただ映っているのは、かなり精巧に作られた美少女型のマネキンだった。
銀色の長いまっすぐな髪に、聖職者のようなデザインの白いドレス。
冬真は思わず「外人仕様」とは寂れた商店街にしては中々洒落てんじゃん、と考えてしまった。
マネキンのクセに、左腕の一部が明らかに色の違うパーツで目立っている。
壊れたのかは解らないが、もっと違和感の無い部品と交換すれば良いのにと思ってしまった。
と、その時だった――。
「うげっ!?」
ガラスに映るマネキン美少女の眼球が突然ギョロリと動いて冬真の姿を捉えた。
目が……合ってしまった。
冬真の背中を悪寒が撫でる。
「あ! よかったです、冬真。やっと私が見えるようになったんです?」
すると彼女は小さな口を開き、途端に顔を綻ばせて笑みを見せる。
えへへと無垢な笑顔を見せる彼女と、釣り合いの取れた可愛いらしい声だった。
もしかしてマネキンだと思っていたのは、実は店の中にいた人だったのか?
そう考えると冬真は途端に恥ずかしくなった。
それもそうだ。
冬真が店に近づき過ぎて分かり辛かったが、このショーウインドはパン屋のモノではないか。
そもそも、衣類品を扱っている筈が無いのだ。