03:帰郷(2)
◇ ◇ ◇
敷宮道場もとい今日から住むことになるこの家は学校からもそう遠くはなく、商店街も徒歩5分程度の近場にある。
「久しぶりに見ると、でかいな」
「そう? ま、無理もないよね。最後に見たのって十年前くらいだっけ?」
その道場は見た目でもかなり広く見える。何でも敷地は約三百坪もあるそうだ。
表札には古ぼけた木に敷宮と達筆で彫られている。
入口の門をくぐると赤褐色の敷地、その左奥には大きくて立派な道場と右側に二階建ての民家があり、それらを繋ぐように飛び石が延びていた。
冬真は (と思ったが何故か愛染もついてくる)民家へ直行し呼び鈴のチャイムを押す。
「おい、じーさん?」
数回呼び鈴を鳴らして少し待ってみたが、一向に出てくる気配も返事すら無い。
「ん? 留守か? もしかして……居留守か?」
不審に思った冬真は訝し気な表情を浮かべ、引き戸の取手に手を掛けた。
その時だ――。
「スキ有りッ!」
「!? がっ……」
一瞬、冬真には何が起きたか分からなかったが、一つだけはっきりしている事がある。
「痛ッてェ!」
不意を突かれた事もあり横腹に大きなダメージを負った、と言う事だ。
上体を起こすと大分吹っ飛ばされていたみたいで、患部である脇を摩りながらふらふらと立ち上がる。
シャツをめくると脇腹に何かで突かれたように円く赤くしている場所が一カ所だけあった。
道理で痛いワケだ。
「少年、まだまだじゃな」
バシッ
背後から懐かしく、聞き覚えのある声が聞こえたと同時に頭に鈍痛が走る
振り向けば、祖父が何を思っているのかニヤニヤしながら立っていた。
黒のバンダナを頭に巻き付け、今も右手の木製の棒で俺の頭をリズムよく叩いている。
ハゲてはいないが綺麗に全ての頭髪は白。
上は白、下は黒色のごく一般的な道着を着ていた。
「てんめぇ……とんだ歓迎の仕方だな」
「そいは冬真が避けきれば良かっただけの話じゃろが。相変わらず父親と負け劣らず鈍感じゃんねぇ。しかも引っ越し早々、こげんもじょか(=こんなに可愛い)女の子連れてぇ」
なるほど、ニヤニヤの原因は奴(愛染)か。
そう、冬真は察した。
駆け寄ってきた愛染が心配そうに声をかけてくる。
「ちょっと冬真、大丈夫!?」
「別に……」
冬真は言葉とは裏腹に、腹の痛みを隠しきれていない様子。
声にも覇気がなかった。
「さてと、お前達、飯は済ましたんか?」
不意に話題を変える祖父に対し「んのくそじじい!」と、冬真は内心で暴言を吐く。
「まだ。何か作らねぇとな。どうせじじいは料理出来ねぇし」
「む……? 今何と? じいちゃんに向かって――」
「さっさと(腹を思っきし突いた事を)謝んねぇと飯作ってやんねぇぞ! って言ってんだ」
未だに頭を叩く棒を片手で払い退け、面と向かって怒鳴る様に謝罪を要求する冬真。
遊びには度が過ぎる程の痛さだったって事だ。
「す、スマンなさい」
「んだよそりゃ」
聞き慣れない単語に思わず耳を傾ける冬真だったが、この後、後悔と苛立ちに苛まれる事になる。
祖父と会話が成り立ったことは、冬真の記憶上数える程しか無かったからだ。
「スマンとごめんなさいを組み合わせた造語じゃ。これで「済まない」よりも――」
「飯、いらねぇんだな?」
「済まんかった。許してくれい!」
――そうだった!
冬真はハッとした。
そう言えば「武術以外は何もやらせるな」が、先に逝ってしまった祖母の口癖だった。
冬真は漸く祖父のダメさを思い出す。
毎回祖父自身が作る飯の味は壊滅的であり、それを半ば無理やり食べさせられた経験のある冬真は忘れる筈が無いのに――。
おそらく恐ろしく不味いモノを食べさせられたからか、頭の片隅にその記憶が保護を掛けられて封印されていたのだろう。
「ふふ、面白~い。そーいうトコは昔といっちょん(=全然)変わっちょらんね!」
そのいざこざの風景を見て面白がる愛染。
「他人事だと思って!」と腹立たしくなるが実際他人なので、冬真にどうこう言えた義理では無い。
「愛染、ついでだ。メシ食ってく?」
「良かと? あざーす!」
冗談半分にもそう言ってみただけだったなのだが、愛染がイヤに食いついてくるのは予想外の冬真であった。