22:契約破棄(4)
それにも拘らず転生を繰り返すなんて極稀なケース――というよりもそんな事例は彼女以外には存在しないだろう。
大前提として、幻影は死んでからすぐに転生が出来る訳では無い。
早ければ数日後であるが、遅ければ一世紀から二世紀程の時間を転生せずに、特定の形を保てないままの状態で鏡世界を彷徨わなくてはならない。
つまり端的に言えば、全ては『その幻影の運』に左右されることになるのだ。
仮に今世の幻影である『アリアンロッド』が十二回目の転生だと言うのならば、ノートが最初に生まれた年代はどんなに運が良くても相当昔であったことは確実である。
そして、ルシファ達が目の敵としている幻影はノートただ一人であるということ。
そもそも『最初の転生』からずっと消滅していないという事がどういう事を指しているのか――。
それは『当時のノートが、七つの大罪を封印した張本人ではないか?』ということである。
血族もなにも『本人』と言う事であるならば、ルシファ達の覚悟と怒りにも納得が出来よう。
「あーそうサ。ちっ、名前すら聞きたくなかったゼ。ひひ、痛い目見たくなかったら、さっさとアイツを出しナ!!」
アリアンロッドの問いに対して嫌々ながら即答するさまを見れば、この可能性は事実なのだろう。
もしそうならば尚更アリアンロッドの意志は固くなる。
彼女は袖口でゴシゴシと涙を拭うとその場に立ち上がり、ルシファの目に強い眼差しを向けて口を開いた。
「……嫌、です!!」
態度とは裏腹におずおずとした口調で言い終えると、やはり怖いのか下唇をぎゅっと噛み締めるアリアンロッド。
身長差もあり、どうしても見上げてしまう彼女は、恐怖のあまり唾さえ飲み込めない程だった。
「あ? 嫌だっテ? ……、あハッ」
一瞬その返答に息詰まるルシファであったが、途端に明るい笑みを浮かべた。
先ほどまでの不気味な笑いではなく、爽やかな笑い声を上げて。
「ふ、ふふふ」
そんなルシファに対してぎこちなくも、取り繕うようにアリアンロッドは笑顔を合わせる。
相手の表情が自分よりも先に綻んだからか、思わず彼女も頬を緩ませたのだ。
そして同時に「話せばちゃんと分かってくれる人なんだ」と、感じてしまった。
「あぁン? 嫌ダぁ!?」
その甘い考えが間違いだとも判断できずに。
次の瞬間には、鋭い蹴りがアリアンロッドの下腹部に深く食い込んでいた。
「がっ……あ、あぁあッ!?!?」
あまりの激痛に、思わず地面の上をのたうち回るアリアンロッド。
その痛みは、日頃から受けている冬真の暴力的突込みの比では無かった。
患部辺りの衣服を握りしめ、呻き声を上げながら身を屈めている。
「おいおい、クソアマさんヨォ。俺様に反論するとは肝の据わったガキじゃねーカ。ェエ? その度胸だけは買ってやるヨ。けどナァ、身の程を知らないガキはスッこんデロ。目障りだ」
冷めた口調でそう告げると、ルシファは倒れた冬真を足蹴にしながら横目でアリアンロッドを一瞥する。
「そもそもオマエェ、さっき契約破棄しただロ? コイツのことなんざほっといてドコでも行ったらどーヨ? ァアン?」
「ぐっ……止めて、下さい。これ以上、そのひとを傷付け――」
蹴られた下腹部を両手で押さえながらも、アリアンロッドは出来る限りの声を張り上げて頼み込む。けれど、彼女の願いは叶わない。
ルシファは力なく横たえた冬真の背中を踏みつけながら、アリアンロッドに向けて不敵な笑みを浮かべてみせた。
「やーなこッタ。それよりさっきから言ってっケド、いい加減アンタ邪魔なンだよナ。『獲物』を誘き寄せる『エサ』の周りに『ハエ』が集れば、獲物の食いつきが悪くなんだよ!」
「え? それって……」
アリアンロッドはルシファの意味深な言葉に、微かに反応を示した。
何となくだが、直感で分かったのだろう。
ルシファの今発した言葉は、冬真やアリアンロッド達のことを例えて言っているのだと。今までの会話から推測するに『獲物がノート』で『エサが冬真』を、そして『ハエがアリアンロッド』だとすれば、大体察しがついてしまう。
ルシファは、気絶した冬真を復讐の対象であるノートを誘き寄せるための餌として利用するつもりなのだ。
「こんだけ言っても分かんネェ? ひヒッ! 俺様はまだコイツに用があんノ。さっさと失せなヨ!」
アリアンロッドは鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を受けた。
まさか気絶して身動きも取れない人間を私欲の為に利用するなど、彼女は考えてもみなかったのだ。
このままじゃ冬真は何をされるか分かったものではない。
けれど気絶した男の子一人を担いで逃げられる程、アリアンロッドに筋力はなかった。
それは彼女自身が重々理解していることである。
「わ、私は逃げません! そんなこと……させないっ!」
アリアンロッドは何も出来ないことへの悔しさに歯噛みすると、負けん気で両腕に力を入れて上体をゆっくりと起こす。
「ひヒッ、オマエがここに居たって、何一つ役に立たねぇんダ。……それとも何か? オマエが『エサ』になってくれんのか?」
ルシファはそう言うと、嬉々とした表情を浮かべながらパキパキっと指の骨を鳴らす。
殴り足らなさを露骨に表現するように。
「そ、れは……」
「ほらナ。やっぱり、人間てぇのは自分が一番可愛いンダ。それは人間の表裏一体の存在である幻影も同じことサ。所詮、他人を守りたいなんて、偽善でしかねぇんだヨ。まっ――」
そう言ったルシファは一旦言葉を切り、フッと姿を消した。
ようやく上体だけを起こした彼女だったが、緊張感に表情を強張らせて息を呑む。




