12:招かれざる客(5)
◇ ◇ ◇
「何を泣いている?」
恭平は突然聞こえた背後の声にハッとした。
まさか……この速度に――【神獣の脚】――に付いて来られる存在がいるなんて。
すぐさま体の向きを反転させると、恭平は麒麟を握り締めて臨戦態勢をとる。
シュッ!
「ッ!?」
唸りを上げて急接近する何かを、恭平は自身の目で捉えた。
「くっ!!」
恭平は上体を仰け反らすことで、間一髪ではあったが躱すことに成功する。
しかし二撃目を見切ることが出来ずに、恭平の頬を剣閃が掠めた。
一筋の浅い切り傷が走り、つぅと鮮血が溢れてくる。
――今のは危なかった!! 避け切ったと思ったのに……って、マジか!?
シュッ!
シュシュッ!
シュッ!
初撃を回避して安堵の息を吐く間もなく、金髪男の連続突きが雨のように恭平に襲い掛かった。
手数や速度は冬真の【十一の段・雨】と同程度だろうか。
動体視力がズバ抜けて高い恭平にとっては剣が残像として見え、複数の剣閃が同時に襲ってくるように思えた。
しかし武器が剣である事に変わりはない為、攻撃範囲は1.7メートルほどであろうか。
――だったら、攻撃範囲外に逃げてしまえば良い!
単純な事だ。
恭平は金髪男の【連続突き】を回避する為に、バックステップで大きく距離を取った。
「ッ!? はは、膝が……」
急激に体を動かした反動か、はたまた得体の知れない者への恐怖か……とにかく着地した瞬間に恭平の膝は笑っていた。
これ以上の戦闘は危険だと、身体が脳に訴えているのだ。
とは言うものの、身体がボロボロだと危険信号を訴えたからといって、金髪男が恭平を見逃してくれるワケではない。
寧ろその逆で、恭平達を追い詰める絶好の機会だと舌なめずりしているに違いなかった。
「ふん、くだらない。お前の様な貧弱な人間が正義を司る美徳、とは。皮肉なものだ」
がくがくと震える恭平の膝を見た金髪男は酷く冷めた表情でぼそりと零した。
そして期待外れも良い所だ、と言わんばかりに鼻を鳴らす。
「あ? 何だよ、美徳って。いきなり出てきて、ごちゃごちゃと……。ワケ分からンこと言うな!」
声を張り上げた所で現状を打破できるなどと、思ってはいなかった。
けれども処理落ち寸前の恭平の頭からは、煙が立ち上りそうな程に熱を帯びているのも事実だ。
これ以上余計な知識を詰め込まれたら、それこそ恭平の頭は暴発してしまうだろう。
「それすらも知らぬとは。どうやらお前を買いかぶり過ぎていたようだ。もう良い、逝け!!」 「おわっ!!」
シュッ
先程と同様の突きを、なんの予備動作もなく繰り出す金髪の美青年。
その鋒からは『ナニカ』が放たれた気がする。
確かに向かってくる『ナニカ』に対して、恭平は突剣状態の麒麟を盾代わりにして防御の姿勢を取る。
ガンッ!!
瞬きする間もなく、次の瞬間にはビリビリとした衝撃が麒麟を通じて掌を襲う。
「くぅう~。い、てぇ……」
余りの衝撃に、もう少しで突剣状態の麒麟を弾かれてしまうところであった。
掌の神経が一時的に麻痺したのか、麒麟を握っている感覚が殆どなかった。
それ程の衝撃を生む『ナニカ』が、麒麟の峰に衝突したのだろう。
麒麟に衝突した何か――それは圧である。
素早く細剣を突き出した際に生まれる『風圧』だ。
恭平の【雷昂破】は雷撃を纏っているので可視できるのだが、金髪男のそれは純粋な風圧であるが故に目で捉えることは出来ない。
――見えない飛び道具なんて、卑怯だろっ!!
恭平にとって、まさに脅威そのものであった。
「さァ、止めだ。ハッ!」
金髪男は神速とも言える速度で再び細剣を突き出し、見えない風圧を繰り出した。
――見えねぇ。見えねぇケド……あの風圧は同じモーションから繰り出されている。だったら、鋒の方向さえ読み違わなければ躱せる筈だ。
がくがくと震える膝に鞭を打ち付ける。
金髪男の狙い目をよく見定め、思いっきり横に飛んだ!
「ふっ!!」
横に飛んで回避したのは良いのだが既に足に力が入らないらしく、そのままゴロゴロと側転して受け身を取った。
ボロボロな身体の状態で、綺麗に着地することは出来なかったのだ。
しかし横目で金髪男を視界に捉えると、既に次の一撃を放とうと剣を構えていた。
呼吸を整える時間さえ与えてくれないのだ。
――くそッ!! こんなところで死んでたまるか!!
恭平は心の中で悪態を吐きながらも、必死で金髪男に反撃する。
よろけた状態ではあったものの、利き手下段から上段に向けて突剣を大振りした!
「これでも食らえっ!」
ブゥンッ!!
衝撃波に麒麟の電撃を纏わせる恭平渾身の【雷昂破】だ。
いつにも増してその衝撃波は大きく、脅威ともいえる程にバリバリと雷鳴が轟いていた。
「……、……ふ」
「ンなっ!?」
しかしバリッという短く小さい放電音と伴に、恭平渾身の一撃である【雷昂破】は消滅してしまった。