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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第9話:真夏の孤島「H」
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25:黒の狙撃手(3)

 これで『弾』の装填は完了である。

あとは照星と照門で大まかな対象の位置を確認して、最後に高倍率照準器で正確な照準を合わせた。


肺いっぱいに空気を吸った翠子は、静かにそれらを吐き出す。

そして最も気を集中出来る程度の空気を肺に残しつつ、彼女は息を止めた。

彼女の集中力が最大限に高まった合図である。


 ――まったく。理解出来ていないのならば、教えて差し上げます。現代兵器がどれだけ優れていようとも、幻影(ファントム)の前ではただの――。


「紙装甲、です」


 ぽつりと零した翠子は狙いを砲塔の中央に定めたままに、引き金を強く引き絞った。

射撃音は全く無い。

弾丸が空気を切り裂く音さえ発する事は無かった。


 ガッ、ィィイイィィイン……。


 次の瞬間には、砲塔の錆びきった装甲の辺りで鈍い金属音と共に小さな火花が散る。

射撃から着弾までを瞬き一つせずに見ていた翠子は、大きな目を更に見開いた。


「ッ!? 弾かれた……!?」


 彼女の自慢の「弾」が貫通は(おろ)か、簡単に弾き返されてしまったからだ。

こんな事態になるなど、翠子は全く(もっ)て想像していなかっただけに彼女のショックは大きい。


翠子の身体の一部を弾丸として射出する特殊な狙撃銃・アヌビス。

射出される弾は身弾(しんだん)と呼ばれ、その中の一つである貫髪(かんぱつ)は貫通属性に特化したものである。


たった今、翠子が撃ち出した弾がそれだ。

直径約五〇ナノメートルの弾丸により、周囲への力の分散が全く無いそれは、通常ならば分厚い鋼鉄の板に軽々と風穴を開けてしまえる程の威力がある。

という事は、攻撃対象である戦車の装甲はそれ以上の硬度を持つことになる。


 ――錆び付いた鉄くずのクセに。


 悔しさに、顔を(しか)めた彼女であったが、口の中で薄っすらと血の味がする事に気付いた。

どうやら無意識の内に下唇を噛み締めていたらしい。


 ――とにかく、移動しないと。これ以上、長居していては場所を特定されてしまいます。


 中腰の姿勢を保ちつつ、翠子は反時計回りに移動しながら次の一手を考える。


「いつも猫背のくせに中腰? くくっ」


 中腰を意識しながら場所を移動していると、狙撃銃状態のアヌビスは彼女を馬鹿にするように短く笑った。

どうせ翠子は普段から猫背なのだから「中腰もなにもないだろう」と言いたいのだろう。

それを察した翠子は、恥ずかしさに薄っすらと紅潮した頬を隠す様に少しだけ俯く。


「う、うるさいですね……ばか」

「くくっ、スマン。だが安心しろ。アレ(・・)は今、次弾を装填中だ。まァ、そろそろ頃合いだろうがな」


 アヌビスが翠子へ忠告すると同時に――見た目は完全にガラクタの――戦車の砲塔が旋回を始める。

ゆっくりと旋回する砲塔は、翠子達の居る場所に砲口を向けてピタリと静止すると、上下の微調整を始めた。

どうやら翠子達の居場所は、既に戦車にバレているらしい。


巨大シダ植物の迷彩に体を潜めているのだから、向こうが彼女達の姿を見つけるのは容易では無いだろう。

そんな悪条件下でも居場所を特定出来たと言う事は、向こうは特殊なセンサーでも装備しているのだろうか?


居場所が簡単に割れるのならば、これ以上隠れても無意味。

比較的太い幹を盾にし、戦車という驚異から翠子達は身を潜めた。


型式が古いとは言え、戦車に変わりはない。

どれだけ混鏡世界(テスカポリカ)内で身体能力が上昇していたとしても、これ以上の直撃を受けるのは翠子としても好ましくなかった。


もう一人の自分である幻影(ファントム)を使役する稀人(まれびと)は、様々な状況への適応能力が一般の人間と比較してずば抜けて高い。

(ゆえ)に、こんな異常で異様な状況だとしても、それ自体に対して稀人が狼狽(うろた)える事はない。

それは翠子も例に漏れず同じであった。


今のタイミングならば、いっそのこと撤退という選択肢もあっただろう。

けれども翠子は、その選択肢を選ばなかった。


好きな人にフラれて髪を伸ばし、家族以外の誰とも干渉しなくなった彼女。

だから、自分の思った通りにならないという場面に遭遇する事が殆ど無かった。


いや、それでは少し語弊がある。

かつての天音翠子という人物は、自分の意志や意見を持って生きてはいなかったのだから。

意志や意見を持たなければ、そもそもが「思った通りにならない」という状況に置かれることは無い。


それが今はどうだ?

自分の事を認めてくれる仲間ができ、心地の良い居場所が生まれた。

まだ馴染めていない部分も確かにあるが、それでも居場所が出来たという事実は彼女にとって大きな変化を(もたら)している事に変わりはない。


人間の「感情」だ。

普通の人間には元々ある感情が、ようやく彼女の中にも戻りつつある。

しかし、戻りつつあると言う事は「あくまでも」完全ではなく、あまり自制の効かない状態でもある、というコトだ。


「……えぇ。少し黙らせましょう」


 とある感情により、翠子からは少々熱の篭った声がぽつりと零れる。

その感情の正体は――すなわち「苛立ち」であった。


命が危険な状況だとしても、自制が効かない状態である翠子は適切な判断が出来ないでいる。

これは、感情が先行してしまっていると言い換えても良い。


思春期を迎えた青少年達にはありがちな事ではあるが、彼女の場合は(さき)の事情もある為顕著(けんちょ)に出ていた。

故に、普段の翠子からは想像もできない様な言動である。


「ならば、もう一発ブチかませ!」


 アヌビスの声を聞き、翠子は自身の髪に再び手を伸ばした。


 ――そうですね。私の身弾(しんだん)が効かなかったとしても、まだ一発目。次は、そうはさせません。


 翠子は戦う決意を固め、先程よりも長い髪を一思いに引っこ抜いた。

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