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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第1話:鏡の世界へ「V」
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02:帰郷(1)

 ◇ ◇ ◇

 警視庁から場所は移り鹿児島県守浜(かみのはま)市。

その西端に位置する学校、市立守浜高等学校――。

暫くの間、静かだった校舎にも活気が戻った。

並木の桜が舞い、柔らかな陽射しがちらつく中を登校する生徒らがちらほらと見える。

それは新学期の始まりを意味していた。


どの教室でも久しぶりに会う級友とたわいない会話が続いている。

それは新入生も例外ではなく、入学式が執り行われる前の間、待合室である教室で各々コミュニケーションを図っていた。


「ねぇ、さっきからずっと机に俯いてばっかだけど、どしたの? あたしは愛染華。よろしく!」


 声をかけられた少年がゆっくりと上体を起こして愛染を見ると、彼女は無垢な笑みを浮かべながら握手を求めていた。

背はさほど高くなく、パッチリとした二重の目が印象的である。

年頃の女の子らしく髪を染め、長めのヘアピンで前髪を留めていた。

引き下がる素振りが無いので取り敢えず握手に応じると、すかさず質問してくる。


「君、名前は? 出身ってどこ中?」

「――敷宮冬真。新宿第一中。……何か用?」


 間を置き冬真は眉間にシワを寄せて名乗る。

サラサラな黒髪が鼻にかかる程伸びているため、微かに見える細く長い眉毛。

ちらつく前髪からは眉毛と同じように鋭い切れ目が覗いていた。


「と……うま……冬真ッ!?」

「何だよ」


 迷惑そうな表情はそのまま、声にもその感情が移ってしまったのだろう。

冬真の声色がガクッと下がった。


「もしかして、あたし達が五才くらいの時に引っ越してった、現警視総監の息子のあの冬真!?」

「だから、何?」


 彼が肯定の返事をした途端に更に目を丸くして驚く愛染。

一体それが何なのだろう、と冬真は思った。


「ほら、あたしだよあ・た・し! 愛染銭湯の娘の」

「せんとう? セントウ……銭湯……あぁ、アレか」

「もぉー。アレって、ひっどいなぁ。てか久しぶりだね! 背ぇ伸びたと?」

「……別に」

「もう、どうしてそんな冷たかと? 昔はもっと優しかったとに……」

「あーも、昔ん事なんか忘れた。あっちん行っちょれ(むこうにいっていろ)! って、あ――」


 しまったと思った時にはもう遅い事もある。

冬真は深く後悔するかのように愛染から視線を逸らせた。


「へ~え? 都会に行ってもやっぱ根っこは田舎者なんだぁ! へー! へー!」

「うっさいな。時間だ、行くぞ」


 騒ぎ立てる愛染を尻目に冬真は席を立った。

入学式の会場である体育館に、ぞろぞろと他の生徒らが向かい出したからだ。

体育館に着いてそのまま中に入ると、用意されたパイプ椅子が整然と並んでいた。

誘導係なのだろう若手の教師から順番に座るよう指示が出される。

どうやら冬真達は最後の方だったらしく、椅子に掛けてから数分と経たぬ内に開式のブザーが会場に響いた。


 式は小中と差ほど変わらず、延々と御偉い方の長ったらしい(有り難い)式辞を聞くだけ。

と言っても真面目に聞いている生徒は殆どいない。

さっきの時間に仲良くなった友達と話をしている。

()しくはうたた寝をついている生徒が大半を占めていた。

その長い尋問とでも言えるような式辞が終わるとホームルームがあり、解散となる。


「起立、礼」


 出席番号一番の男子生徒が号令を掛ける。

入学式の後に教室に戻り、(ようや)くホームルームが終わりを告げたのだ。

昼前とあってか直ぐに帰る生徒が多かった。

冬真も当然その一人だ。


「ねぇ、引越先の家ってやっぱ前の家?」


 席に座って帰りの支度を始めると、既に荷物を(まと)めた愛染が訊いてくる。


「いや、敷宮道場。どうせじいさん一人だろうし」


 冬真の父親である敷宮光秋は警視総監。

その彼の父親、つまり冬真の祖父は鹿児島で武術を教えている。

専門は杖術であり、当然ながら師範。

武家家系に生まれた冬真も例外では無く、幼い頃に洗礼という名の「祖父の稽古」を受けた過去を持つ。

ただ、斜に構える冬真が祖父の下を離れていた期間でも稽古を継続していたのだから驚くべき事だ。

彼にとって武術は、それ程までに熱心に打ち込めるモノだったのだろう。


「え? まじッ!? そんじゃあウチと超近いじゃん」

「? 銭湯ってその辺だったか? まぁ、いいや」


 身支度を済ませた冬真が立ち上がる。

愛染の話に対して生返事ばかりで、あまり話に身を乗り出して聞こうとはしていない様子だ。


「いやいや、良くない! 良くなかよ! 毎日、冬真のおじいちゃん来てくれとっとよ!? 冬真も今日からおじいちゃんと一緒にウチ(お風呂に入り)に来ること! オーケー?」


「……ったく」


 冬真には家に帰ってからやる事があるのだ。

くだらない話に付き合っている暇はないとでも言いた気に、相槌もせずにふらっと教室出口に向かおうとする。


「ああ、逃げないで! どうせ帰り道同じなんだし一緒に帰――」


 グゥゥ。


 なんの前触れも無く、愛染の腹の虫が鳴く。

しかも案外大きな音だった。

途端に彼女は(うつむ)いて両手で顔を隠す。

耳まで赤く染まっていた事は触れないでやろう。と冬真は考えた。


「お腹減ったし、早く帰ろう――って、ああ! 早っ!」


 彼女の反応には興味を示さず一足先にふらっと教室を出る冬真を、愛染は慌てて追いかけるのだった。

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