23:黒の狙撃手(1)
◇ ◇ ◇
時間は少しだけ遡り分岐地点にて冬真達と別れた先の中央の道――更にその奥で天音翠子とアリアンロッドは、堂々と構えるソレを前に言葉を失っていた。
大凡、島の中央に位置する彼女達の眼前には開けた空間が広がり、周囲を大型シダ植物達が覆うように取り囲んでいる。
それだけならばまだしも、時代錯誤もいいトコロの遺物が鎮座しているのだから、二人の開いた口はそう簡単には塞がりそうもない。
「……、……?」
「なんで、こんなものがここにあるンです?」
あまりにも場違いである事に変わりはないのであるが、ここも『当時』は戦場であった――と考えるのが自然なのであろう。
どこからどう見ても、誰がどう見ようとも……ここは無人の孤島。
地図に載ってはいるのだろうが、マイナー過ぎて名も知らない無名の土地。
当時の技術で搬送することが出来たとしても、こんな辺鄙な島にわざわざ配置する意図が掴めない。
「私も知りません。それにしても、初めて見ました……戦車」
翠子にとって初めての戦車は、見聞通りの武骨さが目立つものであり、無数の創痕が当時の歴史を感じさせるものであった。
周囲に人の気配がないと感じた翠子は、きょろきょろと周りを見ながら戦車にゆっくりと近付く。
ぐるりと一周回って戦車の状態を見たが、当然ながら最近動いた形跡はなかった。
リベットで雑然と継ぎ接いだだけのブリキ装甲には、青々とした苔がびっしりと生えている。
おまけに履帯回りには太い蔦が寄生するように絡み付き、幾重にも複雑に帯び重なっていた。
――ん? あれは……布?
ふと気になった砲塔部に視線を向けた翠子は、砲身に巻き付いた布に興味を示した。
経年劣化でぼろぼろに傷んではいるものの、白地に太陽を模した赤い丸、放射状に延びた太陽光――旭日旗である。
それは砲身から絶対に落ちないよう、太めの麻紐で堅固に縛り付けてあった。
旗の端には、小さく昭和二十年四月十日と刺繍が施されている。
その日が製造日なのか、はたまた出陣日なのか、今となっては分からない事だ。
けれどそれだけ昔から戦車がこの場所に存在するという事は、開戦から終戦まで死守していたに違いない。
けれども戦争は終結した。
誰かがそう告げてくれる訳でも無く、終結した事を知らない兵士達は――命が尽きるまで戦っていたのだろう。
では、人と同じく戦場へと赴いた戦車は?
これも憶測の域を出る事はないが――ただただ廃棄されたのだろう。
当時の回送コストを考えると、当然ながら政府に金銭的な余裕は無い。
ならば用済みになった機体一台くらい、回収せずに切り捨てた方が得策なのだ。
つまるところこの戦車は、長い年月を誰も居ない孤島で放置され、大自然と同化しつつある――兵器の成れの果て、と言えるであろう。
――とても、可哀想なコですね……。
哀愁からか目を伏せる彼女が、そっと戦車の躯体に触れる。
「っ……!?」
ひんやりとした躯体かと考えていた翠子は、反射的に触れた手を引き戻した。
指先がじんじんと痺れるような感覚に陥っている。
まるで火傷でもしたかのような、そんな痛みだ。
一体何事かと考えを巡らせている彼女の骨盤辺りから、妙な高温の反応を感じとる。
そこに入れているのは一つしかない。
彼女は自身のスカートのポケットに手を入れ、とあるものを引っ張り出した。
その瞬間、彼女は硬直する。
彼女の記憶では、取り出したモノは薄緑色をした半透明な箱であったのだが、今は正反対の状態にあったからだ。
燃える様に赤く、しかしながらプラスチックのような半透明の材質はそのままに――相も変わらず、箱の中の基盤が薄っすらと見えている。
ポケットから取り出したもの、それは幻核であった。
幻核は通常、混鏡化を人為的に引き起こす装置である――にも拘らず、彼女はそれを持っている。
翠子にどんな意図があるのかは彼女自身しか知り得ない事情ではあるのだが、とにかく彼女の幻核は通常ではありえない程に熱を帯びていた。
手に持つことが出来ない程の熱量では無いとしても、今までこんな状況には直面した事はない。
とくん……とくん……。
その上、幻核は生き物の様に脈を打っていた。
まるで小さな心臓を、剥き出しの状態で握っているような錯覚さえ覚えてくる。
本当に不思議な現象であるが故、翠子の戸惑いと不安は強まるばかりだ。
とくん……どくん……ドクン……。
おそるおそる幻核を戦車に近づけてみると、小さな脈の波は徐々に大きな鼓動へと変わる。
近付ける程に幻核の鼓動は早くなり、バイクのアイドリング音のようなリズムを刻み始めた。
ドッドッドッドッ……――。
逆に遠ざければ鼓動は小さく、ゆっくりと治まっていく。
あまりにも異質な状況に陥った翠子は、気が動転してしまいそうであった。
――な、なに? 何が起こっているというの? まるで戦車と幻核が共鳴でもしているかのような……。と、とにかく、この戦車に幻核を近づけてはいけない!
そう思った彼女は、すぐさま引き返そうと踵を返す。
「あっ……」
けれども自身のスカートの裾を踏み付けてバランスを崩す翠子は、戦車目掛けて倒れ込んでしまった。
反射的に手を突こうとしようとも運動が苦手な彼女としては、やはり他人とはワンテンポ遅れてしまう。
結果として、顔面から戦車の装甲に突っ込んでしまったワケだ。
さながら“びたーん”という効果音が妙にしっくりしてしまうその様は、あまりにも痛々しい。
「ぉ、おぉ……おぉぉおぉ……」
翠子はその場で小さく蹲り、あまりの痛さに悶絶してしまう。
そして涙を目尻にいっぱい溜め込みながら、恨めしそうに戦車を見やった。