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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第9話:真夏の孤島「H」
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22:煉の過去(4)

 思い返してみれば、獣道を進んでいた時はひんやりと気持ちの良い風が吹いていたものだ。

それにしても暑い……焼ける。

熱い……溶ける。


二人とも辛抱堪らないのか目配せをすると、大型植物の葉が垂れて出来た日陰に無言で移動する。

あまり涼しいとは思えなかったのだが、それでも直射日光に晒されるよりはよっぽどマシであった。


ただでさえ気分の(すぐ)れない混鏡世界(テスカポリカ)の渦中では、歩く事でさえ体力をゴリゴリと削っていくのだ。

正直なところ頭が沸騰しそうな程にクラクラしていた冬真は、大きく深呼吸をしては舌打ちを零す。


 ――ったく。幻覚が見えないだけ、マシか……。


 煌びやかな波が打ち寄せる海岸線が眼前に広がり、さざ波の心地よい音が耳を優しく撫でる――。

などと、風景を期待していた自分が馬鹿みたいだなと、冬真は自嘲気味に笑う。


南国ということもあり、確かに海は綺麗である。

それこそテレビ番組のドキュメンタリーで目にするような澄んだ青をしていた。

けれども、ただのソレだけである。

混鏡世界(テスカポリカ)の発生原因の手掛かりがある訳でも、ましてや救難信号を送る事の出来る道具が転がっている訳でもない。


 ――にしても森への進入路を見た限りでは、俺達が出てきた獣道の一本だけなのであれば、他の奴らがこの海岸に到達しているとは考えにくいな。他の道が行き止まりなのか、俺達だけが外れなのか……?


とにかく、ここには特筆するようなものが無いようなので、二人は「来た道を戻る」という方針で意見が合致した。

有益な情報があるワケでも無く、ただ居るだけで消耗してしまうならば、早々にこの場を退却した方がいい。


煉は冬真に目で訴えかけると、元来た獣道へと顎をしゃくった。

大方(おおかた)、早く引き返すぞ、とでも言いたかったのだろう。

踵を返すと足早に獣道へと直行する煉の背を追い、冬真は駆け足を踏んだ。


と――その時だ。


 ドォォオオオオンッ!!!!


「なッ!?」


 モノ凄い大きさの轟音は唐突に轟き、二人の鼓膜を激しく震わせる。

同時に空気の波が押し寄せるよう、見えない“圧”がビリビリと伝わってきた。

更に時間差で木々を()うように風に運ばれた“ニオイ”は、冬真達の鼻腔をチクリと刺す。


その独特なニオイの正体は、おそらく硝煙(しょうえん)――花火など、火薬を発火させる事によって生じる煙――だろう。


頻繁には受け付ける事の無い刺激的なニオイを不本意ながらも体に取り込み、不快そうな冬真は眉間にシワを寄せた。

先程の轟音を聞く限りでは、音の発生源は冬真達の居る位置から相当に近い。


 ――その上、轟音の発生した方角も、硝煙が漂ってきた方向も同じ、みたいだな。一体、何が起きているのやら……。


冬真は首筋に掌を添えながら、森の中央へと視線を向けた。

そもそも混鏡世界(テスカポリカ)(異界)化が発生したとしても、土地の根幹は変わらない。


土地の根幹が変わらないというのは、異界化する時の土地の風景や特徴は変わらないと言う事だ。

元来、植物が生い茂るような無人島であったから、巨大植物で埋め尽くされるような生態系の混鏡世界(テスカポリカ)となったのだ。


植物が異常成長を遂げた結果がこれであるならば、人工的な物は存在しない。

これまでの混鏡世界(テスカポリカ)もそうであったから、冬真には確信があった。


であるならば、明らかに無人島であるこんな辺境の土地に、人工的なニオイが発生するのは……誰か、混鏡世界(テスカポリカ)になる前から人がいたのだろう。

そうでなければ説明がつかないのだ。


 ――確か真ん中の道は……翠子とアリアンロッドが二人で行っている筈だ。


二人に何かあったのかも知れないと、冬真の脳裏に嫌な予感が()ぎった。

そもそもこんな世界(鏡世界(ヴェリタス)混鏡世界(テスカポリカ))の存在を知ってしまったから……――二人が幻影(ファントム)と既に交戦しているのではないか、なんて考えすら浮かんでくる。


夏休みの旅行中に“偶然”にも混鏡世界(テスカポリカ)という名の天災に()うなんて。

まして、一般人を十数人も含んだ上で厄介ごとに巻き込まれるなんて……はっきりと言って「運が悪い」だけでは説明が付かない。


何か仕組まれているのではないか、なんて――何の根拠もないのに疑いの心さえ芽生えて来た。

――陰謀論を考えるなんて、末期だな。

冬真は自嘲気味に乾いた笑いを一瞬だけ浮かべると、すぐに表情を切り換える。

何がどうであろうと当初の目的であるこの島の調査をすれば、自ずと混鏡世界(テスカポリカ)の原因も究明出来る筈なのだ。


「ノート、そこに居るンだろ?」

「ほおぅ。(わらわ)がおヌシの傍にいるなどと、よぅよぅ気が付いたの? 褒めてやろうぞ?」


 隣で歩幅を合わせるノートは唇に人差指を(あて)がい、満足気に口角を少しだけ上げた。

先行する煉の背中に視線を向けつつ、距離が離れているので普通の声量で二人は会話を続ける。


「……。そんな状況じゃねぇ事は知っている筈だ。お前の力、貸してくれ」

「ふふっ、構わぬよ。ただし以前にも言うたが――……」

夜刃穏杖(げんそう)の使用条件だろ。分かっている」


 冬真の第三の幻装(げんそう)である夜刃穏杖(やいばのおんじょう)は少々異質である。

杖鎖刃・氷蒼燕架(ヒョウソウエンカ)と同様に昼夜問わず使用する事は可能であるものの、その性能は使用者と夜更けの度合いに比例するという特異性があった。


特異性の主な要素は「刃渡り・殺傷性・剛性・透過性」の四つである。

これらの性能は一日の内で正午に最も低くなり、言い方を変えれば「使い物にならない」といっても良い。


反して深夜で使用する場合は、相対して最も真価を発揮する代物である。

これが夜更けの度合いに比例するという、特異(やっかい)な性質の正体だ。

そんなもの、夜刃穏杖(やいばのおんじょう)が発現した時から()っている。

識っている上で使うのだ。


「ふん。分かっておるならよい。じゃが、他の者供は(わらわ)が主の幻影(ファントム)だという事を知らぬのではないか? まして以前、おヌシの「タナトス」の姿が報道され、黒杖姿の妾が公に晒されておる。何故、タナトスが使っていた黒杖を主が扱っているのかという「不審の目」は避けられんぞ?」


「別に。あいつらの頭じゃ、そこまで気が回らない。問題ない」


 ノートの言い分は(もっと)であるのだが、華と恭平の二人は全く以て問題がないという確証が冬真にはある。

JP’s(ジプス)メンバーと共に過ごす上で、勘が人並みにありそうな人はせいぜい夏希と翠子くらい。

後は論外であると、冬真は結論付けていた。


「そうか? ならば()いのじゃが」

「だったら話は終わりだ。急ぐぞ」


 隣を走るノートへと目配せをすると、冬真は走る事に集中して獣道を疾走する。

一方の彼女は話を続けたそうな素振りを見せるも、会話を中断させる(あるじ)の意志を尊重してか、それ以降に口を開く事は無かった。


冬真が獣道の先を見やると、小さく左右に動く赤い点が一つ。

二人が会話に集中していたせいか、先頭を走る煉とは随分距離を開けられているみたいだ。


唐突な混鏡世界(テスカポリカ)化と無人島での轟音、そして硝煙の臭い。

不穏な要素が散りばめられている中、真実へと辿りつく為――冬真は先を急ぐ。


「一体、この島で何が起きてんだ?」

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