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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第9話:真夏の孤島「H」
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19:煉の過去(1)

 ◇ ◇ ◇

 森に入ってから歩くこと数分。

獣道には脇の木々がアーチを描くように生えており、まるで天然のトンネルだった。

それも大型の枝葉達が驚くほどの密度で生い茂るものだから、光源は所どころ差す陽の光のみである。


 ――なるほど、これじゃ日が差さないワケだ……って、げっ!


異変に気付いた冬真は、咄嗟に急ブレーキを掛けて立ち止まった。

彼の前を普段通りに歩く翠子が、急に歩みを止めたからだ。

あまり間隔を開けて歩いていなかった冬真は、ほんの少しだけ翠子に触れてしまう。


ただし『触れただけ』というのは冬真の認識であり、彼女からすれば受け止め切れる力では無かったらしい。

それは彼女の身体能力に起因するところが大きいのであるが。


「あ……」


 右足で左足を蹴ってしまった翠子は、足をもつらせて態勢を崩してしまい前のめりに倒れようとする。

動作の遅い彼女は、不思議と倒れるのも比較的ゆっくりに感じられた。

冬真は瞬発的に動くと、彼女の両肩を掴んで支える。


「……悪りぃ」


 彼女から手を放し、怪我がない事を確認した冬真は首元に手を添えながら翠子に謝った。


「そんな事よりも、敷宮さん。どれ(・・)に進みますか?」


 ところが彼女は全く意に介していないらしく、冬真の服の袖を引っ張る。

そうしてもう片方の手で往く道を指さしながら、いつも通りのたどたどしい口調で訊いた。

調子狂うな、などと思いながらも冬真は彼女の指す先に視線を向ける。


「? どれって……あぁ」


 二人の前には、偶然にしては綺麗な円を描く空き地、そしてその先には分岐路が待ち構えていた。

周囲を巨大シダ植物が取り囲み、空き地内は膝丈くらいに生え揃った雑草――イネ科やキク科が大半を占めているが――が行く手を阻んでいる。


獣道と言う事もあり、それぞれの分岐路へと続く道の雑草は踏み締まっていた。

扇状に分岐する道は全部で五つあり、今しがた来た道も含めれば六つとなる。


となると、この森の道を上空から見れば、ちょうど団扇(うちわ)の骨組みの様な形をしているのだろうか。


「あぁって……聞いていませんでした? 幸村さんは一番左側、柴田さんはその隣、愛染さんは一番右に入りました」


 (こも)った様な口調でぼそぼそと喋る翠子は、小さな指で一つずつ指し示す。

どうやら話を聞いていなかった事に関してはあまり怒っていないらしく、彼女はマイペースを貫き通していた。


彼女の話を聞く限りでは、まだ入っていない道が二つある。

正面に構える中央の道――比較的大きい獣道である――と、右から二番目の道だ。


そして、まだ分岐の先に入っていないのは、順に翠子、冬真、藤木煉、アリアンロッドの四人である。


「へぇ……。んじゃ、藤木さんと俺は右の道を行く。翠子とアリアンロッドは真ん中な」

「ん、分かりました」

「らじゃーです!」


 冬真がそう指示をすると彼女は小さく頷き、真っ直ぐに道を進みだした。

隣のアリアンロッドも意気揚々と冬真に敬礼を向けると、急いで翠子の後を追う。

二人が分岐先へと消えていくのを見届けた冬真は、後ろの煉に声を掛けながら歩き始める。


「じゃ、俺達も行くか……」


 冬真が後ろを見たわけではないが、足音が聞こえているので煉も後ろを付いて来ているのだろう。


「……、……」

「……、……」


 しばらく歩き進めるが、一向に変化はない。この(かん)、二人は無言であった。

ただひたすらに無言であったのだ。

けれども会話が全くないというのは、やはり困りものである――というのは一般論であった。


二人は特に意に介していないらしく、ただただ黙々と歩を進めるばかりだ。

寧ろ二人にとっては、会話が無い方が気楽に過ごせるのだろう。

(おもむろ)に携帯電話を取り出した冬真が画面を見ると、やはり電波のアイコンは圏外を表示している。


 ――混鏡世界(テスカポリカ)の『外部との連絡を完全に絶つ』という特性は、ほとほと厄介な代物だな。


 冬真は混鏡世界(テスカポリカ)の特性を改めて思い出すと、肩を落としながら溜息を吐き出した。

混鏡世界(テスカポリカ)鏡世界(ヴェリタス)での携帯電話は、通話やネット閲覧が出来ないだけで、他の機能はしっかりと稼働するのだが……やはり電話である以上、連絡手段の一つを潰される事は非常に痛いトコロである。


「……、……」


 冬真がそのまま携帯電話に視線を落としながら歩いていると、煉は何を考えたのか急にその場で立ち止まった。

背後の煉に動きが無くなった事と、彼からの視線を感じ取った冬真はゆっくりと後ろへと首を向ける。

すると案の定、険しい表情の煉は胸元で腕を組み、冬真の後頭部を睨み付けているではないか。


「――オイ。てめぇ、なんでそんなに態度がデカいんだ?」


 凄ませた表情のままに煉は、冬真へと率直な意見を問う。


「別に。アンタ程じゃないさ」

「その“アンタ”って呼び方もだ。年上を何だと思ってンだよ。JP’s(ジプス)か何だか知らねぇけど、リーダーだからって調子に乗ンな!」


 冬真の発言に対して、煉は今にも彼の胸倉に掴み掛かりそうな勢いだ。

錬の言う様に、確かに冬真の言動には(いささ)か問題がある。

縦社会の日本で今後も生き抜いていくのならば、尚のこと過ごし辛いのではないだろうか。

けれども冬真としても、そういった社会に対して思う所があった。


「……年上、ね。じゃあ訊くけど、煉サンは年上らしい事をやったか?」


 冬真の思う所とは、単純に早く生まれたからといって、それを盾にしている輩が多いと言う事だ。

つまり、目上や先輩だから『偉い』であるとか『敬え』だとう発言をする(したい)のならば、目上や先輩に「見合う言動」をしているのか? という事である。


「そういうトコが生意気なんだよッ!」

「生意気で結構。呼び方なんてどうでもいいだろ」

「てめぇ、やっぱ一回シメとかないといけねぇなァッ!」


 小さく溜息を零す冬真の発言を受け、煉は彼の胸倉にとうとう掴み掛かった。

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