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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第9話:真夏の孤島「H」
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18:天災の調査(4)

 ◇ ◇ ◇

 話は戻すが、冬真が咄嗟に閃いた「アリアンロッドのホームステイ説」は、事情を知らない一般人達にとっては存外信頼性があったらしく、皆が異を唱える事は無かった。


「アリアンロッドさん、こちらこそよろしく。俺の名前は高崎敦。それで? さっき「しばらくこのまま」って言っていたけど……この気持ち悪い状況は、あとどれくらい続くンだ?」


「こ、こちらこそよろしくお願いしましゅぅ。……ンン、こほん。大凡ですが、あと三十五分かと思います」


 最初に口を開いたのは高崎敦である。

一般的な人ならば「どこの国から来た」だとか「日本語上手いね」だとか質問する内容は事欠かないだろう。

けれど今はそのような状況ではない。


懐疑の念――そもそも、なんで彼女が異界解除の残り時間を()っているのか――を彼 女(アリアンロッド)にぶつける良い機会なのだから。


一般人である敦や想にとって、人生初となる異世界――混鏡世界(テスカポリカ)は居心地の悪い場所以外の何ものでもない。

そんなもの、彼ら一般人の血色の悪い表情を見れば一目瞭然であるのだから。

一刻も早く立ち去りたい、というのが一般人である皆の本心であり、総意であろう。


「ぇええッッ!? 三十五分!? そんなに待てないよぉぉぉ」


 アリアンロッドの絶望的な返答を受け、嘆息するのは千鳥想である。

現状でも吐きそうな程に気持ちの悪い状況が、残り三十五分も続くと宣言されては気落ちするのも当然であった。


周囲を見渡せばマーライオンが幾つも点在し、潮風に混じった酸っぱい異臭が漂っている。

生き残り|(吐いていない人)は、冬真達周辺のツアー参加者だけだろう。

絶望――きっとこの場に居る誰もが、その感情を嫌という程に心に刻み付けられたに違いない。


 ――まったく……先が思いやられる。


 そんな地獄絵図を視界の端に捉えながら、冬真はその場に立ちあがった。


「冬真、どこに行くンです?」

「お前が言っただろ。散歩がてらの……あー……調査。どうせ混鏡世界(テスカポリカ)が解けるまでヒマだしな」


 そう言った冬真は、島の中央に位置する“森”へとゆっくり歩き出す。

実を言えば、孤島に避難した時から気になっていたのだ。

この鬱蒼(うっそう)と緑の生い茂った森が。


きっと、天災の混鏡世界(テスカポリカ)が発生した手掛かりが何かある――と言うのは建前で、冬真は早々に逃げたかった。

この地獄絵図と化した悪臭エリアから。


そもそも、天災の混鏡世界(テスカポリカ)に原因などありはしない。

先ほどアリアンロッド本人が言ったばかりではないか。

冬真が森に入る理由は、ただの気分転換である。


「絶対、今思いつきましたね……。でも、なにが居るか分かりませんよ?」


 アリアンロッドは心配そうに眉を(ひそ)め、冬真を引き止めようとする。

彼女が彼を止めるのにも理由があった。

この孤島は既に混鏡世界(テスカポリカ)――異界化しているのだ。

故に目の前の森も、当然ながら普通(・・)ではない。


複数の大形シダ植物が複雑に入り組みながら(そび)え立つ様は、まるで古生代・石炭紀にタイムスリップした気分である。

葉も側枝も、樹高も幹も……何もかもが規格外のそれらは、太陽の光さえ遮断していた。


真夏であるにも関わらず、森に近付けばひんやりとした風が吹いている。

どうやら巨大植物の影響で、森内部は低い温度を保っているらしい。


「まぁな。ゴキブリとか出てきそうだ。特に、ああいうトコから」


 面白半分にそう言った冬真は、とある場所を指差した。

巨大な植物達が互いに覆い被さる様に自生して出来た、一種のトンネルだ。

大きさと地面の状態から鑑みて獣道といったトコロだろう。


高さは成人男性が腰を屈めて通れるくらいで、幅も同様だ。

互いに正面を向いたままでは離合(りごう)は厳しいと容易に推測できる。


「ご……きぶり!?」


 冬真の後ろを小さな歩幅で付いて来ていたアリアンロッドは、ゴキブリという単語を受けて思わず声を上ずらせた。


「あン? 家にも飼っているだろ。なにビビってんだ?」


 家で飼っているというのは勿論、揶揄的な意味である。

誰が好き()んでGの一族を飼おうなどと思おうか。

帰りに薬局に寄って、燻蒸(くんじょう)式殺虫剤でも買っておこう。


それこそ「何を今更」とでも言いたい気分の彼は、アリアンロッドの表情を見るなり絶句してしまった。

彼女は恍惚(こうこつ)な表情を浮かべながら、獣道を凝視していたからだ。


 ――さっきのあの反応は、拒絶ではなく(むし)ろ許諾の意味合いだった、と?


「ロッド、お前ここに残れ」

「っは!? な、何でです? 私も行きます! だって冬真だけズル……じゃなくて、危ないじゃないですか!」

「ズルいってなんだよ、ズルいって。つーか、どこから出したンだ、それ?」


 冬真がジト目で睨む先に居るのは、なんとも形容し難い「虫取り少女」であった。

彼が(まばた)きする合間を縫い、彼女は“いつの間にか”虫取り網と虫かごをぶら下げていたらしい。


聖職者の姿で虫取り装備など、あまりにもナンセンスな組み合わせである。

その上、衣服もノースリーブタイプのワンピースドレスに着替えていた。


 ――大量の蚊に刺されたら良いのに。


 などと思いつつも口にはしないのは、やはり冬真だからだろう。


「えへへ……企業秘密、です! ではでは、れっつごー!」


 嬉しそうにはにかむ少女は冬真の質問をそれとなく受け流し、率先して獣道に頭を突っ込んだ。


「ちょーっと待ったァ! 面白そうじゃん? 俺も行く!」


 そう言いながら冬真の後ろに駆け寄ってきたのは恭平だ。

嬉々とした表情を浮かべながら、獣道の方へと視線を向けている。


どこと無く彼の鼻の下が伸びているような気もするが……あまり触れないでおこう。

何となく腹立たしくなるから。


「視線には気を付けろ」

()っげーよ! 見てねぇし、見ねぇよ! ……多分」

「きょーへい! またエッチな事考えてぇ! ちょっとは自重してよね!」


 すると今度はいつの間にか集まって来ていた華が、恭平の横腹に肘を食い込ませた。


「ちっ、さっさと終わらすぞ」


 悪態を吐きながら、腕を組んでいるのは煉だ。

驚くべき事にあの藤木煉も調査に乗り出すとは……人生何があるか分からないモノである。

名護に何か言われたのは、十中八九当たっていると思って良いだろう。


「さっさと終わらせるのは同意だが、たまには森林浴も良いと思うぞ?」


 そう反論するのは意外にも夏希であった。

両腕を伸ばしながら大きく深呼吸する。

異臭エリアから少しばかり離れた為に、幾分気分が良くなったのだろう。


「えぇ。たまには、良い……です」


 夏希の意見に賛同する翠子は小さく頷いた。

いつの間にかJP’s(ジプス)メンバーが獣道入口付近に集まっており、図らずも全員で混鏡世界(テスカポリカ)の調査に当たる事となる。


こうして一行は覚悟と入る順番を決めると、背を丸めながら獣道へと足を踏み入れるのだった――。

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