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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第9話:真夏の孤島「H」
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16:天災の調査(2)

 興味津々な華の目は大きく見開き、いつも以上に爛々と輝いていた。


「現在進行形の混鏡世界(テスカポリカ)は『発生条件を満たしていない』という点、です。本来の混鏡世界(テスカポリカ)の発生条件とは――『毎晩午前〇時を経過する時』()つ『地球上の何処かを無作為に』というモノです。ここまで言えば――察しがつきます?」


 片目を閉じながら得意気に言うアリアンロッドには、少々苛立ちを覚える冬真であったが、一旦これまでの情報を整理してみる事にする。


 第一に今回の混鏡世界(テスカポリカ)は、異様な程に適応時間を要した、と言う事。

勿論、適応の際に掛かる脳への負荷も相当なものであった。


 第二に今回の混鏡世界(テスカポリカ)は『午前〇時を経過する時』という条件を満たしていない、と言う事。

この時点で、存在してはならない世界であると言える。


 第三に混鏡世界(テスカポリカ)化しているにも関わらず幻影(ファントム)が少ない、という事だ。

いつもならば鬱陶しいくらいに湧いて出てくる幻影(ファントム)達が、一向に現れる気配がない。

これはまぁ、嬉しい限りであるが。

何かの予兆……なのだろうか?


「……、……なるほど。確かに奇妙だな」


 アリアンロッドの言葉を受け、夏希が小さく頷きながら納得する。


流石(さすが)、夏希さんです! ウチのげろんちょ(と う ま)と違って察しが良いですね!」

「おいこら。心の声、ダダ洩れてンぞ?」


「あはは、済みません。冬真(げろんちょ)の間違いでした。まぁ、そんなげろんちょは放って置いて、本題ですが……原因を調査しません?」


「お前、なんか急に容赦なくなったな」

「だーって、冬真のアレがちょっと服に掛かったんですもン。一時的に抑えていたんですけど、なんか急にイライラが込み上げて来て……」


 そう言ったアリアンロッドは、自分の服の(すそ)をたくし上げて見せてきた。

そこには薄っすらと黄色い染みが滲んでいるではないか。


「うそッ!?」


 恭平ならばもしかすれば「ちょっとアリアンロッドのパンツが見えそうになった」などと変態的な考えが出来たかもしれない。

しかし心に余裕はなく、流石の冬真も堪らずに素っ頓狂な声を発した。

彼の脳内では「そんなにぶちまけたのだろうか」と、良くない考えがけたたましく渦巻いている。


アリアンロッドの話を聞いていたジプスメンバーが、引き()った表情で一斉に後退(ずさ)ったのは言うまでもない。

無論『汚い』という意味でだ。


 ――まぁ、これは飛行機でうたた寝していた時の私の(よだれ)……なんですけどね。えへへ。


 アリアンロッドが内心、こんな事を考えているとは、この場に居る全員が思いもしなかっただろう。

皆の(ドン引きした)反応を受けて更に落ち込んだ冬真は、酷く(よど)んだ空気を自身に纏わせる。


意図的ではないにしろ、どんよりと重いその空気は今にも幽霊が出てきそうな異様さがあった。

そして(おもむろ)に立ち上がった冬真は、沖とは反対方向へとゆっくり歩き出す。


 背中を丸め込ませ両腕をだらりと垂らした歩き方は、歴史の教科書に取り上げられている『人類進化の推移図』を想起させた。

姿勢からしてドリオピテクスが一番近いだろうか?

現代の老人でも、もう少しマトモな姿勢を取っているだろうに。


それに加えて、彼の『あの目』だ。

普段の『死んだ魚の様な目』が更に腐敗を加速させているものだから、アリアンロッドも焦りを隠せないでいる。


何気無く吐いてしまった嘘――彼女の場合、完全に冗談ではあったのだ――が、まさかこれ程までの効力を持っているとは思ってもいなかった様だ。


「ん、ンンッ! と、冬真?」


 そんな酷く落ち込んだ彼を引き止めようと、彼女はワザとらしく喉を鳴らす。


「げろんちょ、ね……はぁ……」


 けれども彼は上の空状態だったらしく、アリアンロッドの話を聞いてなどいなかった。


 ――あちゃあ、流石にヤり過ぎちゃいました、かね……あ、はは。


「も、もぉ、冗談ですよ? だから戻ってき――」


 初めて見る冬真の反応を前にして何ともいたたまれなくなった彼女が、ついつい口を滑らせて真実を暴露したが最後だった。

彼のだらりと垂れ下がった腕――その指先がピクリと反応を示したのだ。


「……じょうだん……冗談、だって?」

「あのぅ、冬真……? 目が、目が笑っていないンですけど?」


 そして項垂れた顔をゆらりと上げた冬真は、アリアンロッドに視線を向ける。

否――怒気を込めて睨み付けた。

きっとアリアンロッドの目には、冬真の目が『怪しい光を放つ悪魔の目』の様に映っているに違いない。


「ひぃぃッッ!!!??? ご、ごごご、ごめんなさ――」

「もういい。無駄に疲れるだけだ」

「へ……?」


 冬真に向かって即座にスライディング土下座をしたアリアンロッド。

けれども冬真の口から零れたのは、彼女にとって予想だにしない言葉であった。


彼女としては、いつもの暴力――“デコピン”や“蟀谷(こめかみ)への拳骨(げんこつ)ぐりぐり”、“頬っぺた潰し”等々――という名の制裁を覚悟していたが故に、想定外(・ ・ ・)の何ものでもなかったのだ。


彼女の前にしゃがみ込んだ冬真は、そっと手を差し伸べる。

これも彼女としては全くの想定外であった。


 ――冬真、貴方って人は……。腐った目から脱却を図り、とうとう更生してくれたんですね! まるで神様、仏様です! 後光が差しているようです!


 などと彼女が、至極失礼な事を考えられるのも束の間である。


「ん? なに勝手に勘違いしてやがる。天災の混鏡世界(テスカポリカ)が解けたら覚えていろ、ってこった」


 彼女の手を掴んで引き上げ、二人ともその場に立ちあがった際に、冬真がぼそりと零す。


「そ、そんにゃぁあぁぁぁ」


 彼の無慈悲な言葉を受け、その場に再びガクリと膝から崩れ落ちるアリアンロッド。

きっと、数十分後の自分の未来が見えてしまったのだろう。


「――何はともあれ、まずはこの状況をどうにかしたい。天災の場合は本当に、俺達に出来る事は無いのか?」


 冬真は再び携帯電話を取り出し、電波強度を確認しながら言う。

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