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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第9話:真夏の孤島「H」
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14:絶望フライト(3)

 ◇ ◇ ◇

 客室乗務員達の懸命な呼びかけにより、予定よりも数分遅れで水面着陸の準備が完了した。

シートベルトに酸素マスク、オレンジ色の救命胴衣と――完全防備な状態で、乗客たちは客室乗務員の指示通りに頭を低くする。


万全な状態に備えてから数分後、海面に映る旅客機の影がずいぶんと大きく、はっきりとしてきた。

高度はもう海抜五〇メートルも無いのだろう。


「御客様へご連絡します! 当機は間もなく着水態勢に入ります。着水する際には強い衝撃が生じますので、頭を低くして前席のヘッドレストをしっかりと掴み、衝撃に備えてください!」


 スピーカから心音でも聞こえてきそうな程に緊張しきった声が流れた。

いよいよ、運命の一瞬だ。


「……冬真」

「そげん心配するな」


 こんな時でも平常運転とは、冬真の心は一体どうなっているのだろう。

心配する一方で夏希もある事に気付く。


 ――そげん? もしかして冬真も緊張しているのか? それはそうだよな。いくら冬真であっても、死ぬかどうかの瀬戸際で普段通りにする事なんて出来ないだろう。


少しだけ安心感を覚えた夏希であったが、それから数秒後には何も考えられなくなる――。


 ガガガガガガガガッ!!!!


 と不安を煽る様な音と共に、飛行機の尾翼が着水したのだ!


 激しい上下運動の衝撃が旅客機全体を襲う。

座席に背中がめり込んでしまうと錯覚するほどの大きな衝撃だ。

気を抜いてしまえば舌を噛みかねない。


「きゃぁああぁあっ!」

「うわぁあああッ!!」


 前方・後方と叫び声ともとれる悲鳴が絶えない。

最早それは絶叫マシンのそれと、大差ない状況であった。

違いを挙げるならば「命の保証はない」――つまるところ絶対に安全というわけではない――という事と「悲鳴が機内に反響し合って、言葉がよく聞き取れない」と言う事だ。


この生きるか死ぬかの瀬戸際であるにも拘らず、隣の彼女があまりにも静かなので、不審に思った冬真が視線をゆっくりと向ける。


「……、…………」

「お、おい? 夏希?」


 冬真は名前を呼んでみたり目の前で手を振ってみたりするのだが、彼女からは一向に反応が無かった。

どうやら、静かに気を失ってしまったみたいだ。


 ――まァ、呼吸はしているし、問題ないだ……っ!?


 思わず冬真は舌を噛みそうになった。

着水した事で旅客機の推進力が減衰したらしく、大きな慣性力が働いたのだ。

その影響もあってか、機内の荷物やブランケット、飲料容器等……ありとあらゆるモノが前方へと押し出されては宙を舞う。


乗客である冬真達にも同じ力は掛かるものの、シートベルトがそれを許さない。

結果、ぎりぎりと下腹部にベルトが食い込み、痛烈な痛みが伴う事となった。


それだけ大きな慣性力が働いているのならば――気絶している人間が保身行動を取れるはずもない。

首の骨でも折れば大変だと思った冬真は、自身の態勢は右腕一本で支えつつも、左腕を夏希の鎖骨辺りに添えた。


両腕には相応の重い負荷が掛かるけれど、何とか持ちこたえようと彼は無言で踏ん張る。

機体は次に腹部が着水し、視界が更に激しく上下左右に揺れた。

その不規則な揺れは三半規管の正常性を乱し、船酔いの様な感覚がふつふつと沸き上がって来る。


「う……ぐぅぐぐッ!!」


 流石の冬真もこれには堪らず、一瞬だけ力を緩めそうになるが……彼は腐っても体育会系である。

なんとか気合いと根性で取り留める事が出来た。


激しい揺れも数分と経たずに収束に向かい、飛行機の推進力もゼロへと近づく――。


 そうして、十五分という短いようで長かった悪夢は、前方の「小さな島」との距離を約百メートルと残したまま終える事となる。

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