11:搭乗日(6)
◇ ◇ ◇
「本日は南国交通社をご利用頂き、誠にありがとうございます。当バスは目的地に到着致しました。お降りの際は足元にお気を付け――……」
冬真達を乗せたバスが鹿児島空港のロータリへと入って来たのは、それから二時間後の事だった。
運転手はバス乗り場に縦列駐車させると、慣れた手付きでマイクを手に取り、乗客たちへアナウンスを流す。
「ほーら、冬真。空港に着いたぞ?」
長い陸路の末、睡魔に負けてしまった冬真の肩を夏希が揺すった。
首も据わっていない所を見ると、どうやら深い眠りについているらしい。
――こんなにぐっすりと寝てしまうなんて、まるで子供みたいだな。
普段の仏頂面からは想像も出来ない穏やかな寝顔を前に、夏希も思わず顔が綻んだ。
「ン……あぁ」
冬真は目元を擦りながらのそりと立ち上がると、自身の荷物に手を掛ける。
まだ本調子ではないのだろうが、取り敢えず降りてくれるならば何だって構わない。
夏希はクスッと短い笑い声を零しながら、冬真の背を押してバスの外へと促した。
ぞろぞろと一行が空港に降り立つと、派手なペナントがすぐに視界に飛び込んでくる。
チケットに記載してあるロゴをそのまま拡大したかのようなそれを持つ男性が、きっとこのツアーのガイドなのだろう。
「おはようございます。本日は当ツアーをご利用頂き――……」
ガイドの男性が深々と一礼をしながら、定型文のような御礼をツアー参加者達へと投げ掛ける。
長くなりそうだな、などと思い浮かべながら冬真がふと周りを見渡すと、ガイドの周囲に集まっている男女は概算で三十人程だろうか?
とはいえ客層の殆どが家族連れらしく、冬真達はやや浮いているようにも思える。
大方このツアーは、家族旅行を狙ったものだったのだろう。
「大変恐縮ではございますが、このブレスレットを腕にお付け下さい」
ぼぅと周囲を見渡していた冬真にガイドが手渡してきたのは、何ともお粗末なプラスチック製のブレスレットであった。
まるで大型遊園地の一日フリーパスのような造りのそれは、数日と経たずに壊れてしまいそうである。
話を聞く所によれば、ツアー期間中はずっと着けていなければならないらしい。
――なるほど。ブレスレットでツアーへの参加者を見分けるって魂胆か。
原始的ではあるものの、経費削減を考えればそれなりの費用対効果はあるのだろう。
外国に行くワケでも無いし、今の時代は携帯電話という便利な道具もある。
国内のツアーで逸れる人間など、相当な方向音痴でもない限り滅多に居ないだろう。
「――では、そろそろ搭乗時間ですのでご案内致します。私の後ろに続いて下さい」
話半分に冬真がそんな事を考えていると、疎らに参加者がガイドの背を追い始めた。
ツアースケジュールを見る限りでは、搭乗時間には十分なゆとりがある。
それでもやや急ぎ足なのは、きっと旅行に対して大きな期待をしているからだろう。
視界に入る同参加者の足取りはすごく軽く見える。
彼らの姿を見失ってはいけないと、冬真達も離れ過ぎない程度に最後尾を付いて行く。
――ここからは、長い空の旅になりそうだな。
爛々と目を輝かせる参加者を尻目に、重い足取りの冬真は黙々と搭乗橋へと歩を進めるのだった。