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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第9話:真夏の孤島「H」
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08:搭乗日(3)

 とにかく、一般人の高崎が居る前では絶対に鏡から現実世界に出てくる所を見られるワケにはいかなかった。

誤魔化しなんて無理であるし、そもそも本当の事を説明したところで納得するとは限らないのだから。


「えー、なんでぇー?」

「なんでじゃねぇ。少しは状況を察しろ!」


 恭平が冬真の意図を汲んでくれたかは微妙な所だが、恭平はこの期に及んで聞き分けの無い事を言う。

きっと理解していないのだろう。

そんな恭平の電話での応対に流石の冬真も、場の勢いで通話を切ってしまった。


 ――勝手にしろ、とは言いつつも……大丈夫かな、アイツ。


 通話の切れた電話を耳から離して、冬真はゆっくりと肩を(すく)めた。自然と溜息も出てしまう。


「ねーねー! 三人とも、もうすぐここに着くってサ。そっちはどう?」


 ふとバスの来る方面の道路に視線を向けては「早く来ねーかな」などと考えていると、華が冬真の肩にそっと手を置いて訊いてきた。


「あ? 近道(・・)してくるから大丈夫、らしい」

「そっか。じゃあ、問題ないね」


 冬真がそう答えると安心した華はホッと一息吐いて、ベンチのさっき座っていた場所に腰掛ける。

いやいやいや、時間には確かに間に合うのだろうが、近道自体が問題なのだが……。

華と恭平はその所、分かっているのだろうか?


それにしても、バスが来るまであと五分を切った。

集合時間を早めに設定していて良かったのか、悪かったのか……正直、微妙な所だろう。

冬真は妙な気分になり、乾いた笑いが口から零れた。


「どうした? 冬真」


 いつになく穏やかな表情の夏希は、ローアングルから冬真を見上げながらに言う。

彼女にも冬真に対して何か思う所があったのだろう。


「別に。どうして?」

「だって楽しそうだから」

「? 楽しそう?」


 冬真が細い目をパチクリと瞬きさせる様を見て、夏希は口元に手を充てがってクスリと短く笑った。

彼女にしては珍しい、結った銀髪のサイドテールがふわりと揺れる。


「ああ。それに私は、そっちの方がいいと思うぞ?」

「そっち? ……あ」


 訊き返した瞬間に夏希と目が合い、二人の間で微妙な沈黙が流れた。

沈黙――とは表現しても、言うほど悪いモノでは無い。

本の少しだけ時間が止まったような……そんな感覚だった。


「なー……」


 唐突に間に割って入った高崎にギョッとした冬真と夏希は、咄嗟に目を逸らして彼を凝視する。

なんでこんなに近い所に居る?

そもそもいつから居た?

などと不安要素が二人の脳内をぐるぐると駆け巡った。


「お宅ら、もしかして付き合っとっと?」

「!? つ、付き合っているって……どうしてそう思うんだ?」


 真顔で平然と問う高崎に対して、夏希の返答は完全に声が裏返っていた。

今にも心臓が飛び出てしまいそうな彼女は、世辞にも余裕があるとは言えない。


片や夏希の隣に腰掛ける華は、退屈そうな表情でその成り行きを見ていた。

先ほど自身の事を「(意訳として)じろじろ見るな」と啖呵を切ってしまった手前、華からはあまり口出しも出来ないのだろう。


「だって、柴田さんって聖ルミっしょ? 学校違うのに結構仲良さ気だし。つーか“特別な関係”じゃないと、有り得ないだろ?」


 そう言った高崎は、ふっと得意気に鼻を鳴らした。

まるでお見通しだとでも言わんばかりの自信である。

とは言え、彼の言う事も一理ある。

そもそもが地域の清掃ボランティアで一緒の班になっただけの関係――そういう(てい)なのだ。


短期間に――それも華の咄嗟の一言で、(いま)だ二回しか参加していないという設定で――ここまで仲良くなる事は、同性でも中々難しいのではないだろうか。

それが「異性」である上に「異様に親密」ならば、変な疑いも持ちたくなるものだ。

ボランティア以外にも会っていなければ、そんな男女の関係は有り得ない、と。


 ――まァ高崎の言い分も分かるが、そこはお前が知る必要のない情報だ。

適当にはぐらかすか。


「別に。ボランティアの方針上、男女一組で作業せざるを得なかっただけで、仲良く見えるのは単に夏希のコミュ(りょく)が高いンだろ。そもそも俺が楽しそうに見えるか?」


「……いや、悪い。全然見えない。普段通りの死んだ魚の目だな」

「その言い方はヤメロ。まだ死んでない」


「はは、魚っつーのは否定しないンだな。それにムキになり過ぎだろ、お前?」

「……、……」


 顎に手を添えてまじまじと見つめる高崎は、冬真の切れ目で小さな瞳を「死んだ魚の目」と表現した。

光が殆ど差さない冬真の小さい目は、高崎の言う通りであるし本人の自覚もある。

それ故に愚の音も出なかった。

とにかく非常に不本意で納得出来るものではないが、変な疑いを晴らす事は出来た……のだろうか?


「むぅ……ほ、ほら! 祐紀ちゃん達が来たみたいだよ!」


 より一層と意地の悪い表情を浮かべる高崎。

その横で二人の会話を聞いていた華は少し機嫌が悪いらしく、気持ちを切り換える為に大声を出しながら遠くの三人に手を振る。


華の動きに皆が反応して彼女の見ている方向に視線を重ねれば、遠くで腕をぶんぶんと振っている祐紀と千鳥想の姿が見えた。

それと、元気っ()二人の少し後をゆっくりと歩く長身の男性らしいシルエットがある。


きっと彼が祐紀の兄貴なのだろう。

何はともあれ、三人の登場は実に良いタイミングだった。

彼女らのお陰で、さっきの(くだり)が完全に逸れたからだ。


冬真としては夏希との距離感が微妙な今、その話題には触れて欲しく無かったので素直に喜べた。

無論それは夏希にとっても、だ。

表情には出さずとも、二人は胸を大きく撫で下ろしていた。

そうしている間に祐紀と千鳥、祐紀の兄がバス停へと到着する。

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