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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第9話:真夏の孤島「H」
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03:期末考査の苦悩(3)

 辛うじて冬真が優勢ではあるものの、ここまで差が無いとなれば団栗(どんぐり)の背比べも良いところである。


「んん? でもこれって――」

「あ? ……ンだよ」


「ここってさ、問題文ミスってたから試験中に各自で修正してから解けって、先生が言っていた問題じゃン? ほらほら「こういう風に修正しろ」って黒板に書いてさ。でもこれって、修正しないままで解いていない? つか、良く解けたね!」

「……、そんなのあったか?」

「あったよッ! 疑うのなら、先生に直接聞いてみれば?」


 祐紀はじっと冬真を見据えながら言った。その口元には、微かな含み笑いを浮かべつつ。

この女、確実に確信犯なのだろう。


「ばーか。わざわざ点数を下げに行くと思うか?」

「でもでも、ソレが実際の点数なンでしょ? あーあ、自己申告しないまま勝って、それでもオトコの子? テンコ付いている?」


 祐紀は妙に「男」を強調して言う。

きっと、勝負に負けた事がこの上なく悔しいに違いない。


 ――それよか今、サラッと話が流れたケド……女子が下ネタを堂々と言うもンじゃない。周りの生徒達、大概引いてンぞ?


冬真はそう思いながらも、自身の答案を素っ気なく奪い返した。


「コロコロ性別が変わったら大問題だろ。採点を間違ったワケじゃなく、先生なりの考えがあるンだろうよ」

「ぐ、ぬぬぅ……まどろっこしいなァ、もうッ! せんせー、敷宮君の答案で間違い見つけたンですけどォ!」


 唐突に祐紀は声量を上げると、先生に真剣な眼差しを向けて挙手する。

「ッ!? おま、何を!?」

「だって本当の事じゃない? せんせー、ここでーす」


 そう言った祐紀は冬真の制止――といっても大した抵抗をした訳では無いが――を振り切り、再び彼の答案をひったくると森中教諭へ差し出した。

桐谷祐紀の本性は、当初でこそ気付かなかったのだが最近は顕著に解る――なんとも横暴な(イかれた)事をしてくれる女である、と。


 ――あァ、終わった。これで減点は免れない。


 丸く大きいレンズの老眼鏡を片手で掛け直し、答案との焦点距離を狭めた森中教諭はじっと答案用紙を見た。


「んー? ……確かに、先生うっかりしていた。ほっほっほっ……敷宮冬真君、自分で言わないと駄目だぞ? もう子供じゃないんだから」


 誤採点に気付いた彼は、茶化しを込めて冬真を諭すように言う。

きっと冬真が後々クラスメイトから責められない様にするつもりだったのだろうが……その一言で教室がどっと沸いた。

それだけならばまだしも、他のクラスからも「突然なに事か」と廊下までざわめきが響いてくる始末。


 ――やってくれたな、こいつら。


 などと悪態をついた所で、この結果が変わることは無い。

祐紀から差し出された冬真の答案を受け取ると、倫理担当の森中は老眼鏡を掛け直しては教卓上で採点し直した。

さらさらとボールペンを走らせる音が、しんと静まり返る教室も相まって、嫌に大きく聞こえる。

実際は本の数十秒の出来事が、冬真には数十分の出来事のように感じられた。


「おぉ、そこは問題数が多いし、一つ間違えれば後の問題が全部間違うからなぁ。サービスで三角にしておいたぞ?」


 森中がそう言った瞬間に、教室中が騒然さを取り戻した。

教室中がどよめく中、憐憫(れんびん)染みた視線が過半数を占めているのは見ずとも判る。

事の顛末から、減点される事は火を見るよりも明らかであるからだ。


もう一つ気になったのは少数ではあるものの、好奇に満ちた視線である。

どれだけ点数が下がったのか、結局のところ軍配はどちらに上がったのか、などと生徒間で事前に賭けでもしていたのだろうか。


どちらにしても、冬真にとってはあまり好ましくなかった。

こちとら、見世物では無いのだから。


「……、……ん」


 青のボールペンで修正されているソレを見た瞬間、冬真が落胆したのは言うまでもない。

先程まで丸であった場所には三角が連なり、総得点は八十九点となった。


当初よりも七点も下がってしまった事が意味するのは……――桐谷祐紀からの敗北である。

その差は僅か四点。


「うっふふっ! 危なかったけど、ギリギリで私の勝ちー!」

「ひとつ訊くけど、ンな勝ち方して楽しいか?」

「うん! 勿の論、だよ!」


 冬真がこれ程までに清々しい肯定(うん)を聞いたのは、おそらく華以来だろうか。

祐紀は何とも嬉しそうな表情を浮かべながら、冬真にVサインを向けている。


勝ち誇る訳でも他者を(けな)す訳でも無く、純粋に喜びを享受しているように見えた。

けれども冬真は祐紀の性格の悪い面を知ってしまったからか、彼女の言動全てに何か裏があるのではと妙に勘ぐってしまう。


「馬鹿にしやがって」

「? 馬鹿になんてしちょらん(してない)よ?」


 冬真の呟きに対して、彼女は心外な表情で否定した。


「あ? どこをどう解釈すれば、今の(くだり)が馬鹿にしてないって事になるんだ」

「だってこのクラスで二番目に(びんた)()かとでしょ? 十分凄かせん(でしょ)?」


 細眼をさらに細めて祐紀を凝視する冬真に対して、彼女は目を輝かせてそう言った。

確かに祐紀の言う通りだ。

クラス一位の祐紀に僅差で(はい)したのならば、現時点で冬真が次席なのは確実だろう。


けれどもこれは勝負であり、結局は勝敗が全てなのだ。

どれだけ拮抗した勝負をした所で、負ければ何の意味も無い。


「だからなンだ。負けは負けなんだ。「良か」も「凄か」も関係無い」

「あはは、まぁそうなンだけど……。ごめんね、私もそういうつもりじゃなかったんだよぅ」


 冬真の言葉に、祐紀は肩を縮こませて萎縮(いしゅく)してしまう。それはまるで、人へと畏怖を隠しきれない小動物の様だ。

かくいう彼も言い過ぎてしまった事にはた(・・)と気付きはしたのだが、最早後の祭りである。


彼自身もキツく言うつもりは無かったのだが、つい勢い余ってしまったらしい。

そんな様子を見かねた森中は二人に声を掛ける。


「はいはい、痴話喧嘩はそこまで! じゃあ、六限目はホームルームだから、帰るなよー?」


 森中はそう言うとゆっくりとした足取りで教室を出て行く。


「痴話喧嘩言うなッ!」


 彼の言葉で再び教室がどっと沸いたのは言うまでも無く、即座に声を揃えて抗議する冬真と祐紀に野次が飛ぶのであった。

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