表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第9話:真夏の孤島「H」
177/266

01:期末考査の苦悩(1)

 ◇ ◇ ◇

 今年も七月中旬に入り、つい先日にはニュースにて梅雨明けの報道もあった。

つまり、ようやく“じめじめ”、“じとじと”とした湿気の多い生活から解放され、カラッと晴れた本格的な夏がやって来る。

そして誰しもが(色々な意味で)開放的になる季節でもあった。


「これが歓喜せずにいられるかぁッ!」


と、同学年でありJP’s(ジプス)所属の幸村恭平が叫んでいたのが……確か先週の始めだっただろうか。

JP’s(ジプス)内で“やいのやいの”と騒ぎ立てる恭平に、便乗するクラスメイトの愛染華。

この二人に対して「またか……」と、敷宮冬真は呆れ顔で様子を見ていた。


 同席していた近隣の高校に通う柴田夏希は、その様子に苦笑いを浮かべながらファッション雑誌の(ページ)(めく)る。

いまだに恭平と華のテンションに付いていく事の出来ない彼女は、同様に付いていけない天音翠子へと視線を向けた。

すると翠子もこういったテンションの高い人種と接する機会が殆どないらしく、彼らから極力話を振られない様に書物で顔を隠す始末だ。


 けれど意外にも夏希と翠子は、そこはかとなく楽しそうである。

二人が「不快な表情を浮かべていない」というのも勿論理由の一つだが、恭平達の会話に反応しては時折見せる微かな笑みが理由の決め手だった。


単にテンションの高い人種への免疫が無いだけで、二人にとっても「この場」の空気が嫌いと言う訳では無いのだろう。

少しずつではあるものの、各々の形できっとJP’s(ジプス)に溶け込もうとしているのだ。

そんな微笑ましい光景を、一人蚊帳の外で頬杖を突いてじっと眺めている冬真。


 ――ンにしても、良く喋るな、こいつら。


 絶え間なく会話を続ける二人には、流石の冬真も呆れを裕に通り越してしまっていた。

恭平達からしてみれば、冬真の存在は最早空気と化してしまっているのだろうか?

学業に勤しむ生徒が連想する夏と言えば――無論長期休暇である夏休みだ。

それは間違いではないし、それほど夏に対しての期待が膨らんでいるのだろう。


 故に、この二人の思考回路は実に単純である。


 空気の冬真が二人の会話にふと耳を傾ければ、やれ花火だの、やれ海水浴だの、と矢継ぎ早に真夏の単語が飛び交っているのがその証拠だ。


「……、……」


 表情にこそ出てはいないのだが、細い切れ目から覗く小さな瞳がそっと皆に語り掛ける。

大勢で楽しく会話し、有意義な時間を共有する事は大変結構な事ではあるのだが……夏休みの前に予定されている大事な行事を忘れてはいないかね? と。


無論その瞳の言葉が皆に届く筈も無い。

だから冬真は、以前にも発動した空気破壊(・・・・)を再度発動させようと静かに口を開く。


「浮かれるのは良いが、期末試験は忘れるなよ。成績が悪いと、名護さんが直々に(脳を)鍛えるそうだぞ?」


 冬真が言った瞬間、場の空気が凍り付いたのは言うまでもない。

けれど驚いた事に、空気が凍ったのは一瞬だけだった。

さも聞こえなかったかの様に振る舞うのは、言わずもがな恭平と華の二人。


「それは怖いな。まぁ、今回も十位以内に入れば文句はあるまい」


 そう言い切った夏希は、特筆するような心配は無いらしい。

瞳を伏せながら、引き続き平然とした態度で雑誌に目を通していた。

現在進行形で勉強しているのならばともかく、趣味に現を抜かしていながらも高位の成績順位を宣言出来るのは相応の自信があるのだろう。

それに彼女は「今回も」と言っていた。

過去の実績もあるのならば、冬真としても不安要素が一つ減るワケだ。


 と言うのも――先程言った名護の言伝(ことづて)だが、実は皆に伏せていた内容があった。

それは、JP’s(ジプス)メンバーの誰か一人でも赤点を取る、又は夏季補修を受ける者が一人でも居れば……冬真のみに対して悶絶級の仕置きが待っている、との事である。

実に不条理な条件ではあるのだが、褒美と言う名のメリットが無ければはっきりと言って断っていた所だ。


 そのメリットも「メンバーの一人が赤点を取る」云々(うんぬん)を言葉にした時点で無効にするは愚か、即仕置きが発動するとの事だった。

余りにもゾッとする話ではあるが、要は誰にも話さずに結果を出せば良いという事だ。

無論その結果というのも、自分自身ではなく他人が出さなければならないのだが……。


 冬真がふと翠子に視線を向ければ、夏希同様に試験という単語に動じてはいないようだった。

彼女もそれなりに勉強が出来るのだろうか……それとも現状を呑み込めていないのだろうか?


 そりゃまぁ、一人でも勉強が出来るに越した事は無い。

冬真としても勉強を教える手間が省けて助かるからだ。


とは言え恭平みたいなアホの子が増えてしまっても、正直に言って骨が折れて仕方が無い。

品良く表現すれば「ムードメーカー」なのだろうが、アレ(・・)はただの馬鹿である。

まったく、この体たらく(よう)ときたら……夏希や翠子の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものだ。


 危機感の無さは大概の域だが、一応の起爆剤(試験という単語を発した事)は忍ばせた(耳に入れる事に成功した)。

後は着火する(試験勉強を始める)かどうかは、結局は彼ら次第だろう。

無論、冬真の心の中では残念にも「不発する」だろうと、諦めていたのはここだけの話なのだが。


 そんな一週間前の話を思い浮かべながらも、あっと言う間に試験期間が過ぎていく――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ