表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第8話:貪欲の代償「M」
174/266

20:歪んだ死導(4)

 黒杖を通して衝撃が掌に伝播してくる――どうやら今回はちゃんと手応えがあるみたいだった。

けれど、いつもとは少しばかり感覚が違う。

これではまるで――ああ、やはり。効いていない、か。

すっと顔を上げる冬真の視線の先では、森山は口角を上げて黒杖を腕一本で防いでいた。


「っ……どけよッ!!」


 冬真は黒杖を手元に引き戻しつつ、森山の下腹部へと蹴りを叩き込む。

そして森山が一瞬だけ怯んだ隙を突き、歩幅大きくバックステップで距離を取った。


 ――コイツ、強さがデタラメだ。何か対策を……――。


「ノート、幻装だ。夜刃穏杖(やいばのおんじょう)ッ!」

「む? ……まぁ、(ぬし)が望むのなら良かろうて」


 彼女の承諾と共に音も無く、黒杖へと「夜を体現化した黒霧」が纏わり付いてゆく。

そうして黒霧――と表現しつつも、マモンのそれとは本質が全く違う――が成形するそれは、片刃の槍である。


けれど前回の複合幻影(プラティス)戦で使用した時と比較して、圧倒的に刃渡りが短かった。

その長さは五センチにも満たないらしく、市販の調理用包丁にも負けている。

こんな武器で、一体どうしろというのだろうか?


「あ? なンで……?」

「以前にも言うたじゃろう? 夜刃穏杖(やいばのおんじょう)の力は【使用者の潜在能力】と【夜更け】に比例する、とな。潜在能力は大して変動しないのじゃが、時間的にはまだまだじゃな」


 少々呆れ気味な口調のノートは、夜刃穏杖(やいばのおんじょう)の刃が短い原因をサラリと解説する。

ここでいう使用者の潜在能力とは、幻影(ファントム)の転生した回数(=等級)を指している。

そして夜更けは当然ながら時間帯を指しており、ノートに於ける夜の最深は午前二時らしい。


更に言えば夜刃穏杖の性能上昇率は、午前二時を軸として二次関数の放物線に近似している。

つまり二十時・二十一時で辺りが暗いからといって、夜刃穏杖の真価が発揮されるかと言われれば、答えはノーなのだ。

その情報が冬真には十分に伝わっていなかった為、この様な悲惨な事態へと陥ってしまった、というワケである。


「まだまだって、そんな悠長な……」


 森山との間合いに気を配りながら、冬真はノートに呆れ顔を向けた。

そもそも、そんな遅い時間帯まで戦闘を長引かせる自信など皆無であったからだ。


「ふっ、そっくりそのまま返そう。落胆出来る程に、主の方が悠長であろう? ほぅれ、会話に気を取られている内に雨じゃ……――「雨が来る(・・・・)」ぞ?」

「? 雨が、来る? 突然何言って……ッ!?」


 それは――彼女が疑問の残るような物言いをした瞬間だった。

速過ぎて確認は出来なかったのだが、音も無く頬を「何か」が掠める。

そっと頬に手を当ててみれば、僅かに濡れていた。――窓は空いていないのに、本当に室内に雨が……?


 ……ぽつり。


「ぐぎゃぁァあぁアアぁあッ!!」


 冬真が雨に疑問を感じていると、間髪入れずに森山が悲鳴を上げた。

はっとして視線を向ければ、森山の右手――脇差の中央部――に直径五センチメートル程の風穴が開いているではないか。


「あぁァアあぁアァぁあがぅう!? ふーっ、ふーっ!!」


 その上、彼の鼻息荒く呼吸している様子を見れば、どうやらこれは演技ではないらしい。


 ……ぽつ、ぽつ……――。


 また、あの雨だ。先程の雨音が聞こえては、直後に森山が悲痛な叫び声を上げる。

その度に、彼の身体には風穴が増えていく。


こんな危険な「不可視」の雨――というよりも、そもそも雨と呼べるかが疑わしい限りの代物――が、一体どこから来るというのだろうか?


意図せず(・・・・)降る正体不明の雨によって森山が怯んでいる隙に、冬真は廊下の窓に近付いては空を見上げる。


「これっ! 主は死にたいのか!? (はよ)う、頭を下げいッ!!」


 そう叫んだノートは自ら武器化を解くと、ヒトの姿でやや無理矢理に冬真の頭を上から抑えつけた。

あまりに唐突な行為であった為、冬真は窓の(さん)で頭をぶつけそうになる。


「!? てめ、何するン――ッ!?」

「そう熱くなるな。クールが(ぬし)ウリ(・・)……であろう?」

「別に、俺自身がそう言ったワケじゃねェ。周りの奴らが勝手に、そう思っているだけだ」

「ほぉん? まァ、そんな事は些事(さじ)よ。妾が言いたかったのは、命を粗末にするな、という事だけじゃ」


 先程の頭をぶつけそうになった事故と冬真の態度について彼女は全く意に介していないらしく、ケロリとした表情で彼に腰を屈めるように伝えた。


 ――ぽつ、ぽつり……――。 


 また先程の雨音だ。いや、これ程に危険な雨があろうものか。

現に森山は、雨の音を聞くだけでビクリと肩を跳ね挙げる程だ。

完全に恐怖心を植え付けられた証拠である。


 冬真は雨の正体を確かめる為に、低姿勢からゆっくりと窓の外を覗いた。

窓の外は普段見慣れた景色が暗闇に溶け込んでいる。

眼下には小規模ながらに人工芝の中庭があり、中央には大木(たいぼく)が一本――幹と形状から、銀杏(イチョウ)の木だろうか?


中庭を挟んだ先には四階建ての実習棟と、その右奥には弓道場の屋根が見える。

冬真は夜目が利く方ではないのだが、日中の視覚情報を照らし合わせればざっとこんなものだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ